03.【共犯】
文字数 2,671文字
エイミーがD組の窓に激突して数時間後。放課後になってすぐ、柑菜は鞄を提げて教室を飛び出した。あれ以降、エイミーの姿を校内で見かけていないからだ。スクールナースの部屋か、それともA組か。誰かに訊くよりも自分で確かめたほうが早いと判断したのだ。
そうしてやや足早に廊下を進んでいる時だった。
柑菜、ちょっといいかしら。
……ベルタ先生。
また私の名前を忘れていたの?
いえ、そういうわけでは……。
柑菜に声をかけた張本人……A組担任のベルタの目はいやに厳しい。また自分が何か無意識にしでかしたのだろうかと脳みそフル回転で思考する柑菜だったが、やはりというべきか、何一つとして思い当たる節はない。無表情で嫌な汗をかく彼女の心の内を知ってか知らずか、金髪碧眼の美人教師は二の句を繋げる。
それはともかく、あなたエイミーが今日の午後から校則違反の服装になってること、知ってるかしら?
……エイミーがですか?
知ってますよ。飛行基礎の授業でスカートがまくれるのが嫌だからって……あっ。
やっぱりあなたのせいだったのね……。
言われたくなかったことをズバリ、言われてしまった。周りに配慮してか声は抑え気味だったものの、その呆れ気味かつ辛辣な言葉は心にダイレクトに刺さる。昼休みにとった軽率な行動を、表には出さず静かに反省するかと思い始めていた柑菜だったが、しかし。
あの子、飛行基礎の授業後にスクールナースの部屋から帰ってきてからもずっとあの格好なのよ、どう責任とってくれるの?
ん、大丈夫大丈夫。大したことじゃねえよ。
黄金色の毛並みを軽く撫で、柑菜は踵を返して寮へ向かう。授業に復帰し、もうA組の教室にいないということは、間違いなく寮の部屋に先に戻っているはずだから。
515号室の鍵を開けると、案の定エイミーは先に帰ってきていた。机の上には飛行理論の教科書が開かれ、彼女はそれを真剣な顔で見ながらなにやら考え込んでいた。ジャージとジーパン姿はやはり野暮ったく、元来お嬢様のオーラを纏っている彼女には全く似合っていない。
……飛行基礎の授業で失敗こいたから、理論の復習中ってところか?
……当たってますわ。
決まりが悪そうに表情が固いエイミーの側に寄り、柑菜は机の上の教科書を覗き込む。ページの最初の方、ざっくりとした絵で説明が書かれている。そういえば日本の魔法学校初等部の教科書にも似た絵があったなと、彼女の昔の記憶がほんの少しだけ少し蘇る。
頭では分かっているのですけど、実技だとどうにも上手くいかなくて……。
過去の言動といい今の発言といい、やはりエイミーの脳のスペックは格段劣っているわけではない。寧ろ良い方だ。それなのに、いざ実技に落とし込もうとするとまともに成功しないとなると……。
本当に運動音痴なのか、それとも別の情報を無意識に想像してしまっているか……だな。
え? 柑菜、何か言いまして?
突然日本語で何やら喋り始めた柑菜に、エイミーはキョトンとした表情を向ける。だがそれは柑菜にとっては好都合。何故なら今のはただの独り言に過ぎなかったからだ。彼女はふっと口元を緩めると、今度は英語でこんなことを提案してきた。
なぁエイミー、今度時間あるときにでも、一緒に飛行術の練習しないか?
あたしと共同で飛行練習するんだよ。大したことはできないかも知れねえけど。
やってみたいからわざわざ提案してるんだよ。
それにしても、柑菜には助けてもらってばかりですわね。わたくしも何かお役に立てれば良いのですけれど。
そう返しつつも、「さて」と柑菜の頭は早くも別の思考に使われている。そう、さっきから言おう言おうと思って言えていなかったこと。
この状況でジャージとジーパンの件をどうやって持ち出そうか。
だが、さほど時間をおかずして、今すぐにそれをするのは無理だという結論に達した。
いつやりましょう? 放課後? それとも休日? ああでも、昼間は暑いからなるべく汗はかきたくないわね。夕方あたりとかどうかしら、そうねそうしましょう!
あ〜もう、日程は好きに決めてくれ……。
柑菜〜! また今日もあの服借りて良いかしら?
あれはあくまで昨日のスカート対策で貸しただけだ。今日一日スカートで乗り切れるなら制服で良いだろ。
それに、またベルタ先生に怒られるぞ?
流石に昨日の今日で同じことを注意されるのは、怒られ慣れている柑菜でも嫌だ。そう切実に思う彼女に反して、エイミーはそれでも意思を曲げることはなかった。結局そうこう言い合いをしているうちに裕に起床時刻は過ぎてしまい、二人はバタバタと朝の準備を始める。
そしてそのどさくさに紛れ、エイミーは柑菜の目を盗んで、ストレートジーンズとジャージに手をかけるのだった。