01. 【短期休暇と報告と】
文字数 3,168文字
新生活への期待と不安から始まった第一学期もなんとか終わり、ビクトリア魔法学校は今年度初めての短期休暇に突入した。たかが二週間の休みと侮るなかれ。その二週間の間、生徒たちは普段の週末以上に(規則の範囲内で)好きなことが出来るのだ。たとえ補習があるといってもせいぜい一日数時間ほどだから、うまくやれば遊ぶ時間はある。というわけで、柑菜とエイミーはそれぞれ、思い思いにこの短期休暇を楽しんでいた。
そしてそんな短期休暇も折り返し地点に入った頃、柑菜の携帯に着信が入った。使い魔狐である椿にブラッシングをしていた柑菜が画面に目を向けると、そこには「母さん」の文字列。端末を拾い上げて通話ボタンを押すまでにそう時間はかからなかった。
今度は娘が母親の発言に呆れながら、さらっと音声通話からビデオ通話、加えて即座にインカメラからアウトカメラに切り替える。
レンズ越しに見る部屋はきちんと整頓されていて、そして目に見える範囲でも荷物が多い。エレガント志向なそれらは明らか、柑菜の持ち物ではないだろう。どちらかといえば彼女はシンプルないしカジュアル志向だから。
去年までの実質一人部屋のそれと比べたら生活感と情報量が増しているその部屋を画面越しに見ていた真弓は、やがて嬉しそうにこう呟いた。
声が楽しそう。どうやら無意識のうちに声色に本音がにじみ出ていたらしい。それともあれか、肉親特有の勘とかそういうやつか。どちらにしても、真弓のその言葉は的確だった。
確かに去年と今年とじゃあ、まるで何もかも違う。自らこちらに話しかけに来る同級生が出来たのも、悪戯を共有できる友人が出来たのも、冷静になって考えれば今年になってからだ。無論、今まで同様警戒されることの方が割合としては多いのだけれど……。
その言葉でふと、エイミーの机の上で暇そうに主の帰りを待っているレニの様子を視界の端で確認するも、それといったことはしていない。かすかに悲鳴が外から響いてくるから、まだまだアリーチェ教官による地獄の補習は続いているらしい。――まぁ無理もないな、あの出来じゃあ……なんて、どちら様目線な感想を抱いた柑菜だったが、その感想はウィスパーな笑い声に溶かして流した。
柑菜の口から語られた話は多岐に及んだ。出会った時のこと、使い魔同士の仲も少しづつではあるが近付きつつあること、初めて一緒にやった悪戯のこと……。不確定だったり、エイミーからしたら赤の他人である真弓に話すのは躊躇われるような話題を避けても、かなり長い時間話題が尽きなかったことに、柑菜は内心驚いていた。どうやら彼女の想像以上に、エイミー・ツムシュテークという存在が彼女の心の中に早くも侵食……いや違う、
目の前にいたのはアジア系の女子生徒。乗っている箒の制御がやや甘いあたり、飛行科の生徒でないのは明らかだが、あいにく彼女の見た目と声に覚えがなかった柑菜の表情は一気に渋くなる。無論、出てきた言葉も言葉なわけで。
通話を一時的にミュートにしようと画面をタップする柑菜をよそに、女子生徒の言葉は続く。
その言葉にほっとした様子でソヨンはどこかへ行ってしまう。窓から室内の方へ視線を移すと、ご主人様の意図をくみ取ったのか、椿が箒の傍でちょこんと座っていた。
箒にまたがり、窓枠を蹴って外へ飛び出す。何とも言い難い微妙な量の雲が散る空を見上げた後、涼風で頭を冷やしながら学校の敷地の方へ向かう柑菜の口から、ぽろりと言葉がこぼれた。