04.【新しい学期、新しい仲間】
文字数 1,949文字
長かった夏休みも終わり、ビクトリア魔法学校はいよいよ新学期に突入した。
白のシャツに、スクールカラーであるスモーキーブルーのベスト、黒い夏用スラックスにショート丈のローブをまとった柑菜は、部屋備え付けの壁掛け鏡の前で髪を編んでいた。雪のように白い髪はまごうことなく地毛なのだが、どうも集団の中だとやけに目立ってしまう。それを隠す意味もあって、彼女はオプションである黒のとんがり帽子を愛用していた。その帽子をひっくり返した中には今、狐の使い魔の椿が丸まって、支度の完了を待っている。
よし、出来た。
鏡を見ながらとはいえ、裏編みは難しい。だがいつもより丁寧に編んだためか、左肩に流した三つ編みは会心の出来だった。うたた寝しかけていた椿を起こし、帽子を被る。
この部屋に居られる最後の日。1年間使われなかった二段ベッドの下の階には、今度こそ使用者が来るのだろうか。ベッドメイキングと最後の荷造りを終えた柑菜はふとそんなことを思いながら、荷物を入れた段ボール箱の封を閉じるのだった。
オーストラリアの学校には、始業式はおろか入学式すら存在しない。最初から問答無用、フルタイムで授業が始まるのだ。中等部から持ち越しのテキストを詰め込んだ鞄を重そうに持ちながら、柑菜は所属クラス……D組の扉を開けた。
少し早すぎたのか、まだ教室内の人はまばらだった。所々見慣れない顔ぶれが混じっている気はするが、いかんせん柑菜自身、クラスメートの名前と顔がまともに一致していないために、それが編入生なのか元から在校していた生徒なのか、彼女には判断がつかない。
クラスメートと何気ない挨拶を交わす。相手の少女の顔が引きつってるあたり、柑菜の素性を知る在校生らしい。実際、柑菜の噂やエピソードは学年の枠を超えて学校中に広まっていた。その噂を知らないのは、せいぜい途中から来た余所者くらいだろうか。
"ビクトリア一の問題児"……ねぇ……。
密かに付けられた柑菜の二つ名だ。教師教官に何かと歯向かい、度々悪戯と言う名の問題行為を起こすくせして、実技試験の成績はそれなりなものだから誰も何も言えない。先生達の手を煩わせる、まごうことなき問題児。……中等部3年間で浸透していったその印象は、もう暫くは変わらないだろう。
それ以上誰とも何も言葉を交わさずに、柑菜は適当な席につく。そしてそのまま鞄だけ所定の位置に置くと、そのまま机に突っ伏してしまった。ファスナーを開けた鞄の中から膝の上に乗ってきた椿が心配そうな目を向けると、柑菜はボソリと言葉を漏らす。
……つまんねえ。なんか面白えことでも起きないもんかな?
おはようございます〜。
おはよう。貴女もしかして編入生?
そうよ〜。私はレイラ・ナイトリー。レイラって呼んでね。
ナイトリー……珍しいファミリーネームね。
そうかな〜?
……飛行科にしては珍しい子よね。
確かに。まぁ偏見は良くないとは思うけど……。
……飛行科?
……あちゃ〜……失礼しました。
……ああいう子もいるんだな。
うわあああぁぁぁぁぁ!
……何があった。
教室内にタランチュラでも湧いたのか、それとも誰かが魔法を失敗して事故ったのか。廊下の向こうで繰り広げられているであろう阿鼻叫喚の地獄絵図の実態がほんの少し気になったが、仮にそれで向こうに行ったとして、面倒事に巻き込まれるのは真っ平御免だ。それに万が一責任をなすりつけられたらたまったものじゃない。柑菜は好奇心を抑えて無視を決め込み、ただ机の上に出した『飛行術総論』のテキストの表紙をぼーっと眺め始めた。
……A組の騒動は結果論、なんてことなかったらしい。