02.【テレポート入門】

文字数 4,126文字

  短期休暇最終日に行われたエイミーのテレポート適正審査は、当然の如く合格であった。そもそも、教師が認める限りこの適正検査で不合格になる者はそうそう居ない。合格──とはいえ、突然のトラブルへの対処に難有りとは言われたそうだが、訓練でどうとでもなるということで、特に問題は無いらしい。

 そして短期休暇が明けた数日後。エイミーは、創造呪文科室の内装をもの珍しげに見回しながら、ベルタと向かい合って着席していた。二人を隔てるのはシンプルなオフィステーブルのみ。普段のベルタの厳格な態度も相まってか、エイミーは僅かに緊張しているようである。ベルタもそれに気づきながらも、予定通りに個人授業を進めることにした。適正検査も終わったということで、早速こうしてテレポートの授業が始まったのだった。

tsuduri

テレポートを習得するにあたって重要なのは二つ。集中力と想像力よ。
集中力と、想像力……。
静かな部屋で、壁に吸収されるように染み入る二人の静かな声。この部屋は主に創造呪文を教える教官のオフィスである為、ベルタだけのオフィスというわけではなく共用なのだが。教官はオフィスから繋がる私室で採点作業をしているそうなので、大声で騒ぐわけにはいかない。勿論防音呪文をかけてはいるが、一応隣に人がいる以上静かにしてしまうのが人間の性だ。小さな声でベルタの言葉を反芻しながら、エイミーはオフィステーブルの中央に置かれた鳥の置物をじっと見つめた。

tsuduri

さて、ここに置いてあるべきでないものが置いてあるわね。こういった置物は部屋の扉の脇にある飾り棚にあるのが割と普通じゃない?

確かにと、エイミーは黙って頷く。

tsuduri

わたしの言葉で、今貴女はこの置物がそこの飾り棚に置いてあるのを想像した?
えぇ、なんとなくですが……。無意識の内にぱっと想像してすぐに消えました。
そうね、きっとそうだと思うわ。人によってはその言葉だけを理解するのみで、そもそも想像すらしないという人も多いはずよ。
これが何か関係あるのですか?
えぇ。

ベルタはエイミーの質問に頷きながら、目の前の置物をじっと見つめた。そして瞬きを一つ。するやいなや、置物はしゅっと鋭い音を立ててその場から消え去る。そしてそれはすぐに飾り棚へと現れ、エイミーは手を合わせ小さく感激した。

tsuduri

今まで呪文の授業では、魔法は人体に作用させるものが一番難しいと習った筈よ。
えぇ、体の形を変えたりするのはかなり高い魔力が要ると……。
そう。テレポートは自分の体を瞬間的に他の場所へ移動させる。つまり、とても魔力が要るということなの。そして、魔力のコントロールにも気をつけなくてはならないわ。
魔法学校を卒業して成人する頃には魔力が最高潮まで高まる為、魔力量やコントロールが不完全である在学中に、わざわざテレポートを習得する者は少ない。しかし、エイミーの魔力なら申し分ないとベルタは考えていた。コントロールはまだ出来ていないようだが、センスはある。それはベルタだけでなく、創造呪文教官や破壊呪文教官であるアダルブレヒトも肯定することだろう。だからこそ、こうして予習を行うのだ。

 本来ならばこの授業は創造呪文の教官が行う筈であった。しかし、こうしてベルタが授業をすることになったのは、彼女の強い希望があったからである。教官もこの授業自体は成績に関係ないこと。そしてベルタがエイミーを溺愛していることは知っていた為に快く代わったのだが。問題児であるエイミーの担当を個人的にしたくないという利害の一致があったのは二人の間だけの秘密だ。

tsuduri

貴女がまず覚えるべきはコントロール。その為にまずはこれを出来るようになってもらうわ。
そう言ってベルタがテーブルに置いたのは、空のコップだった。

tsuduri

簡単な事から始めましょう。このコップに魔法で水を注ぎ、溢れないギリギリ一杯にするのよ。
まぁっ、面白そう!それに、わたしにかかればそんな事。簡単ですわ。
笑っていられるのも今の内。思っている何倍も難しいんだから。
取り敢えずやってみますわ。

エイミーはいつものように水をイメージして、その意識を杖先に集中させると、ゆっくりと水差しの注ぎ口をコップの真上に置くかのように傾けた。

tsuduri

”Wasser”(水よ)

母国語で呪文を唱える。すると杖先からチョロチョロと水が出て、コップの中身を満たし始め。あっという間に満杯になった。しかし、水の勢いは留まらず、急いで止めたにも関わらず水は少し溢れてしまったようだ。オフィステーブルを濡らしてしまい、エイミーはがっくりと肩を落とす。

tsuduri

難しいですわ……。
そりゃあそうでしょうね。でも大丈夫、訓練すれば身につくことよ。
はい、頑張ります!
それじゃあもう一度。力が入り過ぎないように深呼吸して、ゆっくり息を吐くのよ。

杖をひと振りして溢れた水を消すベルタの言葉に頷き、言われた通りゆっくりと深く息を吸い込んで、そして口を開放した風船のように息を吐き出す。目を閉じて静かに深呼吸をしていると、魔力が体を緩やかな川のように流れているような感覚に陥った。コップに水を注ぐのも同じだ。緩やかな川。それを心の中で何度も呟きながら、杖先を傾ける。杖先から水が出始めた瞬間、エイミーは何かが変わったと直感的に思った。そしてその直感通り、水は高級な茶器から注がれる水のように弛みなく一本の線を描き、水しぶきを上げることなくコップの底に落ちてゆく。エイミーだけでなくベルタもまた、成功したと確信した瞬間であった。

tsuduri

まさかこんなにも早く出来るようになるなんてね。
やりましたわ!それではこれでテレポートの習得はバッチリですわね!
いいえ、これはまだ初級編よ。

彼女の喜びをそう切り捨てながらベルタがテーブルに置いたのは、針と糸だ。なんとなく何をするのか分かったエイミーは、終わりでないことに若干の落胆を見せつつも、意気込んで針と糸に向かう。こうしてベルタによるテレポートの授業は、幸先の良いスタートで幕を開けた。エイミーは飲み込みが早い。「恐らく史上最速記録でテレポートを習得することができるだろう」とベルタも踏んでいる程だ。少しコツを教えただけで出来るようになるのはある種の才能と言えるだろう。

 しかしエイミー自身はそうは思っていないらしく、どこか不安げな表情を浮かべて焦ったように課題に取り掛かっていた。意気込みはしたものの、それは自信によるものではなく。飛行が出来ないなら成功させなければならないという、どこか強迫観念めいたものだったのだろう。肩に力が入る彼女を見てそれを察したのか、ベルタは彼女の肩をぽんと叩いた。

tsuduri

わたしの立てた計画より随分早く進んでいるのだから、これ以上焦る必要は無いわ。……ふぅ、疲れたでしょう?わたしも個人授業には慣れていなくって。一度休憩にしましょうか。リラックスした方が捗るわよ。
よろしいんですか?

べルタが少し口端を上げて頷くと、エイミーは軽く息をつき、少しだけ体の力を緩めた。目に留まった時計をふと見遣れば、確かに授業が始まってからまだ十分程度しか経っていないことに、そして自分が焦りすぎていたことに気づく。エイミーはここで改めて今の状況と自身を見つめ直し、今必要であり優先されるべきことを思い出した。ベルタの言うとおりだ。焦っていてはテレポートは愚か、もっと簡単な魔法でさえ正しく発動させることができなくなるだろう。それがベルタの優しさであることを知り、エイミーは今まで少し怖がっていたベルタに対し、前よりも、もう少し心が開けそうな気がしていた。

tsuduri

それではお言葉に甘えて……。ふぅ。
腕を思い切り伸ばす。ベルタの方はというと、彼女は何やら仕事をしているようだ。教師は授業という大きな仕事はしないまでも、教官の授業の準備など大量の雑務がある。その細々とした作業の合間にこうしてエイミーの授業をしなければならないのだから、忙しいなんてものではない筈だ。資料に向かうベルタの姿をじっと見つめる。刺さる視線に耐えかねたベルタは、エイミーをじとりと見遣り「何……?」と声をかけるが、エイミーは彼女の睨みなど全く意に介さない様子でにこにこと微笑んでいた。

tsuduri

な、何……?不気味なんだけど。
いえ、ただ先生が……。

目を細めたまま答えようとするエイミーだったが。ここで図ったように部屋の戸がノックされ。二人は同時に扉へと視線を向けた。きょとんとするエイミーに対し、ベルタはノックの主の正体が分かったのか、小さく舌打ちをし、続けて「どうぞ」と入室を促す。その言葉を待っていたかのように、勢いよく開いた扉から顔を出したのは、エイミーもよく知る人物。アダルブレヒト・カレンベルク、その人であった。彼は中に居るのがベルタだけではないと知ると、僅かに目を見開きつつも、うっすらと笑みを浮かべる。

tsuduri

おっと……。そういえば今日はエイミーのテレポート授業初日だったね。お邪魔だったかな?
えぇ、わたしとエイミーの”二人で”授業をしていたところよ。

強調された箇所に気づいたアダルブレヒトは、軽く苦笑しながらベルタに何やら紙袋を突き出した。つっけんどんな態度を取っていたベルタも、その中身に気づいたのか、少し表情を変える。

tsuduri

察したようだね。その通り、これは君が僕に取り寄せてくれと頼んでいた例のハーブティーだ。まさかこれをわざわざ持ってきてあげた僕の事を締め出したりはしないだろう?
……はぁ。ちょうどエイミーの精神力が戻るまで休憩していたところよ。
それは良かった。じゃあエイミー、君も味見してみるかい?君の先生が大層気に入っているハーブティーがあるんだ。
まぁ、わたくしもよろしいんですか?
えぇ、エイミーなら……。あ、いや。別に、いいわ。

ベルタの慌てた様子にアダルブレヒトはニヤニヤと笑みを浮かべる。どうやら三人で休憩をすることになりそうだが、エイミーとしてはいくらベルタへの見方が変わったとはいえど、二人きりは流石に気まずいと思っていた為、アダルブレヒトの方が居心地が良い事も相まってか、彼の訪問を素直に喜んでいた。ベルタはそれが気に入らなくて仕方がないのだが──。この三人の変な関係は、エイミーが卒業するその時まで続くことを、本人達はまだ知らない。

tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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