03.【共犯】

文字数 2,671文字

 エイミーがD組の窓に激突して数時間後。放課後になってすぐ、柑菜は鞄を提げて教室を飛び出した。あれ以降、エイミーの姿を校内で見かけていないからだ。スクールナースの部屋か、それともA組か。誰かに訊くよりも自分で確かめたほうが早いと判断したのだ。

 そうしてやや足早に廊下を進んでいる時だった。

white-bird

柑菜、ちょっといいかしら。

すれ違いざまに声をかけられ、彼女はその場で一瞬石像の如く固まった。バッと首だけ捻って声の主を視界に収めると、更に彼女の表情は固くなる。

white-bird

……ベルタ先生。

また私の名前を忘れていたの?

いえ、そういうわけでは……。

 柑菜に声をかけた張本人……A組担任のベルタの目はいやに厳しい。また自分が何か無意識にしでかしたのだろうかと脳みそフル回転で思考する柑菜だったが、やはりというべきか、何一つとして思い当たる節はない。無表情で嫌な汗をかく彼女の心の内を知ってか知らずか、金髪碧眼の美人教師は二の句を繋げる。

white-bird

それはともかく、あなたエイミーが今日の午後から校則違反の服装になってること、知ってるかしら?

……エイミーがですか?

 なるほど前言撤回、思い当たる節はあった。

white-bird

知ってますよ。飛行基礎の授業でスカートがまくれるのが嫌だからって……あっ。

 口が滑って余計なことを漏らしてしまったことに気づいて自分の口を塞ぐが、時既に遅し。

white-bird

やっぱりあなたのせいだったのね……。

 言われたくなかったことをズバリ、言われてしまった。周りに配慮してか声は抑え気味だったものの、その呆れ気味かつ辛辣な言葉は心にダイレクトに刺さる。昼休みにとった軽率な行動を、表には出さず静かに反省するかと思い始めていた柑菜だったが、しかし。

white-bird

あの子、飛行基礎の授業後にスクールナースの部屋から帰ってきてからもずっとあの格好なのよ、どう責任とってくれるの?

……え?

 思わぬ言葉が続き、意図せず口から間抜けな声が出てしまった。

white-bird

前半はともかく、後半はあたし関係なくないですか?
……あ……。……とにかく! 明日からはちゃんと制服で行くようにあの子に伝えておきなさいよ!
は、はい……。

 自分の失言に自分で恥ずかしくなったのか、ベルタはそう言い残して足早に去っていってしまった。半端に開けた柑菜の鞄の口から、椿が心配そうに顔を出す。

white-bird

ん、大丈夫大丈夫。大したことじゃねえよ。

 黄金色の毛並みを軽く撫で、柑菜は踵を返して寮へ向かう。授業に復帰し、もうA組の教室にいないということは、間違いなく寮の部屋に先に戻っているはずだから。


 515号室の鍵を開けると、案の定エイミーは先に帰ってきていた。机の上には飛行理論の教科書が開かれ、彼女はそれを真剣な顔で見ながらなにやら考え込んでいた。ジャージとジーパン姿はやはり野暮ったく、元来お嬢様のオーラを纏っている彼女には全く似合っていない。

white-bird

エイミー。
あら、柑菜。
どうした、そんな真剣な顔して。
いえ、その……。

……飛行基礎の授業で失敗こいたから、理論の復習中ってところか?

……当たってますわ。

 決まりが悪そうに表情が固いエイミーの側に寄り、柑菜は机の上の教科書を覗き込む。ページの最初の方、ざっくりとした絵で説明が書かれている。そういえば日本の魔法学校初等部の教科書にも似た絵があったなと、彼女の昔の記憶がほんの少しだけ少し蘇る。

white-bird

頭では分かっているのですけど、実技だとどうにも上手くいかなくて……。

なるほど。

 過去の言動といい今の発言といい、やはりエイミーの脳のスペックは格段劣っているわけではない。寧ろ良い方だ。それなのに、いざ実技に落とし込もうとするとまともに成功しないとなると……。

white-bird

本当に運動音痴なのか、それとも別の情報を無意識に想像してしまっているか……だな。

え? 柑菜、何か言いまして?

 突然日本語で何やら喋り始めた柑菜に、エイミーはキョトンとした表情を向ける。だがそれは柑菜にとっては好都合。何故なら今のはただの独り言に過ぎなかったからだ。彼女はふっと口元を緩めると、今度は英語でこんなことを提案してきた。

white-bird

なぁエイミー、今度時間あるときにでも、一緒に飛行術の練習しないか?

突然の提案に、エイミーの赤い瞳が見開かれる。

white-bird

……今なんと?

あたしと共同で飛行練習するんだよ。大したことはできないかも知れねえけど。

よろしいんですの?

やってみたいからわざわざ提案してるんだよ。

 その言葉を言い終わるのと、ガタッと椅子の音が鳴るのはほぼ同時だった。

white-bird

ありがとうございますわ、柑菜!

 心底嬉しそうな表情で彼女の手をとるエイミー。想像以上の喜び様に思わず半歩身を引いてしまったが、悪い気はしなかった。

white-bird

それにしても、柑菜には助けてもらってばかりですわね。わたくしも何かお役に立てれば良いのですけれど。

気にすんなって。

 そう返しつつも、「さて」と柑菜の頭は早くも別の思考に使われている。そう、さっきから言おう言おうと思って言えていなかったこと。

 この状況でジャージとジーパンの件をどうやって持ち出そうか。

 だが、さほど時間をおかずして、今すぐにそれをするのは無理だという結論に達した。

white-bird

いつやりましょう? 放課後? それとも休日? ああでも、昼間は暑いからなるべく汗はかきたくないわね。夕方あたりとかどうかしら、そうねそうしましょう!

 興奮冷めやらぬエイミーのマシンガントークならぬ質問責めが始まってしまったからだ。

white-bird

あ〜もう、日程は好きに決めてくれ……。

 予告も前兆もなく始まる弾丸の嵐。柑菜は相変わらずそれを無意識に誘発し、そしてすぐに手に負えなくなってしまう。彼女は机に手をつき、人知れずため息をついた。


 そして次の日。

white-bird

柑菜〜! また今日もあの服借りて良いかしら?

 寝起き早々、エイミーが嬉々とした顔で予想通りの質問を投げかけてきた。柑菜は睡眠を妨害されたが故の苛立ち声でこう続ける。

white-bird

今日、飛行の授業は?
ありませんわ。
じゃあ駄目だ。
どうしてですの⁈

あれはあくまで昨日のスカート対策で貸しただけだ。今日一日スカートで乗り切れるなら制服で良いだろ。

え〜。

それに、またベルタ先生に怒られるぞ?

 流石に昨日の今日で同じことを注意されるのは、怒られ慣れている柑菜でも嫌だ。そう切実に思う彼女に反して、エイミーはそれでも意思を曲げることはなかった。結局そうこう言い合いをしているうちに裕に起床時刻は過ぎてしまい、二人はバタバタと朝の準備を始める。

 そしてそのどさくさに紛れ、エイミーは柑菜の目を盗んで、ストレートジーンズとジャージに手をかけるのだった。

white-bird

更新:白鳥美羽(2019/12/21)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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