09.【For You】

文字数 2,726文字

柑菜……プレゼントはいつ渡すのが最適なのでしょう。

 バレンタイン前日の夜。ネグリジェ姿のエイミーは、白い小さな箱を部屋の箪笥に入れながら、パジャマ姿でスマートフォンをいじる柑菜に唐突にそんなことを訊いた。

white-bird

あんたが渡したいと思った時に渡せばいいんじゃねえの?

 柑菜の視線はスマホの画面から外れない。

white-bird

そうは言いましても……やはりタイミングというのは大事だと思いますし。

そこまで気張らなくたっていいだろ、相手は使い魔なんだから。

……そういうものなのかしら?

そういうもんなんだよ。

 気持ちは分からなくもないけどな、とだけ言って、柑菜は漸くエイミーの方を見た。中にレニへのプレゼントであるワームケーキが入った白い箱は、箪笥の片隅にちょこんと鎮座している。中からマジックワームが脱走しないか気が気でないのは、ただ単に柑菜が心配性なだけなのだろうか。

white-bird

ところで、柑菜は椿に何をあげますの?

 箪笥を閉め、すでに眠っているレニを尻目にエイミーはまたもや質問を投げかける。質問された当人は、机の上で椿が丸まって寝ていることを確認してから、にっと笑うなりこう返した。

white-bird

明日までのお楽しみー。

え〜、どうしてですの?

その方が面白いだろ?

でも気になりますわ〜〜。

 ベッドに腰掛けるなり枕を抱え、エイミーは頬を片方だけ膨らませる。何処か子供っぽいその反応に、柑菜は思わず吹き出しかけるも、何とか抑えた。更にエイミーのほっぺたが膨らんだのは言うまでもない。

white-bird

どっちにしても明日には分かるから、な?

む〜……。

 まだまだエイミーは食い下がりたいらしいが、瞼は如何にも眠たそうに下りかけている。対して柑菜の方はまだまだ覚醒していたが、こんな光景ももはや見慣れたものだ。

white-bird

……分かりましたわ。その代わり、明日ちゃんと見せてくださるわね?

 渋々とエイミーは抱いていた枕を元の位置に戻す。

white-bird

勿論。

……約束よ。

やけに念押しするな。分かってるって。

 そう言いながら柑菜は部屋の蛍光灯を消す。あと点いているのはサイドテーブルに置かれた間接照明だけだ。

white-bird

おやすみなさい、柑菜。

おやすみ。

 真っ暗になる部屋。そして柑菜が寝付くよりも先に、エイミーの寝息が微かに聞こえてきた。

white-bird

……喜んでくれたらいいな。

 携帯の画面に表示された時刻を一瞥してから、柑菜は無理矢理、自分を夢の世界へと押し込むのだった。


 待ちに待ったバレンタイン当日の朝。身嗜み万全のエイミーが柑菜を叩き起こし、強引に起こされた柑菜はむすっとしながらも支度を始める。慣れたを通り越してもはや日常と化したこの光景だが、今日はどこか違う。

 始めに動いたのはエイミーだった。箪笥から白い箱を取り出し、テーブルに置く。

white-bird

……今食べさせるのか?

ええ。腐ったら元も子もありませんもの。

 いくら空気が乾燥しているとはいっても、今は夏。常温で放置していたら確かに腐ってもおかしくはない。だが、箱の中身を構成するのは大半が所謂虫だ。即ち虫入りケーキに虫が湧く……。そんなことは果たしてあり得るのかと軽く首を捻った柑菜だったが、まぁそんなことはどうでもよかろう。すぐに脳内に浮かんだクエスチョンマークを消す。

white-bird

頼むからこぼすなよ。

承知していましてよ。

 ちゃんとモザイク魔法も忘れずに自分にかけた柑菜は、箱をゆっくり開けるエイミーを尻目に自分も仕掛けにかかる。

 数日間棚に隠していた紙袋を持ってくるなり、中から赤いバンダナと白いブローチを取り出す。そしてまだスヤスヤと眠っている椿の首にそっとバンダナを巻いてやると、その結び目に花形のブローチを付けてやった。

 それが終わるのとほぼ同時に、椿は目を覚ました。

white-bird

おはよう。

 言いながらミラーアプリを使って椿の姿を椿に見せる柑菜。一応鏡というものの存在を知っている椿は暫く画面を凝視していたが、やがて昨日までとの違いに気付くと、バッと主人を見上げた。瞳が輝いて見えたのは気のせいではない。

white-bird

ハッピーバレンタイン。

 柑菜がニカっと笑ってみせると、椿は堪らずか、主人に飛びついてきた。そのまま肩に乗るなりスリスリとすり寄ってくる。去年までと比べると桁違いの喜びようだ。

 まだ柑菜が日本の魔法学校にいた頃に出逢った、彼女の唯一と言っていい幼馴染みであり相棒。そんな椿にこんなにも喜んでもらえたことに、柑菜は未経験の嬉しさを覚えた。

 はてさてその頃、エイミーとレニの方はどうなっていたかというと。

white-bird

さぁ、レニ! お待ちかねのモノよ〜!

テーブルの上にちょこんと乗ったレニの目の前には例の白い箱。エイミーがそれに手をかけ、封を切ると、中からは小さいホール型のケーキが出てきた。それを視界に入れるなり、触覚をピンと跳ね上げるレニ。そしてそのままケーキに齧り付き始めた。そしてその光景をエイミーはニコニコしながら見ている。

white-bird

エイミー、そっちはどうだ? ……って、食いっぷりが凄いな。

ええ、教授と頑張った甲斐がありましたわ。……あら、椿も可愛らしい! 良かったわね。

 柑菜の肩の上で椿がピョコピョコと耳を動かす。どうやら柑菜の想像以上にこのアクセサリーがお気に召したようだ。が、此処で携帯の画面を見た柑菜が口を開いた。

white-bird

……さて、もう時間なんだが。

え⁉︎

 エイミーの素っ頓狂な声に、さっきまで無我夢中でケーキを食べていたレニがビクッと体を震わせた。まだケーキは少しだけ残っている。

white-bird

ど、どうしましょう……。

 レニと部屋のドアとを交互に見ながら慌てふためくエイミー。そこまで慌てることかな……と柑菜は内心思いつつ、必死になって食べ進めているレニをじっと見下ろすのだった。


 レニがケーキを腹の中に納め終わるなり寮から全力ダッシュで登校した二人だったが、結果論、遅刻の心配は杞憂に終わった。その根拠は単純明快、中庭でレイラが演奏会の真っ最中だったのだ。

 魔法で作り出された半透明のキーボードから紡がれるのは、今ティーンの間で流行りのラブソング。弾き語りではない為歌は無いが、聴衆の何人かは小さく歌詞を口ずさんでいた。男女の初々しく甘酸っぱい恋を歌う、まさに青春の曲を、レイラは心底楽しそうに弾いていた。

white-bird

いい曲ですわね。歌詞は分かりませんが。

うん、あたしも知らない。

 二人の小声での会話は他の誰にも聞こえていない。

 やがて演奏が終わると、前のようにキーボードはふっと消えてしまった。拍手がパチパチとなる中、レイラは立ち上がる。

white-bird

ありがとうございました〜。

 中庭に集まっていた生徒達が、散り散りになってそれぞれの教室へと向かっていく。

 そんな中、レイラは偶然見つけてしまった。

 木の影に隠れ、ボーッと何処かを見ている、ブレイン・ローガンの姿を。

white-bird

更新:白鳥美羽(2020/06/21)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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