06.【問題児は三人もいらない】

文字数 2,657文字

 問題児タッグ結成の次の日。休み時間にエイミーは教科書を開いて軽い予習をするふりをしながら、自身の背後――正確に言えば五時半の方向に聞き耳を立てていた。

 その方向、教室の廊下側で五月蝿く雑談をしているのは、先日エイミーを煽りに煽った張本人であるイライザと、その取り巻き達。彼女達はエイミーが聞き耳を立てていることはおろか、声が大きすぎて廊下を通る他クラスの生徒たちの興味を引いていることにすら気づいていない。どこまでも平常運転だ。

 ――エイミーがなぜ、そんな彼女たちのやかましい会話に耳を傾けているのか。その理由は至って単純。


 (イライザ)の弱点を見つけるため。


 昨晩、寮にて、彼女は柑菜からこんなことを頼まれていた。

white-bird

エイミー。せっかく同じクラスなんだ、あいつの弱点をできるだけ多く見つけてきてほしい。
 そして、加えてこんなことも。

white-bird

ついでに覚えときな。ただ何となくで攻撃しても、たいして意味はない。そうじゃなくて、攻撃を仕掛ける前に敵の弱点を調べつくして、そこを狙って攻撃を仕掛ける。――悪戯でも戦争でも、全ての戦いにおける鉄則だ。

 そしてこの言葉は、柑菜にとっては悪戯のセオリーとでもいおうか、指針となる言葉なのだが、そのことはまだエイミーは知らない。

 そういうわけで、エイミーは今、密かに情報収集をしていたわけなのだが……。

white-bird

ん~……。

 何も情報がない。というか、さっきから一向に弱点といえる弱点が見つからないのだ。

 レイラだったら何か情報を掴んでいるのかしら――などという他力本願な考えが思わずエイミーの頭に浮かぶが、すぐにそれは脳内から抹消した。ほとんどことに関係のないレイラを、今回の計画に巻き込むわけにはいかないからだ。

 そんなことをしている間にも、イライザたちの会話は続く。

white-bird

そういえば最近虫多くない?

white-bird

わかる~、本当にタチ悪いよねあいつら。

white-bird

そりゃそうでしょ、今三月よ? 秋よ?

white-bird

イライザは虫とかどうなわけ?

white-bird

虫ぃ? そうねぇ――

white-bird

 しかし、イライザの言葉の途中でチャイムが鳴ってしまい、同時に銘々が自分の席に着きはじめる。そしてエイミーは小さく、誰にも気づかれないくらい小さくため息をついた。

 ……敵は思った以上に手ごわそうである。

white-bird

……で、そんな中で何とかかき集められたのがこいつら、と。
 その晩、柑菜はエイミーから渡されたメモとエイミーを交互に見ながら、苦笑交じりにそう言った。言われた彼女はむすっとしながらも、その手は机の上にいるレニの毛並みを撫でている。

white-bird

彼女、想像以上に屈強でしたわ。
う~ん、行動から見抜くのはいいアイデアだと思ったんだがなぁ……。

 メモにはいくつかの単語が書き連ねてあったが、正直言うとその内容は、女子生徒の大多数に当てはまるであろうもの。イライザだけの……とまではいかなくても少数にだけ有効そうな弱点は、残念ながらメモ用紙には書かれていない。

 ――が、だからといってあまり情報収集に時間を割きすぎると、実行時期が短期休暇期間に差し掛かってしまう。エイミーが飛行術の補習でまたケガをしないとは限らない――というかケガをしないと考えるほうが無理があるわけで。そういった意味でも、柑菜はなるべく早く悪戯フルコースを実行したいと考えていた。

white-bird

とりあえず、このメモを参考にして計画を練るか。エイミー、手伝ってくれるか?
もちろんですとも。
 その晩、彼女達は消灯時間ぎりぎりまで、ああでもないこうでもないと言いながらルーズリーフの上に仮の計画書を作っていたのだった。

white-bird

…………そういえば。
 消灯後、ジャージ姿でソファーの上で寝落ちしてしまったエイミーを横目に、柑菜はふと昔のことを思い出していた。自然と日本語が口からこぼれる。

white-bird

あたし何であいつに目つけられたんだったっけ……?

 ――中等部一年で編入してきた彼女は、入学して一週間も経たないうちからイライザに目を付けられ、接点なんぞ一切無いにもかかわらず嫌がらせを受けてきた。

 一応、初対面からゲラゲラ笑いと共に何か言われたことはぼんやりと記憶にあるが、いかんせんオーストラリア訛りの英語は当時の柑菜の英語力では聞き取りづらく、その内容は一切分からなかった。

 だから、未だに彼女は自分が目をつけられた理由を知らない。なんとなくで推測は出来るが確証はない。そんな状態なのだ。

 そして、エイミーもまたその被害に遭っている。

white-bird

……人目を引く奴らに恨みでもあんのかな?
 自己顕示欲の拗れ、とでも言おうか。きっとイライザは元々そういう気質なのだろう。柑菜の記憶の限りでは、被害者は自分達含め、一貫して悪目立ちするタイプの女子生徒ばかりだったし。

white-bird

……ん?

 ――ならどうしてそんな子たちに嫌がらせを? そうすることによって、彼女に何の得がある?

 柑菜が教師教官陣を中心に悪戯を仕掛けるのには、一応ちゃんと理由がある。個人的に気に食わないとか、授業が一貫してつまらないとか。

 なら――

white-bird

もしかしたらあいつの嫌がらせにも、理由が……?
 柑菜と同じように、ただ単に相手が気に食わないから? ……いや、それならなぜ途中で嫌がらせの対象を変えたりするんだ? 柑菜が受けた嫌がらせも冬が来る前には収まって、気づけばその魔の手は別の女子に伸びていた。柑菜に関しては格段、誰かに庇われたわけでもないのにだ。

white-bird

……分からん。

 思考がぐるぐると回って脳みそがオーバーヒートしかけた柑菜はそう呟きながら、傍らにあった毛布を静かに眠るエイミーにかけてやる。そのタイミングで、半開きになっていた窓から風が吹き込んできた。

 寮の五階、窓の向こうに広がるのは、やたら広いヴィクトリア魔法学校の敷地と森(といってもそこまで広くはないが)、そして満天の星空。

white-bird

……南十字ってどこだっけ?
 南十字座を探すことに、別に深い意味はない。けれど柑菜の脳裏には、あの日――夜中にエイミーとこの窓から外へと飛び出して一波乱あった日のエイミーの言葉が蘇っていた。

white-bird

“わたくしも自力で飛ぶことが出来れば、こうして星に近づくことが出来るのね……。”

white-bird

 そして、星を掴むかのように伸ばされた、エイミーの手も。

white-bird

…………そうだな。
 あの日の彼女と同じように、満天の星空に手を伸ばす。

white-bird

近づけたら…………掴めたら、いいな……。

 一体何に近づき、何を掴むのか。掴むどころか近付くことすらままならない星をなのか、それともその光に彼女が重ね映した“何か”なのか。

 それはきっと、柑菜のみぞ知る……のかもしれない。

white-bird

更新:白鳥美羽(2021/5/19)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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