02.【目撃者】
文字数 2,048文字
一般市民の住む都市とは少し距離を置いた人里離れたど田舎に、その学校はある。
『Victoria Wizardry school』……日本名『ビクトリア魔法学校』。オーストラリア唯一の魔法学校で、(日本で言うところの)小中高一貫型の大きな学校だ。しかもこの学校は、男女別の寮まで併設している。国内第二の多国籍都市にあるだけあって、集まる生徒の国籍も出身も様々。留学生の比率も高い為、必然的に全寮制となっていた。
この物語の第二の主人公である三上柑菜もまた、そんな"留学生"の一人……なのだが、その実態は言わずと知れた"問題児"だ。悪戯なんて日常茶飯事、とにかく教師達の手を
そんな彼女は今、箒にまたがって浮きながら校内を散歩している。地上だと石畳の照り返しがきつくてとても歩けたものじゃないからだ。無論、そうせざるを得ない時もあるのだが……。
初等部と中高等部は校舎が違うものの、隣接してると言っても過言ではないくらいに距離は近い。ビクトリア州の標準的な学制とほぼ同型をとっているが、他国からの留学生を招き入れる関係上、他国では学校が分かれる中高等部四年……所謂高等部一年からの編入も可能になっている。そのせいか、占める敷地面積は初等部よりも広い。……人数が多くなるのだから当然といえば当然の話ではあるのだが。
柑菜は箒の柄に腰掛ける体制に変えると、そのままゆっくりと校舎の周りを一周した。四階建ての煉瓦造りの校舎
ぐるりと校舎の外周を一周し終えたその時、突然バリバリバリッと物凄い音が辺りに響いた。ビックリして高度を落とす柑菜の腕に、さっきまで箒の柄の先に居た小柄の狐……柑菜の使い魔の
校舎の一階、透明なガラス窓が並ぶ中、一角だけガラスが粉々に砕け散っていたのだ。どうもあの部屋に誰かいるらしいと踏んで、柑菜は椿を抱き上げると、近くの草むらに逃げ込んで事の顛末を見守ることにした。
次の瞬間、聞き取れない言語と共にガラスがふよふよと空中に浮き始めた。割った本人が修復を試みたらしいが、どうもガラスの様子がおかしい。息を殺して見続けていると、やがて窓枠に嵌っていったのは色付きガラス。しかもそのガラスは女性……聖母マリアを描き出している。何処ぞの教会みたいだ。
小さく感嘆する。柑菜の腕の中の椿も興味を惹かれたようで、綺麗な色の瞳をキラキラと輝かせている。
暫くそうやって窓を見ていた一人と一匹だったが、お腹が空いたらしい椿が「クーン」と悲しげな鳴き声をあげたために、柑菜は再び箒に腰掛けると、そのまま寮の方向へと飛んで行ってしまった。
……柑菜がさっきまでいた場所から、一メートルも離れていない草むらの中。
柑菜とそう歳の変わらない赤毛の少年が、声を抑えて一人静かに興奮していた。
やった、やった……!カンナが近くに来てくれた!マジ"東洋の神秘"……あんな美しい子が俺と一緒の学校にいるなんて、今だに信じられない……!
警備員の怖顔のおじさんにドスの効いた声で話しかけられ、ブレインの顔は一気に青ざめる。
幸いにも服装から生徒だということは分かったらしく、警備員はそれ以外は何も言わなかったが、赤髪の少年はその場で暫く震えていた。
……そう、実は彼は柑菜に恋しているのだ。中高等部一日目で一目惚れして以降、ずっと首ったけ。だが当の柑菜は、そんな彼を認知してすらいない。会話なんて論外だ。けれども彼はそれで満足していた。ただ、見ているだけで十分なのだという。
そんな彼の想いは、いつ彼女へ伝わるのやら……。
対して密かに恋い慕われている当の本人はというと、箒に腰かけたまま、胸元に抱いた椿と共に、メルボルンの青い空をボーッと見上げていた。