05.【難有りクラス】
文字数 7,587文字
エイミーの適性検査は教師陣の頭を大層悩ませた。結果は良いといえば良い、悪いといえば悪いといったところで。それだけなら得意科目のクラスへ入れればいいだけの話なのだが。長期休暇の間、同じ年齢の生徒達の中に入れる為に様々な教科基礎を詰め込まれた彼女は、その教わった教科の出来に大きく差が出ていたのだ。一番成績が良かったのは、彼女が初日からアダルブレヒトに対して見せた見事な具現化呪文(創造呪文の正式名)、破壊呪文。そして天文術である。特に具現化呪文と天文術に関しては、アダルブレヒトが教えた以上の才能を発揮し。乾いたスポンジのように教えた先から次々と知識を吸収していた。長期休暇が終わる頃には同級生達がこれから勉強する範囲を超え、最終学年の範囲にまで手が伸びていた程である。
うってかわって、彼女が苦手とするのは飛行術。これに関しては初等部の生徒達でも出来るような箒のコントロールでさえ出来ておらず、何度練習しても明後日の方向へ爆速で回転しながら飛んでいく始末だ。それでも飛行理論については申し分ないレベルなのが不思議なところである。どうやら、エイミーは頭は良いがとんでもない運動音痴なようで。飛行術だけでなく、体を激しく動かすタイプの実技は大体四苦八苦していた。
それでも彼女の筆記の出来の良さに、天文術教官は「是非私が副担任を務めるCクラスに」と熱を上げていたが。既に応用まで極め、カレッジレベルにまで手を伸ばしている教科クラスに入れるのは無駄だという声が他から上がる。アダルブレヒトとベルタも後者の声に賛成だった。というのも、今の天文術教官は高齢で。あのエイミーの破天荒っぷりを抑えきることができるかどうかの懸念があったのだ。Cクラスが無しと言われるやいなや、今度は薬学科の教官が「ならばBクラスに」と手を上げたが。薬学はエイミー自身のモチベーションが上がらないらしく、成績は可もなく不可もなくといったところで(本人曰く人間界の理科の授業とそう変わらないから退屈なようだ)。そう考えると、薬学科では彼女の才能の芽を摘むことになりかねない。様々な面から考慮し、その結果出た答えは。ベルタが担任、アダルブレヒトが副担任を務めるA組「呪文総合科」へ入れるという事であった。現に、変身呪文と破壊呪文は具現化呪文や天文術の次に成績が良い為。こうなるのは必然だったのかもしれない。最終的にはベルタの贔屓によるゴリ押しで勝ち取ったようなものだったが、アダルブレヒトは敢えて何も言わなかった。
難航した数日前の会議を思い浮かべながら、ベルタとアダルブレヒトは、最前に座る縦巻きのツインテールを凝視する。彼女は興味津々に初対面であるクラスメイト達やベルタを、目を輝かせながら見回していた。目の前の担任教師が後見人かつ叔母であるとは夢にも思っていないだろう。名乗ればいいのにと、アダルブレヒトから提案はされたものの「言う必要は無い」と、ベルタは頑なに自身が叔母であり後見人であることを打ち明けることはついぞしなかった。
Aクラスは他のクラスより15分も早くホームルームを開始している。それはベルタの教師経験から、学期初日のホームルームはいつも長引くと読んでいたからだ。生徒達も久々に会う同級生達と絡む為にいつもより早く教室に入る故、彼女の作戦は成功だ。少々反感は買ったものの、少し早いホームルームがAクラスで始まりを迎えた。まだ他クラスの生徒達騒がしい廊下を尻目に、ベルタはエイミーへの視線をクラス全員に移す。
クラスメイト達のざわめきが一層大きくなる。どうやらアダルブレヒトが長期休暇中に抱いていた不安は的中したらしい。エイミーはいい大人と言われる一定年齢以上の人間にはウケるタイプの少女だが、所謂今時の子供には異様に映るようなのだ。きっと一礼した時の仕草とフォーマル過ぎる言葉遣いが原因だろう。アダルブレヒトは思わず右手で顔を覆う。その時だ。彼女の数列後ろから一際大きな笑い声が響いたかと思うと、去年まで金髪だった筈の黒髪の女子生徒──イライザが手を上げ、笑いをこらえながら言った。
「みんな聞いて!今メールが届いたんだけど、1600年の中世に宮殿からタイムマシーンで逃げ出したエイミーっていうプリンセスを探してるって!」
エイミー以外の殆どのクラスメイト達が、一斉にどっと爆笑した。とても質の悪い皮肉だ。アダルブレヒトは引き攣った笑みを浮かべエイミーを見遣る。しかし彼の心配とは裏腹に、エイミーは存外気にしていない様子でそのまま佇み、彼女を揶揄ったイライザを見つめていた。一体何を考えているのやら、観察していると。エイミーは少し首を捻った後、彼女に語りかける。
「あんた、あたしが何を言いたいのか分かってないわけ?時代遅れでダサいって言ってんのよ」
何かが折れるような音が耳に入り、アダルブレヒトは弾かれたように音のした方向へ目を向けた。その音に気づいたのはアダルブレヒトだけで、生徒達は全く気づかぬままエイミーとイライザを好奇の眼差しで見ている。音の主はベルタだった。持っていた鉛筆を握り締め、そのまま折ってしまったらしい。大方、エイミーが揶揄われていることにキレているのだろう。しかし、彼女は昔から贔屓とは無縁の教師だ。ここでエイミーを庇えば、在校生である生徒達は突然贔屓しだすベルタに疑念を持ってしまう。アダルブレヒトは一つため息を吐くと、折れた鉛筆を握りしめる彼女の手を掴んだ。
ピシャリとそう言われてしまっては反論もできない。少々言い方がきつかったのではないかとアダルブレヒトは内心冷や汗をかいていたが、それはベルタ自身もそうだった。寧ろ、彼の思っている以上に今の物言いを後悔している。エイミーのしゅんとした表情を見ると、彼女の胸は今にも張り裂けそうだった。イライザは不貞腐れて頬杖をつき「はーい」と渋々返事する。その後、残った編入生紹介の最中もイライザは近くの席にいた取り巻きと共に、ヒソヒソとエイミーをチラチラ見遣っては小声で何やら笑い合っており。エイミーはそれに気づいていないのか、最後に紹介されている編入生へと顔を向け、彼の自己紹介に皆と同様拍手していた。
そして編入生全員分の紹介が終わると、ベルタは興奮冷めやらぬ生徒達を、手を叩いて諌める。
ベルタはアダルブレヒトが蜘蛛などの虫や爬虫類、両生類を苦手としていること。そして、エイミーが彼の反対を押し切り蜘蛛を使い魔として迎えたことを知っていた。アダルブレヒト自身は苦手なのを隠しているようだが、生徒の一部は彼が薬学の解剖で使うワームが集団脱走した際に、誰よりも早く校内から逃げていたことを覚えている。当該の生物を使い魔として飼っている生徒は、高等部だけでは片手で数えられる程度しかおらず、A組にもエイミー以外に二人しか居ない。彼らはアダルブレヒトの事情を知っていたらしく、使い魔検査が自分の番になると、申し訳なさそうに水槽の蓋を半分だけ開け、出来るだけ直接アダルブレヒトの目に入らぬよう配慮していた。
真ん中の一番前の席に座っているエイミーは、当然のごとく最初に検査される。エイミーはすっかり手懐けてしまったレニを水槽から取り出し、ベルタの目の前に差し出した。瞬間、近くに居たアダルブレヒトの肩が微かに震えたのを、ベルタと数人の生徒は見逃さなかった。
レニは「当然だ」とでも言わんばかりにくるりと一回転する。飛び跳ねるレニを微笑ましく眺めていたエイミーだったが。その時は突然訪れた。
エイミーの左隣に座る男子生徒の使い魔である狼が、突如けたたましく吠えたのだ。他の使い魔達はその声に驚き、飼い主の手の中に隠れたり、身を縮こませたりとそれぞれ反応していたのだが、レニは触角のせいで音に敏感なことや近くに居たことも相まって一番驚き。その脚力を活かして大きく跳ね上がった。しかも、右隣に座る男子生徒の使い魔を検査していた、アダルブレヒトの腕に着地してしまい。
初めての授業は、それはもう散々なものだった。一限目の変身呪文学では、イライザによって消しゴムを吐き捨てられたガムに変えられ。移動教室への道中はイライザとその取り巻きに足をかけられ、掃除用のバケツ(水は入っていなかった)に頭から突っ込み。楽しみにしていた選択科目の破壊呪文学では、イライザと隣同士になってしまい。勿論授業中は毎度ことあるごとに皮肉を言われ、髪を引っ張られたり授業を妨害されたりと、徹底的に嫌がらせを受けた。最初に揶揄われた時は状況がよくわかっていなかったエイミーも、ここまでされればどうやら自分がイライザに嫌われているらしいということくらい流石に勘付く。それからというもの、エイミーは反撃の為に魔法で出した腐った卵を彼女に投げたり、花壇のスプリンクラーを暴走させイライザ(とその周りに居た通りすがりの生徒)をびしょ濡れにしたりと、大胆な悪戯を仕掛け。今日だけで七回も教員達からお叱りを受けていた。頭は良いが、感情が昂ると頭が回らなくなるようだ。
放課後。今日一日ですっかり疲れ果ててしまったエイミーは、イライザから庇ってくれた後ろの席の女子生徒、ソヨンと共に学生寮へと向かっていた。
ソヨンは自身の後ろを付いてくる猫のルルの方を振り向き、眉尻を下げまた前を向く。ルルはソヨンが母国である韓国に居た頃から飼っていたペットで、彼女が魔法学校に入学する時に使い魔の素質があるということで連れてきた猫だった。確かにモップのように毛が長い。
「ただ気を付けたほうがいいのは、アル教官とあまり仲良くならないこと。あの子、教官がカレンベルク家の次期当主だって知って玉の輿に乗るつもりらしいんだ」
「えぇっ!?なにそれ絶対言っちゃ駄目だよ!っていうか、あたし以外にも言っちゃ駄目!アル教官を気に入ってる子は結構多いんだから。イライザ以外にも虐められるよ」
そう話している間に、あっという間に学生寮だ。玄関に立つ厳しそうな寮監に挨拶し、中へ入る。
「エイミーは何号室だった?」