五十四 所謂、思春期って奴?

文字数 4,572文字

 門大の話を聞き終えたキャスリーカが、クラリスタとクロモの走って行った方向に目を向けた。



「大丈夫みたいね。とりあえず、クラリスタはクロモに任せておきましょ」



「俺も、あっちに行くよ」



 門大は、足を止め、足元に纏まとわり付いている、クロモに顔を向けている、クラリスタの姿を見つめて言った。



「今は、やめておいた方がいいと思うわよ。これ、たぶん、面倒臭めんどうくさい奴だから」



 キャスリーカが、昔を懐かしむような顔をする。



「面倒臭い奴?」



「そう。あの子、クラリスタは、クラリッサに似てるわ」



「僕に似てるカミン?」



「クラリッサ。悪いんだけど、あんた達は、そうね。とりあえず、大勢で首を突っ込んでも、話がややこしくなるから、皆で、どこで暮らすかとか、今後の事を話し合っておいて。こっちで人手が必要になったら、すぐに呼ぶから」



「なんだか、仲間外れにされたみたいで、ちょっと寂しいけど、分かったカミン。キャスリーカの頼みだし、お兄にゃふとクラリスタの為カミン。炎龍、雷神、クロモ、こっちで話をするカミン」



 クラリッサが言って、門大達から少し離れた場所に移動する。



 キャスリーカが、自分の足元、草の生えている地面に片手を向けると、金属製の弾薬箱を二つ、その場所に出現させた。



「少し長くなると思うから、座りましょ。こんな物で悪いけど、私、兵器関係以外は呼べないから」



「折角、座る物を出してもらったのになんだけど、長くなるって、どれくらいなんだ? あんまり長くは、クラちゃんを、あのままにはしておきたくない」



「今すぐに行ったとして、あんた、どうするの? 好きな子が泣いてる時に、抱き締める事もできないくせに」



「そ、それは」



 キャスリーカが弾薬箱の上に座る。



「ほら。座る」



「分かった」



 門大は、不承不承ふしょうぶしょうながら頷くと、弾薬箱の上に腰を下ろす。



 キャスリーカが、不意に、笑った。



「どうした?」



「ハガネの事。ハガネ、いつまで鎧やってるのかしらね。もういいのに。さっき、ハガネは何も言わなかったんでしょ? あの子、きっと、クラリスタやあんたに何を言えばいいのか、分からなくって、困ってたんだと思うの。そう思ったら笑えて来て」



「キャスリーカ。楽しそうなとこ、悪いけど、話を、進めてもらっていいか?」



「そうだったわね。あんたはそれどころじゃないか。ごめんごめん。じゃあ、話をしましょ。クラリスタは、生まれた時から、炎龍と雷神をその身に宿してた。だから、普通の人間とは、違う扱いを受けて来てたはずだわ。あんたなら、知ってるわよね? しばらく、あの子の体の中で、一緒にいたんだから。あの子、友達はいた? 恋人は?」



 門大は、クラリスタと一緒に、クラリスタの体の中にいた時の事を思い出す。



「恋人は、いなかった。友達は、仲がよかったのは、あの、猫耳の子かな。でも、あの子は、立場的には対等じゃなかったから、友達っていうのとは、ちょっと違うのかも知れない」



「仮にその子が、友達だったとしても、クラリスタは、心を完全には、許してはいなかったと思うわ」



「どうしてそう思うんだ?」



「クラリッサがそうだったのよ。クラリッサは、傾国の美少女、なんて、言われるほどかわいかったから、大勢の人間に愛される子だった。けど、その愛され方は尋常じゃなかったし、自分の持つかわいさの異常性に自分で気が付いてもいた。だから、自分の心を本当に他人に開いた事は一度もなかった」



「炎龍と雷神の事で、クラちゃんが苦労してたのは、俺だって知ってるつもりだ」



「そうね。あの子を愛そうと決めたあんただもん。そこはちゃんと考えてあげてるんだとは思う。けど、あんたが思ってるより、ずっと根が深くて大変なのよ。人付き合いとか、恋愛の事とかで、ちょっと深く他人と関わってしまうと、炎龍と雷神の事がネックになって、今までにそういう経験をした事がほとんどないから、どうしていいのかが、今のクラリスタには、まだ分からない。それで、あんな態度をとってるんだと思う」



 門大は、クラリスタのいる方に顔を向けた。クラリスタがその場にしゃがみ込み、草の隙間から見えている、クロモの頭を撫でている姿が見える。



「少しは落ち着いて来たみたいね。今頃、なんで門大は追いかけて来ないで、キャスリーカと箱の上になんかに座って、話をしてるのかしらって思って、怒ってたりしてね」



「怒ってるかな。じゃあ、やっぱり早く行かないと」



「まだ話は途中なんだから、最後まで聞いていきなさい。それで、話を戻すけど、あの子、さっきは、急に、走り出して、自分から逃げてたのよ。本当にそう思ってたとしたら、面倒臭い子だと思わない?」



「そんな、そんな事ない。それに、クラちゃんは、そんな事は思ってない」



 門大は言って、キャスリーカの顔を見る。



「そうかしら? 本当に、結構、面倒臭いのよ。クラリッサがそうだったんだから。あんたはね、少し酷い言い方になるかも知れないけど、大抵の人間が経験してる事を、ほとんど経験した事のない女の子と結婚しちゃったの。だから、大抵の人間が経験して学んで来てる事を、あんたは、クラリスタと一緒に、これから経験して行かないといけないの。まあ、でも、あれかしらね。クラリスタの今の歳なら、ある程度は、あんなものなのかな。所謂いわゆる、思春期って奴? 遠い昔過ぎて、その辺の事は、私には、もう、あのくらいの歳の時の記憶なんて、全然ないから、分からないけど」



 門大は一度クラリスタの方に顔を向けてから、また、キャスリーカの方を見た。



「なんだか、途中から、適当じゃないか? でも、まあ、キャスリーカが言ってる事が、全部的外れだったとしても、そんなふうに説明してくれたお陰で、なんとなく、今起きてる事が、理解できたような気がして来た」



「あんたねえ。全部的外れって。まあ、いいわ。一々そんな言葉に反応するのも面倒だし。それでね。クラリスタは、今、自分の中にある思いとか、感情とかと、葛藤してる最中なんだと思う。あんたが、自分の知らない所で、炎龍と怪しい事してたから」



「怪しい事、か。でも、俺は、前にも、クラちゃんの前で、クラリッサと出会って、クラリッサに迫られたり、色々な話をしたりしてるし、キャスリーカ。君とだって、空の上で二人きりになってる。それに、今までだって、クラちゃんが葛藤してる事はあった。どうして、今回だけ、こんなふうになったんだ? って、君に聞いても、しょうがないのか」



 キャスリーカが、いたずらっ子がいたずらをする時のような顔をする。



「あんたさ。平気なの? クラリスタって、相当変わってるわよ」



「急に、なんだよ? どういう意味だよ?」



「そのままの言葉通りの意味よ。ちょっときつい言い方になるかも知れないけど、あの子は、クラリスタは、普通の子とは違う。まあ、普通普通って、さっきから言ってるけど、普通ってのがそもそも何かなんて、分からないけど。とにかく、あの子は、今まであんたが出会って来た、女の子とは、全然違うって事よ。物凄く、今更だけど。それでも、あの子でいいの?」



「いいに決まってる。クラちゃんに、人とは違う事情がある事は、炎龍と雷神の事を知った時から、百も承知だ。クラちゃんの前で、絶対にそんな事言うなよ。気にするから」



 キャスリーカが優しい笑みを顔に浮かべた。



「クラリッサと、私と、炎龍と。他にも、色々あるのかも。そんなものの積み重ねの結果が、今のクラリスタの態度だと思うわよ。ずっとずっと、溜めて来てたんじゃないかな。たくさんの思いとか、様々な感情みたいなものを。それが、今回、爆発したみたいな?」



「そう、だったとして。俺は、今まで、クラちゃんのそういう気持ちに、全然気が付いて、あげられてなかったって事か」



 門大は、何やってんだろ。俺は。ずっと、クラちゃんの傍にいたのに。と思いながら言い、クラリスタの方を見る。



「きっと、クラリスタは、未だかつてないほどに、嫉妬して、怒って、憎んでしまったんじゃないかしら。炎龍や、あんたの事や、他にも、きっと、色々なものの事を。それで、そんな気持ちを持ってしまった自分を、持て余して、それから、その事で、自分を責めてる」



「あの時、俺が、もし、クラちゃんを抱き締めてたら、少しはクラちゃんの気持ちを、楽にしてあげる事が、できてたのかな。あの時、今も、そうだけど、俺は、今の自分に自信がない。今の俺は、ただの、おっさんだから。こんな俺でいいのか、なんて、この姿に戻ってから、ちょっと、思ってる」



 クラリスタが、クロモを抱き上げながら、立ち上がる姿を、見つめつつ、門大は言った。



「あんたが何者かなんて、今のあの子には関係ないわよ。あんたは、あんた。今のあんたは、もう、あの子の最愛の人なの。あんたは、あの子の傍にずっといて、あの子が、心から、誰かを、必要としてた時に、心から、誰かに縋りたいと、思ってた時に、あの子の一番近くにいて、あの子の望む通りの、して欲しいと思ってた、行動をした。それから、その時から、あの子には、あんただけなの。これはね。私の持論なんだけどね。恋愛なんてタイミングが九割なんだから」



「まるで、俺とクラちゃんの事を、ずっと見て来たみたいな事を、言うんだな。それに、なんだよ、その持論」



 門大は、言ってから、ゆっくりと、キャスリーカの方に顔を向けた。



「見て来てなくても、だいたい分かるのよ。クラリスタとクラリッサは似てるんだから」



 キャスリーカがクラリッサの方を見る。



「二人が、似てるか。キャスリーカ。クラちゃんには、絶対手を出すなよ? なんて、ごめん。冗談。本当はそんな事全然思ってない。けど、これから言おうと思ってる事が、ちょっと、照れ臭くって言ってみた。キャスリーカ。こんなふうに話をしてくれて、ありがとう。それと、あれだ。今回の事以外にも、なんだかんだって、君には世話になってる。いつも、ありがとうな。君のお陰で、なんか、少し勇気が出た。今なら、なんとかできそうな気がする」



 門大は、弾薬箱の上から立ち上がる。



「何よ。急に、そんな事言わないでよ。どう、リアクションしていいのか、分からなくなるじゃない」



 キャスリーカが言い、ほんの少しだけ間を空けてから、言葉を付け足すように、そのまま行ってもいいけど、折角、今は、神様や、悪魔なんてのが、近くにいるんだから、手を借りるってのも、いいと思うわよ。と言った。



「手を、借りる?」



「私も、クラリッサと何度も揉めた事があんのよ。さっきの持論の残りの一割。押したり引いたり、様々な方法を使って相手を落とす。ってね。こういう時に使えるとっておきの手がある」



「とっておきの手。……。ありがとう。でも、そういうのは、こういう事で、そういう、何かを使うってのは、あんまり好きじゃない」



「そう? でも、ごめんね。また変な言い方になるけど、ああいう子は、難しいところがあるわ。経験者が言うんだから、間違いないわよ。本当に、あんた一人で、大丈夫?」



「大丈夫、だと、思う。いや、大丈夫だ」



 門大は、言いながら、クラリスタの姿をじっと見つめると、クラちゃん。今度は、絶対に躊躇ったりしない。今から君を迎えに行く。と強く思ってから、足を一歩前に踏み出した。
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