07.【三上柑菜の休日】

文字数 4,419文字

 エイミーがプレゼント選びに胸を躍らせている一方、柑菜は早速飽きていた。

 取り敢えず腹ごしらえにと入った、某世界的に有名なファストフードチェーン店のカウンター席で、彼女はチーズバーガーとジュースに全く手をつけずに、自分の携帯電話をいじっている。見ているのは、元々金を投下する予定だった某通販サイト。

 せっかく外にいるのに何をしているんだと、今彼女の横にエイミーないし他の顔見知りがいたら突っ込まれていただろうが、まだ具体的なプレゼントの中身が決まりきっていない彼女からしたら、ネットとはいえ多少は判断材料が欲しいのだ。あとは、ただ単に暑苦しい外に出る時間を減らして、クーラーがガンガンに効いている場所で涼んでいたいという、十割エゴな理由もある。

 そうして、サイトのおすすめ欄をはしごしながら頭を悩ませていた柑菜だったが、早くも脳がヒートアップしたらしく、十分もせずに軽い頭痛を覚え始めていた。慣れないことをしたのだから多少は仕方のないことだが、流石に(こた)える。

white-bird

……もういいや。

 端末をスリープモードにすると、彼女はようやく食事に手をつける。あまり長居するのも癪だし、第一足が冷えてきた。食べ終わったらすぐに出ようと頭の片隅で思いつつ、彼女はチーズバーガーにかぶりついた。

 ファストフードの名に違わぬ早さで、コストパフォーマンス的に最強……というのはあくまで柑菜の主観だが……なランチを食べきった彼女は、うだるような暑さが続く外へと出た。気温差は激しいが、まだ湿気がないだけ救いがある。人混みでも目立ってしまうグレイヘアをお気に入りの麦わら帽子で隠しつつ、彼女が向かったのはペットショップ。そう、エイミーがレニを購入した、あの店だ。

white-bird

いらっしゃい。……おや、あまり見ない顔だね。

 ペット用品が所狭しと並ぶ店内。カウンターにいた店主が柑菜に声をかけた。

white-bird

あまりここには来ないもので。

やはりそうか。何をお探しで?

 そう言いながら、店主は柑菜を裏に通そうとする。何故自分が魔法使いであるとバレたのか、柑菜にとっては不思議でしかなかったが、周りに他の客がいないのを確認してから、素直に地下へと向かった。

white-bird

使い魔デー用のプレゼントを探しに。

うん、予想通りだ。専用のギフトセットがあるけど、買うかい?

 なかなかこの店主も気さくな人だなぁと思う柑菜だったが、ここで懸念材料が一つ。

white-bird

……狐用ってあったりしますか?

恐る恐る質問すると、案の定、店主の表情が強張った。

white-bird

……狐ねえ……。

 狐を使い魔に迎えることは、実はかなり稀だ。ヴィクトリアは言わずもがな、日本の魔法学校でも、狐を使い魔に迎えていたのは柑菜一人だけだった。過去や現在の事例を調べてみようにも、そもそものデータが無い。同じ魔法使いである母と二人で手探りで世話をしていた懐かしい過去が、ふと柑菜の脳裏に蘇った。

 一方で店主の表情は今だに堅い。

white-bird

専用のものはないけど……猫用の物を転用できると思うよ。

猫用?

狐の餌って、実はキャットフードでも代用できるんだよ。

 そういえばそうだ。柑菜も最初の頃は確かにあげていた。一瞬だけ購買意欲が湧いたがしかし。

white-bird

まぁ、餌以外にも色々入っているけどね。

その一言でやめようと決意した。猫用のおもちゃとかがきっと同封されているのだろうが、生憎椿はそれには長く興味を示した試しがなかった。当たり前だ、狐なのだから。金の無駄になるようなことはしたくない彼女的には、それは念頭に入れておきたかった。

white-bird

……もうちょっと考えてみます。

建前でそれっぽくはぐらかす。

white-bird

そうか。決まったらまた声をかけてくれよ。

はい、ありがとうございます。

 恐らく今日はもう来ないと思うけども、と柑菜は心内で呟きつつ、階段の方へ踵を返すのだった。

white-bird

…… さてどうしよう。

 ここまでほとんど収穫無しである。こういう時に諦めて、結局適当に見繕うのが去年までの柑菜だったが、たまには拘りたいと思うものだ。何より今年はルームメイトがいる。比較対象が出来てしまうと自ずと今までよりも拘りたくなるのは、人の性だろうか。

 ともかく、柑菜はなかなかに頭を悩ませながらショーウィンドウを覗き回っていた。

 一時間近く歩いただろうか、柑菜はあるものを見つけてふと足を止める。とある店の前、ショーウィンドウのマネキンの首に巻かれて展示されていたのは、花の形をしたペンダントだった。明らかに人用の物よりもチェーンが短く太いそれは、案の定ペット用だった。マネキンの下のプレートに[貴方のペットへ]と書いてある。

white-bird

その手があったか。

思わず日本語で呟いてしまう。彼女にとって、アクセサリーは完全に盲点だった。

 ふと見上げて見た看板には、美しい筆記体で[スイート・ロゼリア]と書かれている。店名だけでは一瞬分からなかったが、どうやらアクセサリー専門店のようだ。ペット用のアクセサリーも売っているとは少し変わった店だなと思いながらも、柑菜は洒落た細工のなされたドアノブに手をかける。

 そして店内に入ってすぐ、柑菜は前の買い物でエイミーと共に寄ったあの雑貨店と似た何かを感じ取った。なるほど、ここも魔法使いの店か。商品の一部から魔力をかなり感じる。普通の商品と混ぜて販売しているとは、これまた変わっているなと柑菜は思う。マキシエルの店と違って大通りに面しているから普通の人間に対しても売る為に、至って平凡な内装と共に一種のカモフラージュ的な役割を果たしているのだろう。生き残る為には何かと知恵を使うものだ。

white-bird

あら、いらっしゃい。何をお探しで?

声をかけてきたのは黒人のスタッフだった。褐色肌の柑菜は不思議と彼女に親近感を覚える。

white-bird

ペット用のアクセサリーを探しに。

……あははっ、誤魔化さなくて良いのよ。使い魔向けのアクセサリーを探しているんでしょう?

 (マキシエルの時はともかく)さっきのペットショップの時といい、何故ことごとくバレるのだろう、と柑菜は苦笑する。時期が時期なのだろう。

 今回は相手も魔法使いらしいのが不幸中の幸いだ。彼女はリモコンを操作すると見せかけて、魔法でブラインドを下ろして見せた。

white-bird

使い魔は何なの? 猫とか?
まぁ、その辺です。

 下手に狐と言って困惑させるのも癪なのでまたもや誤魔化す。

white-bird

なるほど。ならこの辺かな。

 そう言って彼女が取ってきた籠の中には、小さなネックレスやアンクレットが雑多に入っていた。どれからも魔力がささやかながら感じられる。

white-bird

この中にあるものには、みんな軽い魔除けの効力があるの。向こうの籠の方には、軽い魔力増幅の効果がかかっているけど。

ほう……。

 じーっと籠の中のアクセサリー達を見る柑菜だったが、値札が視界に入るたびに表情が強張る。どうしてこうも魔法雑貨系は値が張るのだろう。彼女の財布の紐がなかなか許してくれそうな額ではない。

 少し困った彼女はふと視線を外した。その時目に入ったのが、店の端にひっそりと吊り下げられていたバンダナ達。魔力の類は感じられず、値段も至って平凡なものだ。横には、魔力有りの小さなブローチが籠の中に整然と入っている。何故こんなものがこんな店に置いてあるのだろう。

white-bird

あぁ、それ? 他の所では、たまにブローチと一緒に買ってくださるお客様がいるみたいでね。うちでは今年から置き始めたの。

なるほど。
柑菜は突然閃いた。

white-bird

じゃあ……。

 彼女の手は赤い無地のバンダナと、白い花の小さいブローチ(後に魔力増幅効果があると知る)を取る。どちらも椿の色にある上に、組み合わせれば紅白だ。日本的だし縁起も良い。

white-bird

これください。

お買い上げありがとうございます。13ドルいただきますね。

 実はこの額のほとんどはブローチ代なのだが、早く決めたかった柑菜は腹を括って代金を払った。別の店で探すのも手間だし、何よりウインドウショッピングに時間を割きすぎた。柑菜としてはなるべく早く帰りたかった。

 店を出て、バス停に向かう。二つのバス停のちょうど中間地点にまで来てしまっていたようで、一瞬行く方向に悩んだが、取り敢えず行きで降りたバス停と同じ所に向かうことにした。

 椿、喜んでくれたらいいな。バンダナとブローチをつけた椿の姿を思い浮かべ、自然と柑菜の足取りは軽くなる。日本の初等部時代からの長い付き合いだが、アクセサリーを渡すのは実は今回が初めてだ。嫌がらないかが唯一の懸念だが、柑菜が大好きな椿のことだ、多分大丈夫だろう。

 そんなことを考えながらバス停に向かっていた柑菜だったが、突然その足が止まってしまう。横断歩道の向こう、小花柄のワンピース姿の女性が視界に入ったからだ。

 赤い耳掛けショートヘアに、紫がかった瞳。そしていかにもアウトドア派のような締まった体。

white-bird

……アリーチェ教官?

 自分のクラスの副担任に酷似した容姿の女が、横断歩道を隔てて目の前にいる。酷似、というのは、学校でのアリーチェは基本的にパンツスーツかジャージ姿だからだ。少なくとも、学校にスカートを履いてきたことはない。……いや、学校の姿だけでその人を判断するのはよくない。もしかしたら彼女は本当はそういうのが好きなのかもしれないからだ。しかし、そうはいっても……。

white-bird

別人だな……。

 白ベースのワンピースにミュール姿はなかなかに決まっている。同一人物とはにわかに信じがたいレベルだ。

 悩みに悩んだ末、柑菜は無視を決め込むことにした。あの女性は赤の他人だ。そうだ、ただのそっくりさんだ。そう思うことにした。下手に突っかかって面倒なことに巻き込まれたくない。

 横断歩道の信号が変わる。バスの時間はまだ余裕があったが、柑菜は足早に横断歩道を渡った。その際に先述の女性とすれ違った柑菜だったが……。

white-bird

……内緒だよ。

 すれ違いざまに聞こえた声に、振り向きたい衝動を覚えてしまった。間違いない。あの声はアリーチェ・ビアンキ、彼女の声そのものだ。向こうも柑菜の存在には既に気付いていたらしいが、だからってこういうことをするのか。意外にアリーチェも意地悪な人だ。

 返答する間もなく、二人の距離は再び離れる。時間も時間なのに、今から彼女は何処に行くのだろう。気になったが、それは柑菜には全く関係のない話だ。

 使い魔へのプレゼントが入った紙袋を握りながら、柑菜は歩き続ける。とにかく、早く帰りたかった。

 そして柑菜がバス停に着いた時、まだその場にエイミーの姿はなかった。やはり待つことになるのだろうか。自分のスマートフォンに表示された時刻を見ながら柑菜は息を吐く。

white-bird

疲れた……。

 俯いた時、三つ編みの終わりに付けた星飾りが見えた。今日はヘアゴムに通して来ていたのだ。思わず表情が綻んでしまうのは、彼女にはこれがまだどうにもこそばゆかったからだろうか。誰かと物を揃えるなんて久々だったから。

 良い使い魔デー、もといバレンタインデーになりますように。柑菜は顔を上げながら、夕焼けの空に願うのだった。

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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