09.【Starry holiday(後編)】
文字数 6,813文字
エイミーは運ばれてきたハーフのサンドイッチを小さく一齧りする。所作に関しては流石お嬢様といったところか、育ちの良さが出ている。口に物を入れたまま喋るなんてことはまずしないので、食事に夢中になっている間だけは喋る機関銃であるエイミーもその鳴りを潜めていた。
柑菜もエイミーに倣って、頼んだサンドイッチを一齧りする。お洒落で写真映えするというだけで人気なのかと思い敬遠していたが、サンドイッチはとても美味しい。パンはほんのりと甘く、ハムとチーズでレタスやトマトが挟まれているせいか、パンが野菜の水気でベタッとしているなどということもない。トマトの甘みが強く、チーズの塩分ともよくマッチしており。食材にこだわっているのだということがとてもよくわかった。量も多すぎず少なすぎず。朝食として食べるのであれば丁度いいくらいだ。もう少し静かならまた此処に来るのも悪くないかもしれない。
突然耳に入った第三者の声に、エイミーと柑菜は盛大に咽る。見てみればその声の正体は、この店のウェイターのようで。彼は接客に長けているのがすぐに見て分かるほど爽やかな笑みを二人に向けていた。
「この店に来るのは初めて。そうだろ?」
流石、世間知らずお嬢様。店の魂胆などとは全く考えていないらしい。周りの席を見渡せば、同級生の女子達が皆一様に紅茶のカップを傾けていた。彼女らもあのウェイターにやられた口か。エイミーも彼の姿を目で追い、うっとりと頬を染めている。将来変な詐欺師に騙されるのではないかと少々心配になりつつ、柑菜は口端を引き攣らせるのであった。
ウェイターのやり口にまんまと乗せられ、運ばれてきた紅茶を優雅に口にするエイミーは、カップを置くとふっと息をつく。
そこで柑菜は考えた。もしや、エイミーと手を組めばヤツをギャフンと言わせることが出来るのではないかと。柑菜に足りないのは、賢さの上の賢さだ。ある程度の地頭の良さはあっても、それではイライザに太刀打ちできなかった。柑菜の持ち味はその運動神経の良さだ。そしてエイミーは頭が良いらしい。らしいというのは、この情報が伝聞だからである。先日教師達が彼女の出したレポート課題を誉めそやしているのを偶然耳にしたのだ。
つまり、柑菜とエイミーは二人で組めば最強のコンビになれるのではないか。柑菜はそう考えた。
勘弁してくれと辟易する柑菜の腕を引き、炎天下の街にくり出す二人。パーラーで涼はとったものの、強い日差しはすぐに二人の体温を上げていく。それでも、高温多湿の日本と違いカラッとしているからか、陰にさえ入れば大分マシである。不思議なのはエイミーの方だ。彼女の故郷であるドイツは夏、最高でも25度前後までしか上がらないほど暑さに耐性の無い国柄なわけで。だというのに彼女ははしゃぎ回り、くるくると動き回っていて。柑菜は建ち並ぶ店の陰を選んで歩きながら、ぴょんぴょん跳ねるエイミーを信じられないといった顔で見つめ、麦わら帽子で自身の顔を扇ぐ。
暑さのおかげか初めての週末によるハイテンションのせいか、二人は沢山の店に入った。人間の店、魔法使いの店関わらずだ。ブティックに屋台、ゲームセンターまで様々な店を渡り歩き、気づいた時にはもう門限の時間が迫っていた。
「いらっしゃぁ〜い!」
思わず頭を抱え、商品が陳列された机の下に隠れる柑菜。エイミーはただただ悲鳴をあげ、体を強張らせたまま動けずにいた。
そんな彼女の前に何者かは回り込むと「悲鳴をあげるなんて失礼しちゃうわねぇ」と、杖で店内の光量を少し上げる。どうやら危険ではないと察した柑菜は、おずおずと机の下から這い出てエイミーの前に佇む初老の女性の顔を確認した。
「普通の人間達も呪い(まじない)や魔除け雑貨としてウチの商品を買うのよ。まぁ、お守りと同じようなものね。でも、ほら今あなたが手に取ったブレスレットはとても強い魔力が込められているの。とてつもなく恐ろしい魔から持ち主を守るブレスレットよ。防御系の魔法を増幅させる力もあるわ」
「そうねぇ」
マダムマキシエルはざっと辺りを見回し。傍らに置いてあった籠をエイミーに差し出した。中には雑多に様々な商品が入れられている。在庫処分品といったところだろう。
「この中の物なら全部3ドルよ。あのキーホルダーよりは少しだけ強い魔力が篭っているわ。大体が少量の魔力増幅か、魔除けね」
「あら似合うわ〜!いいわねぇ、友達同士でお揃いだなんて」
マダムマキシエルに3ドルを支払い、フと笑う柑菜の腕を引くエイミー。この時柑菜は初めて、自身に友達が出来たのだと実感した。あまりにも世間知らずで、突拍子も無い言動が多いお嬢様。思い描いていた友情関係とはかけ離れてはいたが、それでも悪くないと思えてしまうのだから不思議だ。
門限に間に合うバスの時間まで後10分。二人は慌ただしく店を出てバス停まで全速力で走った。日はもう傾き駆けていく二人を追いかけているようだ。体力の無いエイミーの腕を引き息を切らす柑菜。不思議と疲れは感じなかった。それはきっと彼女の三つ編みに揺れる星飾りと、エイミーの髪に括られた同じ星飾りが西日に煌めいているのが嬉しかったからなのかもしれない。
更新 2019/10/13 つづり