09.【For You】
文字数 2,726文字
柑菜……プレゼントはいつ渡すのが最適なのでしょう。
あんたが渡したいと思った時に渡せばいいんじゃねえの?
そうは言いましても……やはりタイミングというのは大事だと思いますし。
そこまで気張らなくたっていいだろ、相手は使い魔なんだから。
……そういうものなのかしら?
そういうもんなんだよ。
気持ちは分からなくもないけどな、とだけ言って、柑菜は漸くエイミーの方を見た。中にレニへのプレゼントであるワームケーキが入った白い箱は、箪笥の片隅にちょこんと鎮座している。中からマジックワームが脱走しないか気が気でないのは、ただ単に柑菜が心配性なだけなのだろうか。
ところで、柑菜は椿に何をあげますの?
明日までのお楽しみー。
え〜、どうしてですの?
その方が面白いだろ?
でも気になりますわ〜〜。
ベッドに腰掛けるなり枕を抱え、エイミーは頬を片方だけ膨らませる。何処か子供っぽいその反応に、柑菜は思わず吹き出しかけるも、何とか抑えた。更にエイミーのほっぺたが膨らんだのは言うまでもない。
どっちにしても明日には分かるから、な?
む〜……。
……分かりましたわ。その代わり、明日ちゃんと見せてくださるわね?
勿論。
……約束よ。
やけに念押しするな。分かってるって。
おやすみなさい、柑菜。
……喜んでくれたらいいな。
携帯の画面に表示された時刻を一瞥してから、柑菜は無理矢理、自分を夢の世界へと押し込むのだった。
待ちに待ったバレンタイン当日の朝。身嗜み万全のエイミーが柑菜を叩き起こし、強引に起こされた柑菜はむすっとしながらも支度を始める。慣れたを通り越してもはや日常と化したこの光景だが、今日はどこか違う。
始めに動いたのはエイミーだった。箪笥から白い箱を取り出し、テーブルに置く。
……今食べさせるのか?
ええ。腐ったら元も子もありませんもの。
いくら空気が乾燥しているとはいっても、今は夏。常温で放置していたら確かに腐ってもおかしくはない。だが、箱の中身を構成するのは大半が所謂虫だ。即ち虫入りケーキに虫が湧く……。そんなことは果たしてあり得るのかと軽く首を捻った柑菜だったが、まぁそんなことはどうでもよかろう。すぐに脳内に浮かんだクエスチョンマークを消す。
頼むからこぼすなよ。
承知していましてよ。
ちゃんとモザイク魔法も忘れずに自分にかけた柑菜は、箱をゆっくり開けるエイミーを尻目に自分も仕掛けにかかる。
数日間棚に隠していた紙袋を持ってくるなり、中から赤いバンダナと白いブローチを取り出す。そしてまだスヤスヤと眠っている椿の首にそっとバンダナを巻いてやると、その結び目に花形のブローチを付けてやった。
それが終わるのとほぼ同時に、椿は目を覚ました。
おはよう。
言いながらミラーアプリを使って椿の姿を椿に見せる柑菜。一応鏡というものの存在を知っている椿は暫く画面を凝視していたが、やがて昨日までとの違いに気付くと、バッと主人を見上げた。瞳が輝いて見えたのは気のせいではない。
柑菜がニカっと笑ってみせると、椿は堪らずか、主人に飛びついてきた。そのまま肩に乗るなりスリスリとすり寄ってくる。去年までと比べると桁違いの喜びようだ。
まだ柑菜が日本の魔法学校にいた頃に出逢った、彼女の唯一と言っていい幼馴染みであり相棒。そんな椿にこんなにも喜んでもらえたことに、柑菜は未経験の嬉しさを覚えた。
はてさてその頃、エイミーとレニの方はどうなっていたかというと。
さぁ、レニ! お待ちかねのモノよ〜!
テーブルの上にちょこんと乗ったレニの目の前には例の白い箱。エイミーがそれに手をかけ、封を切ると、中からは小さいホール型のケーキが出てきた。それを視界に入れるなり、触覚をピンと跳ね上げるレニ。そしてそのままケーキに齧り付き始めた。そしてその光景をエイミーはニコニコしながら見ている。
エイミー、そっちはどうだ? ……って、食いっぷりが凄いな。
ええ、教授と頑張った甲斐がありましたわ。……あら、椿も可愛らしい! 良かったわね。
……さて、もう時間なんだが。
ど、どうしましょう……。
レニと部屋のドアとを交互に見ながら慌てふためくエイミー。そこまで慌てることかな……と柑菜は内心思いつつ、必死になって食べ進めているレニをじっと見下ろすのだった。
レニがケーキを腹の中に納め終わるなり寮から全力ダッシュで登校した二人だったが、結果論、遅刻の心配は杞憂に終わった。その根拠は単純明快、中庭でレイラが演奏会の真っ最中だったのだ。
魔法で作り出された半透明のキーボードから紡がれるのは、今ティーンの間で流行りのラブソング。弾き語りではない為歌は無いが、聴衆の何人かは小さく歌詞を口ずさんでいた。男女の初々しく甘酸っぱい恋を歌う、まさに青春の曲を、レイラは心底楽しそうに弾いていた。
いい曲ですわね。歌詞は分かりませんが。
ありがとうございました〜。
中庭に集まっていた生徒達が、散り散りになってそれぞれの教室へと向かっていく。
そんな中、レイラは偶然見つけてしまった。
木の影に隠れ、ボーッと何処かを見ている、ブレイン・ローガンの姿を。