02.【ジャージとジーパン】
文字数 5,135文字
昼休み。大勢の生徒達でごった返す食堂で柑菜と共に昼食を取っていたエイミーは、ビュッフェ形式で大量に取ったミートボールをフォークに刺して前(さき)の言葉を述べた。柑菜は突然声を荒げた彼女に目を丸くして彼女に問う。
びしっと柑菜に指を差しそう言うエイミーだが、彼女の「共感してもらえるに違いない」という自信有りげな言い方に反して柑菜は首を傾げた。言いたいことがさっぱりわからない。そんな表情だ。エイミーは全く分かってもらえなかったことを察すると、小さくため息を吐いて肩を落とす。
柑菜の言葉にエイミーは一つ頷き、食後のデザートを大口で頬張る。そして二人揃って慌ただしく席を立ち、未だわらわらと歩き回る生徒達の中をくぐり抜けながら、エイミーと柑菜は足早に食堂を出た。そしてその速度を緩めることなく、寮までの道を歩きながら柑菜は口を開く。
早足で歩く柑菜に精一杯な様子で追いつきつつ、エイミーは時折息継ぎしながら柑菜の質問に答える。エイミーの話はいつも家族が中心だ。彼女自身も言っていたが、家から出たことが殆ど無く見てきた世界が狭かったせいだろう。だが、その事に一切の不憫さを感じさせないのは、彼女の家族への愛が柑菜にも充分過ぎるほど伝わっているからなのかもしれない。良い家族そうで羨ましい限りだ。柑菜は口に出すことなく、頭の中でそう呟いた。そんな折、エイミーが続けて話し始める。
──まぁ、夢見がちなのは悪いことじゃないが。柑菜はうっとり頬を染めるエイミーにやれやれと肩を竦める。
扉を開くと、朝出て行った時のままの部屋が二人を出迎えた。柑菜は部屋の隅に置いてあるタンスの方へと向かいながら「open」と唱えタンスの一番下の段をを引き出す。そしてタンスの前に座り、あれでもないこれでもないと服を引っ張りだし。漸く目当てのものを見つけるとエイミーに差し出した。
目の前のジャージに目を輝かせ、エイミーは嬉々としてそれを取る。青色のジャージに、黒の使い古されたジーパンだ。膝や裾が擦り切れすっかり白くなったところを見ると、長年履かれていたものらしい。柑菜は「こんなもんでよければ」と付け足し首を傾げた。
青ジャージに黒ジーパン。更にその上にローブを羽織るというカオスな格好のまま走っていく友人を見送り。柑菜は盛大に溜息をついた。
校庭への道をひた走るエイミー。やはりジャージとデニムのおかげかいつもよりそこはかとなく動きの良い彼女は、前から歩いてくる教師に呼び止められるのにも気づかず、その横を走り抜けようとした。だが、教師はすぐさま杖を取り出すと、その杖先から縄を飛ばしエイミーの身体に巻きつける。
一番聞かせなければならない呟きは、エイミーの耳には勿論入っていない。
厳しい日差しを避ける為閉められたカーテンの隙間から日の光が差込み、柑菜のノートを照らす。破壊呪文基礎の座学授業はとても静かだ。頭に理論を叩き込むだけで、生徒達は皆精一杯だからである。アダルブレヒトの授業は容赦無い。少しでも目を逸らせば内容を見失ってしまう程だ。破壊呪文という分野自体、情報量が膨大だから仕方の無いことなのだろうが、それにしたって難しすぎる。故に、この張り詰めた教室の空気に柑菜は押しつぶされそうだった。恐らく他の生徒達も同じ気持ちだろう。その時だ。
閉め切っている筈の窓越しに聞こえる大きな怒号。その声は女性の物のようで、その声が校内に響き渡ると続いて他の女性(恐らく声の若さからして女子生徒だろう)の悲鳴が近づいてきたり遠ざかっていったりと滅茶苦茶に飛び回る。柑菜はこの状況を冷静に分析し、一瞬で事態を把握した。今校庭で授業を行っているのはA組の飛行基礎。恐らく最初の怒号は飛行科の教官アリーチェ・ビアンキの物だろう。そして今右往左往する悲鳴は。
更新 2019/12/2 つづり