02.【ジャージとジーパン】

文字数 5,135文字

今日はこの後、初めての飛行基礎ですの。
へぇ、そうか。そりゃよかったな。
どこがいいんですの!?

 昼休み。大勢の生徒達でごった返す食堂で柑菜と共に昼食を取っていたエイミーは、ビュッフェ形式で大量に取ったミートボールをフォークに刺して前(さき)の言葉を述べた。柑菜は突然声を荒げた彼女に目を丸くして彼女に問う。

tsuduri

そういえば、飛行苦手なんだっけ?
夏休み中の中等部までの基礎を習う中で行った飛行の授業は散々なもので、あのアダルブレヒト教官が匙を投げたとかなんとか。

tsuduri

確かにそうですけれど、そんなことは問題でもなんでもありませんわ。練習すればいい話ですもの。しかし問題なのは……。着替えが無いということです!

びしっと柑菜に指を差しそう言うエイミーだが、彼女の「共感してもらえるに違いない」という自信有りげな言い方に反して柑菜は首を傾げた。言いたいことがさっぱりわからない。そんな表情だ。エイミーは全く分かってもらえなかったことを察すると、小さくため息を吐いて肩を落とす。

tsuduri

そうでしたわね、柑菜はいつもスラックスですもの。でも、わたくしスカートしか持っていなくて……。
あぁ、なるほど……?飛行の時にスカートの中が見えるのが嫌ってこと?
そう!クラスの子達はスカートの下に短いズボンを履くと言っていましたが、それでもスカートの下に履いているという時点でそれは、も、もう……。し、したぎとおなじ、ですわ……。
耳まで顔を赤らめもじもじと指先を突くエイミー。柑菜も以前から薄々察しはついていたが、エイミーはこういった問題への免疫が全くと言っていいほど無いらしい。あまりにも初心なその姿に呆れたように肩を竦め。柑菜は頬杖をついて言った。

tsuduri

そんなに気になるならあたしのジーパンをやるよ。背が伸びたせいで丈がちょっと短くなったのがあってさ。エイミーぐらいの背丈なら多分合うんじゃないか?
まぁ、本当に!?でもそんな、いいのかしら……?
いいって。どうせ持ってたって仕方ないんだから。今日は早めに昼食切り上げて一度寮に戻るぞ。
えぇ、そうさせていただきますわ。
エイミーは食べ進めていた手を早め、次々と皿を空けていく。バランス良く取り揃えられた食事達はエイミーの胃の中に綺麗に収められると、最後にティーバッグで淹れた紅茶が口に流し込まれた。

tsuduri

ところでさっきのレイラが言ってた話だけど……。バレンタインはどうするつもりだ?
んぐっ……!けほっけほっ!
バレンタインという言葉に敏感に反応し、勢い良く咳き込むエイミー。柑菜は大袈裟に動揺する彼女に対して額に汗しつつ、立ち上がって彼女の背中を擦ってやった。

tsuduri

予定も何も……。わたくしにはパートナーなんていなくてよ。
パートナー?……あぁ、そうか。
柑菜は魔法界のバレンタイン文化を想定して話していた為、彼女の話と齟齬を来たしていることに気づき、返そうとしていた言葉を変える。

tsuduri

あたしが聞きたいのは、魔法界のバレンタイン文化についてだ。
魔法界の?
あぁ。魔法使い界隈では最近、使い魔にギフトをあげるのが定番になっててさ。まぁそれも結局、魔法雑貨屋の経営戦略が元なんだけど。
そうでしたのね……。ではわたくしもレニに何か用意しませんと。
エイミーは動揺を抑えきれぬまま、そうひとりごちた。先程レイラにバレンタインのことを聞かれた時、いやにどぎまぎしていたのは魔法界のバレンタイン行事を知らず、祖国のバレンタインのことが浮かんだからなのだろう。

tsuduri

今週末も街に出なきゃいけないことになりそうだな。まぁ、あたしとしては通販でもいいんだけど……。って、こんな時間か。とにかく早く寮に戻るぞ。
え、えぇ……!

柑菜の言葉にエイミーは一つ頷き、食後のデザートを大口で頬張る。そして二人揃って慌ただしく席を立ち、未だわらわらと歩き回る生徒達の中をくぐり抜けながら、エイミーと柑菜は足早に食堂を出た。そしてその速度を緩めることなく、寮までの道を歩きながら柑菜は口を開く。

tsuduri

そういえばさっきパートナーが居ないから、みたいなこと言ってたけど……。ドイツのバレンタインはパートナーがいないと駄目なのか?
えぇ。男性側がパートナーに薔薇の花束を送るのが流行っているそうですの。お姉様達もバレンタインの時期は毎年恋人作りに躍起になっていたのを思い出すわ。

早足で歩く柑菜に精一杯な様子で追いつきつつ、エイミーは時折息継ぎしながら柑菜の質問に答える。エイミーの話はいつも家族が中心だ。彼女自身も言っていたが、家から出たことが殆ど無く見てきた世界が狭かったせいだろう。だが、その事に一切の不憫さを感じさせないのは、彼女の家族への愛が柑菜にも充分過ぎるほど伝わっているからなのかもしれない。良い家族そうで羨ましい限りだ。柑菜は口に出すことなく、頭の中でそう呟いた。そんな折、エイミーが続けて話し始める。

tsuduri

しかし高校生になったことですし、その……。”良い人”をわたくしも……

またももじもじとしながらそう言う彼女に、柑菜から密かに笑みが洩れた。

tsuduri

彼氏が欲しいって素直に言えないようなあんたに出来るかな。
で、出来ますわ!きっと、王子様のような方が……。
出た出たロマンチスト……。

──まぁ、夢見がちなのは悪いことじゃないが。柑菜はうっとり頬を染めるエイミーにやれやれと肩を竦める。

 扉を開くと、朝出て行った時のままの部屋が二人を出迎えた。柑菜は部屋の隅に置いてあるタンスの方へと向かいながら「open」と唱えタンスの一番下の段をを引き出す。そしてタンスの前に座り、あれでもないこれでもないと服を引っ張りだし。漸く目当てのものを見つけるとエイミーに差し出した。

tsuduri

えーっと、あ、これだ。ほら、これに着替えろ。
ジャージとデニムですわね!

目の前のジャージに目を輝かせ、エイミーは嬉々としてそれを取る。青色のジャージに、黒の使い古されたジーパンだ。膝や裾が擦り切れすっかり白くなったところを見ると、長年履かれていたものらしい。柑菜は「こんなもんでよければ」と付け足し首を傾げた。

tsuduri

まぁ、これが……。雑誌やインターネットの画像では見たことがありましたが……。
もしかして、着たこと無いのか?
えぇ、家にはこのような服はありませんでしたもの。実際に触れるのも初めてですわ。
ふーん、変な家もあったもんだな
確かに、柑菜は今までエイミーがカジュアルな服を着ているのは一度も見たことがなかった。大抵決まってスカートで、就寝時も長いネグリジェかシルクのパジャマだけだ。スレンダーで少々凹凸は少ないながらも女性的な体型をしているので、カジュアルな服も似合いそうなものだが。何はともあれ、と着替えていくエイミーを見ていると。品の良いお嬢様は見る見るうちにダサいオタクのような格好になっていく。着古した青のジャージと擦り切れた黒のストレートデニムは、エイミーには圧倒的に似合わなかったのだ。これに丸い瓶底眼鏡でも付けてやれば、どうだろうか。居たたまれなくなること間違い無しである。「似合わない」とハッキリ言ってやるべきか、どうにかこうにか誤魔化すべきか思い悩む柑菜であったが、一方でエイミーは存外気に入った様子で身に纏うそのジャージ素材やデニムの伸び心地を楽しんでいた。

tsuduri

とても肌触りが良くて、動きやすくて……。素晴らしいわ!
そ、そうか?……。まぁ、言われてみればそうかもな。
それにこのジーパンも、色々な服と合わせやすそうで素敵ですし……!
おかしい。気に入った様子のエイミーを貼り付けた笑顔で見つめながら、脳裏でそう言い放つ。エイミーはお洒落好きで、美術が得意だと話していたしセンスは良い筈なのだが。何故今自分が着てる服のコーディネートがおかしいと感じないのか。柑菜は友の為にも正直に「やっぱりその服はやめた方がいい」と言うべきなのではないかと揺らいだが、直ぐに「まぁ飛行の授業の間だけだし」と思考を打ち消し。

tsuduri

そりゃよかったな。
取るに足らない言葉で逃げることにした。嘘も方便というやつである。

tsuduri

でも、そろそろ授業に向かわないと遅刻するぞ。
もうそんな時間ですの!?早く向かいませんと……!では柑奈、感謝いたしますわ。また放課後に!
おー、頑張れよ〜。

青ジャージに黒ジーパン。更にその上にローブを羽織るというカオスな格好のまま走っていく友人を見送り。柑菜は盛大に溜息をついた。

 校庭への道をひた走るエイミー。やはりジャージとデニムのおかげかいつもよりそこはかとなく動きの良い彼女は、前から歩いてくる教師に呼び止められるのにも気づかず、その横を走り抜けようとした。だが、教師はすぐさま杖を取り出すと、その杖先から縄を飛ばしエイミーの身体に巻きつける。

tsuduri

エイミー・ツムシュテーク。一体なんなのその格好は?
拘束され、上手く動きの取れないエイミーは頭だけ動かしてその声の主を見上げた。

tsuduri

べ、ベルタ教授……。ごきげんよう。

彼女を縛り上げたのはベルタ・ペンデルトン。エイミーの叔母であり担任であり後見人だ。

tsuduri

校内では制服着用。その規則を忘れたというの?
忘れただけではございません。ただ、箒にスカートで跨って飛ぶのは抵抗があって……。
だからスラックスを買っておきなさいと……。
ベルタは小さな声で呟いた。アダルブレヒトからスカートしか購入していないと知らされた時から懸念していたことではあったが、まさかこのような暴挙に出るとは。彼女の呟きがよく聞こえなかったらしいエイミーは「何かおっしゃいました?」と首を傾げるが、ベルタはそれに答えることなく魔法で縄を解く。

tsuduri

……はぁ。わかったわ、行きなさい。授業に遅れるのも大問題になってしまうし……。ただし、飛行基礎の授業が終わったらすぐに着替えること。
えぇ!?
どうして嫌がるのよ?
だ、だって……。この服とても着心地が良くて。
流石に一日中この格好で授業を受けるわけにはいかないでしょう。正直言って、そのジャージとジーパン……。野暮ったくて合わないし……。正直ダサいわよ。
だ、ださい……?
エイミーはベルタの言葉に信じられないといった表情を見せ小さく震える。今までこの様な服に触れてこなかったからか、エイミーも自身が死ぬ程ダサい格好をしていることに気づいていなかったのだろう。初めての正直な指摘に驚愕し、エイミーはそのショックを振り払うようにベルタを押し退け「ダサいだなんて酷いわぁ〜!!」と叫びながら走り去ってしまった。

tsuduri

そんな貴女も可愛いんだけどね……。

一番聞かせなければならない呟きは、エイミーの耳には勿論入っていない。

 厳しい日差しを避ける為閉められたカーテンの隙間から日の光が差込み、柑菜のノートを照らす。破壊呪文基礎の座学授業はとても静かだ。頭に理論を叩き込むだけで、生徒達は皆精一杯だからである。アダルブレヒトの授業は容赦無い。少しでも目を逸らせば内容を見失ってしまう程だ。破壊呪文という分野自体、情報量が膨大だから仕方の無いことなのだろうが、それにしたって難しすぎる。故に、この張り詰めた教室の空気に柑菜は押しつぶされそうだった。恐らく他の生徒達も同じ気持ちだろう。その時だ。

 閉め切っている筈の窓越しに聞こえる大きな怒号。その声は女性の物のようで、その声が校内に響き渡ると続いて他の女性(恐らく声の若さからして女子生徒だろう)の悲鳴が近づいてきたり遠ざかっていったりと滅茶苦茶に飛び回る。柑菜はこの状況を冷静に分析し、一瞬で事態を把握した。今校庭で授業を行っているのはA組の飛行基礎。恐らく最初の怒号は飛行科の教官アリーチェ・ビアンキの物だろう。そして今右往左往する悲鳴は。

tsuduri

あたし以上のトラブルメーカーだよなぁ、あいつって。
窓に激突し、その反動で大きく揺れるカーテン。同時にカーテンの隙間から見えたのは柑菜の思った通り、青のジャージと黒のデニム。そして、ほぼ失神したまま箒から落ちていくエイミーの姿であった。特別強化してある為窓が割れることはないが。彼女を心配し窓に駆け寄る生徒達。アダルブレヒトに至っては顔を青くしていち早く窓を開け下を覗く。一拍遅れて窓際へと歩み寄った柑菜は少し心配しつつ、アダルブレヒトに倣ってエイミーが落ちた方を見遣るが、すんでのところでヴァレリオに魔法で体を浮遊させられ無事らしい。特に怪我もない様子ではあったが、恐怖からか気絶していた。飛行が苦手とは聞いていたが、まさかここまでとは。この学校が設立されて以来ぶっちぎりワースト一位であろう飛行下手な様を見せつけられ、飛行科の生徒達は心配半分、面白半分にぞろぞろと席へと戻っていく。エイミー・ツムシュテークという名がA組だけでなく、D組にまで知れ渡った瞬間であった。




更新 2019/12/2 つづり

tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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