01. 【短期休暇と報告と】

文字数 3,168文字

 新生活への期待と不安から始まった第一学期もなんとか終わり、ビクトリア魔法学校は今年度初めての短期休暇に突入した。たかが二週間の休みと侮るなかれ。その二週間の間、生徒たちは普段の週末以上に(規則の範囲内で)好きなことが出来るのだ。たとえ補習があるといってもせいぜい一日数時間ほどだから、うまくやれば遊ぶ時間はある。というわけで、柑菜とエイミーはそれぞれ、思い思いにこの短期休暇を楽しんでいた。

 そしてそんな短期休暇も折り返し地点に入った頃、柑菜の携帯に着信が入った。使い魔狐である椿にブラッシングをしていた柑菜が画面に目を向けると、そこには「母さん」の文字列。端末を拾い上げて通話ボタンを押すまでにそう時間はかからなかった。

white-bird

もしもし?
柑菜、調子はどう?
 かれこれ三か月ぶりに聞く母――真弓の声に、柑菜の表情は緩む。同室のエイミーが飛行術の補習で部屋にいないのをいいことに、彼女の口からは遠慮なく日本語が出てきた。

white-bird

調子はまずまずかなぁ。補習の類も食らってないし。
あら珍しい。
酷い。
だって、去年まで決まって薬学の補習食らってたじゃない。
あ~あれは……先生の嫌がらせというかなんというか……。
それなら異議申し立てをしなさいとあれほど……。
 電話の向こうから聞こえたため息交じりな呆れ声に苦笑する柑菜。遠く外から聞こえてきた悲鳴と怒声を気にも留めずに会話は続く。

white-bird

不当な措置じゃないからいいんです~。そもそも成績あまりよくなかったし。
なら最初からそう言いなさいよ、紛らわしい。
へーい、すんませ~ん。
 謝る気など微塵もありませんとでも言わんばかりにヘラヘラ笑う娘に呆れるほかない真弓だったが、ふと思い出したように「そういえば」と強引に話を切ると、こんなことを言い始めた。

white-bird

寮の部屋替えってどうなったの? せっかくだからルームメイトの子とか部屋の内装とか、見せてほしいなぁ。
 一瞬だけ呼吸が止まる。今腰かけているソファーから立ち上がると周囲をぐるりと見渡して、映ったらまずい代物がないことを確認してから、柑菜は恐る恐る口を開く。

white-bird

エイ――ルームメイトは今補習に行ってていないんだけど。
あら、今回は一人部屋じゃないのね。よかったわ~、今年もハブられてたらお母さん、あなた以上に泣くところだったわ。
何で母さんが泣くのさ……。

 今度は娘が母親の発言に呆れながら、さらっと音声通話からビデオ通話、加えて即座にインカメラからアウトカメラに切り替える。

 レンズ越しに見る部屋はきちんと整頓されていて、そして目に見える範囲でも荷物が多い。エレガント志向なそれらは明らか、柑菜の持ち物ではないだろう。どちらかといえば彼女はシンプルないしカジュアル志向だから。

 去年までの実質一人部屋のそれと比べたら生活感と情報量が増しているその部屋を画面越しに見ていた真弓は、やがて嬉しそうにこう呟いた。

white-bird

――楽しそうでよかった。
え?
 キョトンとした顔で、画面の隅に小さく表示されている母親の顔を見る柑菜だったが、真弓の表情はにこやかなまま変わらない。

white-bird

あなた、去年までと比べると段違いに声が楽しそうだもの。いい友達に出会えたのね。

 声が楽しそう。どうやら無意識のうちに声色に本音がにじみ出ていたらしい。それともあれか、肉親特有の勘とかそういうやつか。どちらにしても、真弓のその言葉は的確だった。

 確かに去年と今年とじゃあ、まるで何もかも違う。自らこちらに話しかけに来る同級生が出来たのも、悪戯を共有できる友人が出来たのも、冷静になって考えれば今年になってからだ。無論、今まで同様警戒されることの方が割合としては多いのだけれど……。

white-bird

……そう、かもな。
 きっと今こうして、バイトも補習もなくどこまでも暇を極めた、今までなら退屈すぎてうんざりしていそうなこの短期休暇を、今年は退屈することなく過ごせているのも――エイミー・ツムシュテークというお転婆お嬢様に出会えたおかげなのかもしれない。

white-bird

確かに今までと比べたら段違いに楽しいよ。
 言いながらカメラを切って音声通話に戻す。

white-bird

ならよかった。――せっかくだしルームメイトの子のこと、教えてくれない?
エイミーのこと? まだ二か月やそこらの付き合いだけど……。
いいのいいの。せっかくなんだから。

 その言葉でふと、エイミーの机の上で暇そうに主の帰りを待っているレニの様子を視界の端で確認するも、それといったことはしていない。かすかに悲鳴が外から響いてくるから、まだまだアリーチェ教官による地獄の補習は続いているらしい。――まぁ無理もないな、あの出来じゃあ……なんて、どちら様目線な感想を抱いた柑菜だったが、その感想はウィスパーな笑い声に溶かして流した。

 柑菜の口から語られた話は多岐に及んだ。出会った時のこと、使い魔同士の仲も少しづつではあるが近付きつつあること、初めて一緒にやった悪戯のこと……。不確定だったり、エイミーからしたら赤の他人である真弓に話すのは躊躇われるような話題を避けても、かなり長い時間話題が尽きなかったことに、柑菜は内心驚いていた。どうやら彼女の想像以上に、エイミー・ツムシュテークという存在が彼女の心の中に早くも侵食……いや違う、彼女(かんな)の心が彼女(エイミー)を受け入れつつあるらしい。まだ二か月やそこらの仲なのに。不思議なこともあるものだ。

white-bird

本当にいい友達に巡り会えたのね。お母さん凄く嬉しいわ。
 頭の片隅でぐるぐる回り始めたクエスチョンマークが、母親の声でピタリと止まって脳の片隅に引っ込んでいく。気づけばかなり話し込んでいたらしく、手の中の端末はかなり熱くなっていた。向こうもそれは同じらしく、そろそろ切りたそうにしているのがマイク越しでも伝わってくる。

white-bird

じゃあそろそろ切る?
名残惜しいわね。
結構な長電話してるしさ?
……それもそうね。
 そう言われて、ふと柑菜は聞きそびれていたことを思い出す。

white-bird

ねえ、最後に訊いていい?
なぁに?
葉月――――
 妹の名前を出した刹那、部屋の窓をノックする音が耳に入って来た。なんて空気を読まないタイミングなんだ、なんてエゴ十割な本音を溢しかけたのをギリギリ堪えて、柑菜はレースカーテンを引き、そして驚く。

white-bird

柑菜! 今暇?

white-bird

……どちら様?

 目の前にいたのはアジア系の女子生徒。乗っている箒の制御がやや甘いあたり、飛行科の生徒でないのは明らかだが、あいにく彼女の見た目と声に覚えがなかった柑菜の表情は一気に渋くなる。無論、出てきた言葉も言葉なわけで。

 通話を一時的にミュートにしようと画面をタップする柑菜をよそに、女子生徒の言葉は続く。

white-bird

私はソヨン。エイミーのクラスメイトよ。さっき飛行基礎の補習が終わったところなんだけど、エイミーがへたっちゃって動けなくなっちゃったみたいなの。スクールナースは出張らしくていないから、柑菜に迎えに来てほしいんだけど、いいかな?

white-bird

 ……マジですかい。いったいどれだけしばかれたんだ。ため息をついた柑菜は携帯のミュートを解除して一言。

white-bird

用事できたから切るね。
 ――と、満面の笑みで親相手に雑な文言を放ち、そのまま通話を切ってしまった。そしてまだ窓の向こう側で不安定に滞空しているソヨンの方に目をやると、あくまでそっけなくこう返す。

white-bird

……エイミーはどこにいる?
えっと、中庭。

white-bird

了解。すぐ行く。

 その言葉にほっとした様子でソヨンはどこかへ行ってしまう。窓から室内の方へ視線を移すと、ご主人様の意図をくみ取ったのか、椿が箒の傍でちょこんと座っていた。

 箒にまたがり、窓枠を蹴って外へ飛び出す。何とも言い難い微妙な量の雲が散る空を見上げた後、涼風で頭を冷やしながら学校の敷地の方へ向かう柑菜の口から、ぽろりと言葉がこぼれた。

white-bird

……こりゃ、暇してられないな。
更新:白鳥美羽(2021/9/21)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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