三十九 門大 ライジング

文字数 4,983文字

 門大の持つ二振りの剣に当たった風が、剣に斬られて風鳴りを鳴らす。その音を聞いたキャスリーカが、何やら難しい顔をした。



「剣はこれでばっちり。と言いたいとこだけど、これ、微妙ね。大き過ぎる。あんたが一人で戦うならいいけど、今のままだと、周りの味方が戦い難そう。もっと小っちゃいの出せる?」



「その前に、どうやって消すんだ?」



「炎龍。雷神。剣を消せ。って言えばいいわよ」



 門大は、ひょっとして、これ、何をするにも全部言わなきゃ駄目なのか? と思う。



「あんた、今、一々言葉にして出さないと駄目なのか? とか思ったでしょ? ポーズがないだけマシなんだからね」



「そ、そうだな。って、呼び出す時のポーズを付けたの君だよな?」



 門大は、キャスリーカの奴、鋭いじゃないか。恐ろしい子。と思いつつそう言ってから、炎龍。雷神。剣を消せ。と言ってみた。二振りの剣が一瞬にして、まるで、最初からそこには、存在などしてはいなかったかのように、消えてなくなる。



「おお。凄いな」



「ほら。そんなとこに感動してないで、小っちゃい剣」



「おう。じゃあ、えんりゅうー」



 門大は声を小さくして言ってみる。



「それじゃ小っちゃ過ぎじゃない? 柄頭から、切っ先までが十五センチぐらいしかないじゃない。これから戦う相手はあの龍達なのよ?」



「じゃあ、今度は、らいじぃぃーん」



「あんたやる気あんの? 今の私の話聞いてた? 今度は五センチもないじゃないの。もっと大きくしなさいよ」



「ごめん」



 門大は、言ってから、二振りの剣を消す。



「最初に出した大きいのは出せるのよね? もう出せないとかないわよね? ちょっともう一回やってみて」



「分かった。えんりゅううぅぅぅぅぅぅー」



 最初に出した時と同じ大きさの剣が門大の手の上に出現した。



「じゃあ、もうしょうがないから、使う時に気を付ける事にして、剣はそれで行きましょ。余計な事して、その剣まで出せなくなったら困るし。使う時はくれぐれも気を付けるのよ。私達やクラリスタ達に絶対に当てないようにね」



「そう言われてもな。戦いになったら、周りを見てる余裕なんてないと思う。自分の事だけど、どうなるか分からない。他には何かないのか? 剣以外の武器とか、何か、わざとか」



 門大は言ってから、ハガネの言葉を思い出した。



「そうだ。巨大化できるって、ハガネが言ってた」



 門大は、これならいけるだろ。と思って期待しつつ、キャスリーカの顔を見る。



「一応やり方は教えてあげるけど、絶対に、今はやらないでよ。あんたの事だから、凄い大きさになりそう。今やると龍達に気付かれるんだから。それと、巨大化は、やめておいた方がいいと思うわよ。言ってなかったけど、あの龍達の攻撃方法って、齧って来る事なの。巨大化したら、きっと、ピラニアに襲われる大型の動物みたいな事になるわよ」



「骨になるって事か?」



「そういう事。そういえば、全然話変わるけど、ピラニアと骨っていえば、川口浩探検隊に出て来たピラニアが、魚を食べて骨だけにしてたシーンがあったわよね」



「ふるっ」



「何よ。そういうって事は、あんただって知ってんじゃない」



「そりゃ、知ってるけど」



 キャスリーカが両足を肩幅くらいの大きさに広げる。



「はい。バカ話はここまで。まずは足をこう。こんな感じ」



「なんだ急に?」



「巨大化のやり方よ。ほら、足」



「あ、ああ」



 門大はキャスリーカと同じように足を開く。



「両手をこうやって、胸の前の辺りで拳と拳を突き合わせる。手の甲が外側を向くのよ」



「こ、こうか?」



「そう。そんでもって、大魔神」



「これまたふるっ」



「私、色々見てたんよねー」



 言いながらキャスリーカが、拳を突き合わせた両手を、そのままの状態で真上に向かって動かし始める。



「また叫ぶんだろ?」



「ちょっと、先にそういう事言わないでよ。調子が狂うじゃない。でも、ま、叫ぶけど。突き合わせてる両手の拳が、顔の前を通り過ぎる時に、へーんしーん! って言うのよ。シンプルだけど、変身っていい響きよねー」



「そうですね」



「あんたは今は絶対にやらないでよ。さっきも言ったけど、龍達が来たら困るから」



「ああ。これは使わない。今もこの後も。というか、さっきの話を聞いたら使いたくなくなった」



 キャスリーカが門大を睨む。



「あんた、大魔神、バカにしてんの?」



「そこじゃないだろっ」



「そう? さっき嫌そうに、そうですねって、言ってたし」



「それもなんかずれてるしっ。って、それは、もういいよ。そんな事より、このままだと、俺、全然戦えないと思う。剣もうまく使えなそうだし、巨大化も駄目だろ? こう、なんていうか、これさえやってれば勝てるみたいな、必殺技みたいなさ。そういうのってないのか? ずぶの素人の俺が、すぐに戦えるようになるようなさ。それを使うと、反動でこっちも凄いダメージを受けるとかでもいいから」



「まったく。あんたは最低ね。クラちゃんの為に絶対に死なない!! とかなんとか言ってたくせに、もう、自分を犠牲にしようとするなんて。情けないったらありゃしない。けど。あるわよ。とっておきの必殺技。し・か・も。回数制限とか、使った反動で受けるダメージとかもない奴」



 キャスリーカが言い終えると、不敵な笑みを顔に浮かべる。門大は、それなら俺でもちゃんと戦えるじゃないか。と思って喜んだが、キャスリーカの表情の変化を見て、うわっ。嫌な予感しかしない。主にポーズと、声的な意味で。と思い、ちょっと気が重くなった。



「あんた、これは、駄目そうだって、顔に書いてあるわよ。失礼な奴ね。大丈夫。これ、本当に強いから。大きいのが出せたら、あの龍の群れも一撃かも知れないわ」



「駄目そうだなんて思ってない。それより、ポーズと声は?」



 キャスリーカがにこりと微笑む。



「そっちの心配? あるに決まってるじゃない」



 キャスリーカがそこまで言ってから、突然、あーっと大きな声を出した。



「どうした?」



「さっき、ポーズをとらないと剣が出ないって、私が言った時に、あんたが文句を言ったでしょ? その事で思い出した事があるのよ。ポーズをとる時にも思いを込めるんだった。えんりゅううぅぅぅーって言う時もそうだけど、ポーズをとる時にも、ポーズをとりながら思いをぐっと込めるの。体を動かしながら、ぐぐぐーっと、全身に力をためるみたいな感じ? ため技みたいな?」



「それが、どうかしたのか?」



「私の過去の事を話さないでその話をすればよかった。あんた、バカだから、きっと、それで納得したはずだもん」



「キャスリーカ。いくらなんでも、そういう言い方はどうかと思うぞ。ちょっとバカにし過ぎだろ。でも、まあ、そうだな。それは残念だったなー。確かに、その説明だったら、すぐに納得してたかも知れないなー」



 門大は「でも」と言った辺りから、わざと挑発するような口調で言い、言葉尻に、にこっと微笑みを付け加える。



「何よその笑顔。最低」



「はいはい。最低最低。最低でいいですよー。ヒーロー、いや、ヒロインか。になりたかったキャスリーカさん」



 門大は、また、先ほどと同じような口調で言った。



「あー、はいはい。そんな話はもうどうでもいいですー。そんな事よりも、あんたも、ヒーローになれるわよ。よかったわねー。あの子、あんたに惚れ直すかもねー。なんだかんだ言っててもああいう子って、今のあんたみたいな情けないのとは違って、強い男が好きそうだしねー」



 キャスリーカも、門大と同じような口調を作って言ってから、にこっと笑う。



「クラちゃんそんな子じゃないですー。ちゃんと、今の、強くない本当の俺の事だって、見てくれてますー」



 門大の言葉を聞いた、キャスリーカが、急に真面目な顔になった。



「あんたさ。戦いが始まったら弱音とか言ったり、辛そうな素振りとかしない方がいいわよ。この戦いはあの子があんたよりも先に戦うって決めたんだから。戦いが始まったら、あの子はきっと、あんたに対して凄く気を使うと思う。絶対に守るって言ったんだから、そういう事も含めて、ちゃんとあの子の事を考えてあげなさい」



「君ってさ、そういうとこ、あるよな。急に、そういう、ちゃんとした事を言い出す。今、俺がこんなふうに情けないのは、君が相手だからだぞ。……。いや。ごめん。強がった。そうだな。君の言う通りだ。分かった。クラちゃんの前で弱音は吐かないし、辛そうな素振りもしない。なんとか頑張ってみる。それにしても、なんていうか、話変わるけど、あれだよな。俺が、ヒーローとは、飛躍したな。けど、確かに、今は、力もあるし、ここで活躍できたらそういう感じかもな。俺も、子供の頃はそういうの好きだった。アニメとか漫画とかもよく見てた。いつからかな。見なくなった。というか見るのが嫌になってってたな。現実にはヒーローなんていないし。自分だってそんなふうになれない。何かあっても誰も助けてくれない事ばっかりだし。人生なんて思ってたほどいい事なんてなかったし。何をやってもうまくいかない事ばっかりだし」



 キャスリーカが狙撃銃を肩に担ぎ、不敵な笑みを顔に浮かべた。



「あんたっていい感じに煮詰まってたのね。けど。創作の世界の中のヒーローはね。何度でも何度でも立ち上がるのよ。どんな目にあっても諦めないの。そんでもって、敵が大きければ大きいほど、辛い事があればあるほど、強くなる。今まで冴えない人生を送って来たあんたにもチャンスが来たんじゃない? 今やらなくてどうすんのよ? ここが、あんたの正念場って奴? ここでヒーローになっちゃいなさいよ。あんたの最愛の人の為に」



「何言ってんだ。それ、本気で言ってんのか? ここは創作の世界の中じゃないんだぞ」



 門大は、自嘲の笑みを顔に浮かべながら言った。



「本気で言ってるわよ。強くて格好良くて決して諦めない。そして、絶対最後には勝つ。そんな奴になりなさい」



「あのな。そんな事無理に決まってるだろ。そういう熱いのは苦手なんだよ。今まで、そういう気持ちから逃げて生きて来たんだ。そういう気持ちと向き合えてたら、もっと変わった人生を歩んで来たはずだ」



 門大は、キャスリーカの顔から視線を外して、そう言った。



「バカね。だから、今がチャンスだって言ってるんじゃない。もう逃げられないとこまで来てるんだから」



「そういうチャンスみたいなもんだって、きっと、何度もあったんだよ。けど、そういう物を、なんとかすり抜けて来てたんだ。逃げて来てたんだ。今だって、クラちゃんと向き合ってるってだけで、本当は、必死なんだぞ」



「何? じゃあ、まだ逃げる気でいるの? ここまで来て? 死ぬかも知れない戦いなのよ? クラリスタの命も懸かってる。なのに、負ける言い訳を今から探してるの?」



 門大は、再び、キャスリーカの目を見た。



「今回は、逃げる気はない。言い訳だって、今は、そんなふうな事を言ってるけど、する気はない。けど、なんていうか、創作の中に出て来るヒーローみたいにはなれない」



 門大はそこまで言ってから、自分の中にある気持ち、クラちゃんの為に負けたくない。クラちゃんを守りたい。クラちゃんを絶対に死なせない。という気持ちが、自分に、新しい一歩を踏み出せようとしているのを、自分を、変わらせようとしているのを、意識した。



「なあ、俺、変わりたいみたいだ。俺、やっぱり、クラちゃんに会ってから変わったみたいだ」



「急に何? どういう事よ?」



「なんか、しっくりこないんだ。前なら、ああだこうだって、今みたいに、前向きになれないって、ぐちぐち文句を言って、それで、ああ、俺なんて所詮ってなって、終わりだったんだ。でも、今は、なんか、違う。こうやって言ってても、前向きに、逃げたくないって、思った。あの子の為に頑張りたいって思ってる。チャンスか。確かに、これは大チャンスなのかも知れないな。俺の今までの人生はこの時の為に、あの子の為にあったのかも知れない。そんな気になって来た。俺は、あの子のヒーローになる。いや。なりたい。キャスリーカ。とびっきり熱い必殺技を頼む。なんだか、すげー久々に燃えて来たかも」



「あんたって、本当にバカで、単純よね。けど、そういうの大好物よ。そうこなくっちゃ」



 キャスリーカが、凛々しい表情を顔に浮かべつつ、嬉しそうに言った。
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