十九 化物少女と神神少女

文字数 4,478文字

 クラリッサが微かに伏せていた目を上げると、両手を門大の方に伸ばし、門大の片手を両手で包むようにして握った。



「ま、まあ、それくらいなら、しょうがないですわね」



 クラリスタが言う。



「クラリッサ。そういうのは、やめてくれ」



 門大は、クラリスタがクラリッサを怒らないようにと頑張っているのを見て、応援したくなり、そう言った。



「ごめんなさいカミン。ついやってしまったカミン。石元門大。これからする話を聞いても、僕の事を嫌わないで欲しいカミン。この、今、手を握ってしまった行為には、そういう気持ちがこもってるカミン」



 クラリッサが門大の手から自分の手を放した。



「嫌わないも何もないですわ。門大は、あなたの事なんてなんとも思っていませんわ」



 クラリスタが、そこまで言って一度言葉を切ってから、慌てて、我慢しようとしていましたのに、つい言ってしまいましたわ。と言った。



「大丈夫。俺は分かってるから」



「門大」



 クラリッサの目が涙で潤み、表情が今にも泣き出しそう物に変わり始める。



「クラリッサ? どうして泣きそうになる?」



「軽いスキンシップは許して欲しいカミン」



 クラリッサが、今にも涙がこぼれ落ちそうな目で門大を見つめる。



「なあ、クラちゃん。子供のやる事だし、少しだけ、手を握るくらいなら、どうかな?」



 クラリッサの泣き出しそうな顔に心を苛まれた門大は、あっさりとクラリッサの軍門に降り、そう言った。



「門大。言っている事が変わり過ぎですわ。信じられませんわ。門大は、この子の事が好きですの?」



「そんな事ない。全然ない。俺はクラちゃん一筋だ」



「だったらどうしてですの? おかしいですわ」



 クラリスタが吠えた。



「うわーん。僕はただ、一人だと思うのが寂しいだけカミーン。昔、たくさんの人に冷たくされたカミン。だから、だから、うわわーん」



 クラリッサが泣き出す。



「ああ。もう。大丈夫だから。泣かなくていいから」



「石元門大」



 クラリッサが門大の胸に飛び込む。



「なんですのこれは!!!」



「クラちゃん。我慢我慢。ほら。あの犬、じゃなくって、えっと、あいつだよ。ほら。悪魔の、イヌンとか言ってた奴」



「ハガネ、ですの?」



「そうそう。あいつが言ってたろ? クラちゃんも聞いてたよな? クラリッサは昔凄く苦労してたって」



 クラリスタの意思で門大の両手が動き、クラリッサを引き剥がす。



「それはそれ、これはこれですわ」



「うわーん。寂しいぃぃカミン。せつなくって、心が痛いぃぃカミン」



 クラリッサが床の上に倒れると、手足をばたばたさせ、くるくると横転を繰り返しながら泣き叫ぶ。



「ちょっと、クラリッサ落ち着けって。お前は、一人じゃないぞ。寂しくないからな。大丈夫だから」



 門大は、クラリッサの傍に行く。



「本当カミン?」



 クラリッサがうつ伏せになった状態で動きを止める。



「ああ。本当だ」



「ありがとうカミン」



 クラリッサが立ち上がり、門大に抱き付いた。



「またですのー! いい加減に」



「クラちゃん。タイムタイム。もう、やめよう。これじゃ、堂々巡りだ。また泣かれても困るし。クラリッサの好きにさせてやろう」



 クラリスタの言葉を途中で遮るようにして門大は言った。



「門大。なんでですの? 先ほどの話、わたくしに似ているという事で、この子に優しくしたくなるのは分かりましたわ。けれど、これは、やり過ぎだと思いますわ。まさか、門大は、本当に、この子の事を」



 門大の目から涙が流れ出し、言葉が途切れる。



「え? ちょっと、え? 嘘だろ? クラちゃんまで? いや、ごめん。泣かないで、お願いだから」



「うわーん。石元門大が相手にしてくれないカミーン」



クラリッサがまた泣き出した。



「門大はどっちが好きですの~? うわーん」



 クラリスタが言う。



「え? ちょっと? ええ? 二人とも、頼むから。俺はクラちゃんが好きだから」



「もういいカミン。僕は、このまま泣きながら死ぬカミン」



 クラリッサが、門大から離れ、台所の方に向かって歩き出す。



「お、おい。どこへ行く?」



「包丁カミンよ~。ぐさっといくカミンぐさっとカミン。死ぬカミン。うわーん」



「いやいやいや。駄目だろ。それは」



 門大は慌てて立ち上がり、クラリッサの後を追う。



「門大。きっと本気ではないですわ」



 クラリスタが、急に泣き止んで言う。



「あれ? クラちゃん? あれ? 今のは? あれ? もう泣いてないの?」



 門大は足を止めて言った。



「うわーん。泣いていますわ~」



「そうだよね? 泣いてるよね。でも、ほら。包丁危ないし。万が一があるから」



 門大はクラリッサの後を追おうと歩き出す。なぜか足を止めていたクラリッサが、その門大の姿を見てから歩き出す。



「クラリッサ? 今、止まってなかったか?」



「止まってないカミーン。死ぬカミーン」



 門大は足を止めて、じいーっとクラリッサの姿を見つめる。クラリッサがちらちらと門大の方を見ている事に門大は気が付いた。



「クラリッサ。おま」



 門大はそこまで言って慌てて口を噤む。ここで怒ったり、余計な事を言ったりしたら、クラリッサは恐らくもっとおかしな行動に出る。このままクラリッサに騙されてる振りを続けて、いや、待てよ。騙されてる振りを続けるなんて事をしたら、クラちゃんがきっともっと悲しむ、いや。物凄く怒るんじゃないか? どうする? どうすればいい? 門大は、クラリッサの姿を見つめながら、考え始める。



 クラリッサが台所に到達する。包丁を探し始めたのか、台所の引き出しやら、戸棚やらを開け始める。門大は、駄目だ。とにかく刃物はまずい。と思うと、片方の足を前に勢いよく一歩踏み出した。踏み出した方の足から、じんわりとした痛みが伝わって来る。その痛みを感じた瞬間、門大は、これだ!! 俺はこいつに賭けてみるぜ! と心の中で歓喜の雄叫びを上げた。



「うおっふ。足が痛い。いたたたっ」



 門大はわざと大げさに声を上げながら、その場にしゃがみ込んだ



「門大? そうでしたわ。すっかり忘れていましたわ。足の治療をしないと」



 クラリスタが言って、門大の顔を動かし周囲を見回す。



「どうしたカミン?」



「門大はわたくしの所為で足を痛めていますの。すぐに何か治療をしたいのですけれど、確か、湿布という物があると門大が言っていたのですけれど、わたくしは、この世界の事を知らないのでどうすればいいのか」



 門大は、クラリスタの言葉を聞いて、しまった。クラちゃんがこうなる事を考えてなかった。今まで忘れてたくらいだから、本当はもう足は大して痛くないのに。と思った。



「クラちゃん。大丈夫。もう痛くないから。だから、心配しなくていい」



 門大は、もう大丈夫だと示すようにすぐに立ち上がった。



「僕に任せるカミン」



 クラリッサが言い、右手で拳を握り、それを自身の顔の前に持って来ると、その手の手首を左手で握る。



「何をする気だ?」



「クラリッサの名において命じるカミン。我に従いし者よカミン。我の差し出す贄をもってあの者の傷を癒せカミン」



 門大の言葉を無視してクラリッサが言う。クラリッサの右手から、血の色をした霧のような物が一筋、部屋の天井に向かって立ち上る。



「魔法ですわ」



 クラリスタが言う。



「魔法を使ったのか? クラリッサ、大丈夫か?」



 門大は、ハガネが魔法を使った時の事を思い出し、クラリッサの傍に行く。



「僕は全然大丈夫カミン。何を心配しているカミン?」



 クラリッサが言って、右手を自分の背中に隠すように動かす。



「右手、怪我したんじゃないのか?」



「どうして僕が怪我なんてするカミン? 何もしてないのにカミン」



「ハガネから魔法の事は聞いてる。ハガネの事は知ってるよな? 今、魔法を使ってたなら、お前は怪我をしてるはずだ」



 クラリッサが、少しだけ驚いたような顔をしてから、優しい笑顔を顔に浮かべた。



「もちろんハガネの事は知ってるカミン。まったく、あの子も余計な事を言ってくれるカミン。天上界から様子を見てたから、石元門大達とハガネが出会った事や色々な話をしてた事は知ってるカミン。けど、魔法の事を話してた事は知らなかったカミン」



「俺が魔法の話を聞いてた事は知らなくても、俺とハガネが会ってる事を知ってるなら、俺が何を言ってるのかは想像が付くだろ? 右手を見せろ」



 クラリッサが嫌々をするように頭を左右に振る。



「見せないカミン。乙女の秘密だカミン」



「クラリッサ。あなたの事は正直に言ってあまり好きではないですわ。けれど、門大の為に魔法を使ってくれた事には感謝しますわ。お願いですわ。門大に右手を見せて下さいまし。それで、怪我をしているなら、治療をしてもらって下さいまし」



 クラリスタが門大の手を動かし、クラリッサの肩にそっと触れる。



「本当に大丈夫カミンよ。確かに僕は対価を払ったカミン。けど、ほら。見てみるカミン」



 クラリッサが少しだけ間を空けてから、右手を門大の顔の前に差し出した。



「どうカミン? 傷も何もないカミン」



 クラリッサが右手を門大の顔の前で振ったり回したりしてみせる。



「本当だ。傷がない。でも、対価を払ってるって事はやっぱり体の何かを使ったって事だろ?」



「もう。石元門大は心配性カミン。僕は神神少女カミン。悪魔よりも優れているカミン。怪我とかをしても対価を払っても、悪魔よりも更に早く治ってしまうカミン。だから、何も心配はいらないカミン」



 クラリッサが笑顔をみせる。



「先ほども言いましたけれども、わたくしはあなたの事があまり好きではないですわ。けれど、あなたの気持ちは分かってしまいますわ」



 クラリスタが門大の体を動かし、クラリッサを抱き締めた。



「なんだカミン? 何が起こったカミン?」



 クラリッサが声を上げる。



「クラちゃん?」



「わたくしだって、化物少女ですわ。神神少女の気持ちは分かるつもりですわ」



「そういう事カミンか。ありがとうクラリスタカミン。けど。僕の所為で君は今までたくさん辛い思いをして来たカミン。本当にごめんなさいカミン」



「なあ、二人とも、俺は全然意味が分からないんだけど」



 ありがとうカミン。と言って、クラリッサが門大の腕の中から抜け出る。



「こういう事カミン。僕は、普通の人間じゃないカミン。そのうちに完全な神になる存在カミン。今は、半神半人というような状態カミン。クラリスタは、雷神と炎龍と一緒いたカミン。その所為で、苦労して来たカミン。だから、僕がこの存在であるがゆえに抱えてる様々な物の事を知ってるカミン。それで、僕を気遣ってくれたカミン」



 クラリッサが再び門大に抱き付く。



「むふーん。気が変わったカミン。僕が払った対価の対価を石元門大に要求するカミン。僕は今から石元門大の事をお兄にゃふと呼ぶカミン。クラリスタカミン。僕の事を分かってくれるなら、これくらいは我慢するカミン。異論は認めないカミン」



「少し甘い顔したら調子に乗って。何が気が変わったですの」



 クラリスタが荒ぶる。



「また。なあ、いい加減に、ちゃんとした話をしないか?」



 門大は深く深く溜息をついたのだった。
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