06.【問題児は三人もいらない】
文字数 2,657文字
問題児タッグ結成の次の日。休み時間にエイミーは教科書を開いて軽い予習をするふりをしながら、自身の背後――正確に言えば五時半の方向に聞き耳を立てていた。
その方向、教室の廊下側で五月蝿く雑談をしているのは、先日エイミーを煽りに煽った張本人であるイライザと、その取り巻き達。彼女達はエイミーが聞き耳を立てていることはおろか、声が大きすぎて廊下を通る他クラスの生徒たちの興味を引いていることにすら気づいていない。どこまでも平常運転だ。
――エイミーがなぜ、そんな彼女たちのやかましい会話に耳を傾けているのか。その理由は至って単純。
昨晩、寮にて、彼女は柑菜からこんなことを頼まれていた。
そしてこの言葉は、柑菜にとっては悪戯のセオリーとでもいおうか、指針となる言葉なのだが、そのことはまだエイミーは知らない。
そういうわけで、エイミーは今、密かに情報収集をしていたわけなのだが……。
何も情報がない。というか、さっきから一向に弱点といえる弱点が見つからないのだ。
レイラだったら何か情報を掴んでいるのかしら――などという他力本願な考えが思わずエイミーの頭に浮かぶが、すぐにそれは脳内から抹消した。ほとんどことに関係のないレイラを、今回の計画に巻き込むわけにはいかないからだ。
そんなことをしている間にも、イライザたちの会話は続く。
しかし、イライザの言葉の途中でチャイムが鳴ってしまい、同時に銘々が自分の席に着きはじめる。そしてエイミーは小さく、誰にも気づかれないくらい小さくため息をついた。
……敵は思った以上に手ごわそうである。
メモにはいくつかの単語が書き連ねてあったが、正直言うとその内容は、女子生徒の大多数に当てはまるであろうもの。イライザだけの……とまではいかなくても少数にだけ有効そうな弱点は、残念ながらメモ用紙には書かれていない。
――が、だからといってあまり情報収集に時間を割きすぎると、実行時期が短期休暇期間に差し掛かってしまう。エイミーが飛行術の補習でまたケガをしないとは限らない――というかケガをしないと考えるほうが無理があるわけで。そういった意味でも、柑菜はなるべく早く悪戯フルコースを実行したいと考えていた。
――中等部一年で編入してきた彼女は、入学して一週間も経たないうちからイライザに目を付けられ、接点なんぞ一切無いにもかかわらず嫌がらせを受けてきた。
一応、初対面からゲラゲラ笑いと共に何か言われたことはぼんやりと記憶にあるが、いかんせんオーストラリア訛りの英語は当時の柑菜の英語力では聞き取りづらく、その内容は一切分からなかった。
だから、未だに彼女は自分が目をつけられた理由を知らない。なんとなくで推測は出来るが確証はない。そんな状態なのだ。
そして、エイミーもまたその被害に遭っている。
――ならどうしてそんな子たちに嫌がらせを? そうすることによって、彼女に何の得がある?
柑菜が教師教官陣を中心に悪戯を仕掛けるのには、一応ちゃんと理由がある。個人的に気に食わないとか、授業が一貫してつまらないとか。
なら――
思考がぐるぐると回って脳みそがオーバーヒートしかけた柑菜はそう呟きながら、傍らにあった毛布を静かに眠るエイミーにかけてやる。そのタイミングで、半開きになっていた窓から風が吹き込んできた。
寮の五階、窓の向こうに広がるのは、やたら広いヴィクトリア魔法学校の敷地と森(といってもそこまで広くはないが)、そして満天の星空。
一体何に近づき、何を掴むのか。掴むどころか近付くことすらままならない星をなのか、それともその光に彼女が重ね映した“何か”なのか。
それはきっと、柑菜のみぞ知る……のかもしれない。