01.【予感の旋律】

文字数 2,304文字

 初めて尽くめの一月も終わり、早くもカレンダーは二月に変わった。

 そして今朝は、何故か学校の中庭からピアノの音が聞こえてくる。

white-bird

あら、どなたか弾いているのかしら?

かな? けどこの学校内にピアノなんて……。

無いんですの?

覚えがないな。少なくとも屋外には無い。

 登校中の柑菜とエイミーは、二人並んで首を傾げる。やがて着いた中庭には案の定人集りが出来ていて、その中心人物の姿は隠れて見えなくなっていた。

white-bird

気になりますわね。

気になるねぇ。けど茶々入れるなよ、演奏が台無しになる。

分かっていますわ。

 そんな会話をしているうちに演奏は終わり、聴衆の中からはまばらにパチパチと拍手が起こった。

white-bird

ありがとうございました〜。

 拍手の音に紛れて、おっとりとした声が聞こえる。その声に少し覚えがあった柑菜の表情が、ぴくりと動いた。

white-bird

あの声……。

あれ? レイラ、ピアノ消えちゃったけど……。

あ〜、そういう仕様なの。あまり長い時間姿を保てなくてね〜。

……もしかしてあのピアノ、魔法で作り出してたのか?

うん、そうだよ〜。

凄っ!
ええっ!?

 聴衆とエイミーの口から驚きの声が上がる。それもそうだ。楽器を魔法で(時間制限付きとはいえ)作り出すのは、相当な魔力と想像力を必要とする。どうやら弾き手は、魔法も演奏もかなりの実力者らしい。

white-bird

……レイラ?

 一方の柑菜はというと、ピアノの事実に驚きさえしたものの、興味は別の方向に向いていた。思い出すのは新学期初日。教室を間違えた編入生が確かそんな名前だったはずだ。

white-bird

じゃあ、そろそろ失礼しますね〜。

また演奏、聴かせて!

次がいつかは決まってないから、気楽にね〜。

 少しずつ聴衆が散ってゆく。やがて、同級生であろう女子と親しげに話す一人の生徒の姿が見えてきた。四対六に分けた前髪の六の方に編み込みを施し、シルエットがややぽっちゃりしているような気もする、その金髪の女子生徒こそ……。

white-bird

……やっぱり。

 あの日教室を間違えた天文科の編入生、レイラ・ナイトリーだった。

white-bird

もし!

 やっと姿を見られて嬉しかったのか、エイミーが柑菜の側から離れてレイラの元に駆け寄る。慌てて引き留めようとした柑菜の手が宙に留まる。

white-bird

え?

さっきの演奏、素晴らしかったわ!

え、あ、ありがとう……?

 さっきとは裏腹にキョドった声を出すレイラ。突然の割り込みに困惑してるのか、それともエイミーに覚えがあって動揺しているのか。無遠慮に話しかけるエイミーのブラウスの襟を、これまた無遠慮に引っ張って制す柑菜。しかし、そんな風変わりな彼女の姿を見るなり、レイラの表情がまた変わった。

white-bird

あれ、あなた……。

……あたしのことか?

うん、もしかして飛行科の教室にいた子? 中等部で色々やらかしてたらしいけど。

うわぁ、もう話回ってるのかよ……。

 中等部からの継続組の口の軽さには、流石に呆れてしまう。

white-bird

確か〜……カンナ・ミカミ、だったよね?

……いかにも。

そのツインテールの子とは、お友達?

だな。迷惑かけたな。

いいよ〜、びっくりしただけ〜。

なんだかお二人、しれっと意気投合してませんこと……? あと柑菜。

ん?

早くその手を離してくださいます? 首が……。

あ、スマンスマン。

 柑菜がぱっと手を離し、エイミーはやっとこさ、軽い首絞め状態から脱した。大きく呼吸しながら襟元を直すエイミーを見て、クスッとレイラが笑う。

white-bird

二人の方が仲良いよ〜。髪飾りもお揃いだし。

 ニコニコしながらそう言うと、彼女は腰掛けていたベンチから立ち上がり、脇に置いていた鞄を手に取る。そのまま校舎内に行くのかと思いきや、彼女は何かを思い出したように二人の方を向き直ると、パン、と手を叩いてからこんなことを言い始めた。

white-bird

あ、そうだ〜。二人にも訊きたいことがあったんだ〜。

訊きたいこと?
変なことじゃなければ聞くぞ。

全然変なことじゃないよ〜、この時期のあるあるの質問。

 レイラは鞄を肩にかけると、その柔和な笑みを崩さぬまま、こう続けた。

white-bird

二人はさ、今年のバレンタインは何する予定?


 時は巻き戻り。

 校舎の窓越しに中庭を見ていたブレインは、ベンチで半透明のキーボードを弾くレイラと、物珍しそうに演奏を聴く聴衆を、交互に見ていた。あの聴衆の中に紛れたい気持ちは山々だったが、それを自分の内気な性質は許してくれない。だから、他の人とはかなりの距離を置いた場所にいるしかなかったのだ。

white-bird

……!?

 聴衆の中に三上柑菜が混ざっていようものなら尚更だ。今、キーボードからピアノの音色で紡がれている音楽が、神秘的な響きを持つエチュードなのも相まって、"東洋の神秘"はますます神々しさを増していく。あっという間に心がキャパオーバーした彼は、思わず窓枠に手をつき、そして静かに目を閉じた。

white-bird

……あー。

 あの日……編入生として目の前に姿を見せた"神秘"に一目惚れしてから、早三年。今もなお、この気持ちが消えることはない。長らく引きずってきた、純粋な片想い。だが相手は自分の名前どころか、存在すら認知していないだろう。けどそれでも良い。"神秘"は触れたら崩れてしまうから。だからただ見ているだけで充分なのだ。

 そうやって気持ちを落ち着けているうちに、いつの間にかピアノの演奏は止んでいた。目を開けると、中庭の人はまばらになりつつある。あの半透明のキーボードも消えていた。

white-bird

……頑張ろう。

 彼の鳶色の瞳はただ一人、ある少女を捉えていた。

 柑菜の横で揺れる、星飾り付きのツインテール……エイミー・ツムシュテーク。今日こそは彼女に話しかけよう。全ては、柑菜のことをもっと知るために。……彼は人知れず、そう決意を固めるのだった。

white-bird

更新:白鳥美羽(2019/10/30)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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