02.5【目撃者②】
文字数 1,193文字
ち、違いますよ!ただ忘れ物したから取りに来ただけです!ほら、証拠にこれ。天文術の教科書!
得意気に天文術の教科書を顔の横で掲げるブレイン・ローガンは、目の前で顰めっ面するアダルブレヒトの反応に狼狽えた。忘れ物を取りに来たというのは嘘ではない。実家がメルボルンに有り、そもそも近い為。自分で取りに行った方が早いと彼は朝からバスで此処へ来ていたのだ。故に、柑菜を見かけたのも偶然に過ぎず、舞い上がっていたのは間違いないが元々の用事は忘れ物を取りに来ただけであって。堂々とすればいいものを、小心者のブレインは冷や汗をだらだら流しながらアダルブレヒトを見つめていた。同時に、思わず耳の軟骨に付けた三つのピアスに手が伸びる。これはブレインの癖だ。
……別に。守衛に許可してもらったのなら問題は無いよ。
顰めっ面から呆れ顔に表情を変えたアダルブレヒトに、ブレインはほっと胸を撫で下ろす。よくよく考えてもみれば、アダルブレヒトは生徒に理解があると定評のある教官だ。故に、彼はこれ以上は追及しなかった。と、いうよりもブレインに対して特に興味が無かった。
それじゃあ、寄り道せず真っ直ぐ帰りなさい。
は、はいっ!
にこりと微笑むアダルブレヒトに慌てて頷きつつ、ブレインは踵を返す。目的も達成したことだし、ここは大人しく帰るとしよう。そう考え校舎の出口の方へと足を進めたその時、背後にあった破壊呪文科室の扉が開き。アダルブレヒトとブレイン以外の第三者の声が聞こえて、彼は弾かれたように振り向いた。
アル教官、誰とお話しているんですの?
扉から左半身を出して、ブレインとアダルブレヒトの方を窺う少女。年の頃は彼と同じくらいか。右目に向かって長くなる茶色いパッツン前髪と、縦ロールのツインテールが揺れる。そして、紅色のくりくりとした特徴的な瞳がブレインの姿を捉えると、彼女はくてんと首を曲げた。普通なら自己紹介でもする流れなのだろうが、ブレインは違う。その人見知りな性格は、彼を無理矢理エイミーから遠ざけ走り去らせてしまうのだった。慌てて駆けていくブレインの背中を見送り、アダルブレヒトはエイミーを破壊呪文科室に押し込む。
ブレイン・ローガン。君と同級生になるかな。
同級生……!ふふ、初めてですわ。仲良くなれるかしら?
いやぁ、どうかな……。
先程といい、日頃の彼の様子を思い浮かべながら苦笑するアダルブレヒト。思い返せば、ブレインが女子と話しているのを殆ど見たことがない。女子生徒と話す時はたいてい、面倒事を押し付けられているかパシられている時だけだ。しかしまぁ、エイミーの社交性の高さなら、一度会話してしまえば意外と仲良くなれるかもしれない。全ては当人である二人次第だが。アダルブレヒトは「まぁ、どうでもいいか」と、ぴょこぴょこ揺れるツインテールを眺めながらソファの肘掛けに頬杖をついた。
更新 2019/9/2 つづり