01.【エイミー・ツムシュテークより後見人様へ】
文字数 3,031文字
エイミー・ツムシュテークより後見人様へ
さて、北半球に位置するこちらドイツでは、後見人様がいらっしゃるオーストラリアとは反対に体の芯まで冷えてしまうほど寒さが厳しく。積もった雪は昨夜から溶ける気配がありません。我が家ではクリスマスパーティも終わり、新年へ向けて皆忙しなく動き回っておりますが、例年通り父は政界の方々と何やら難しい話をしていらして、今日が最後の機会だというのに家族全員で顔を合わせる機会もございません。特に今年は皆ピリピリと気が立っており、家族全員で食卓を囲みたいだなんて我儘は到底言えず。それに皆すっかり疲れきっているようで……。そんなことを悠長に書いてはいますが、全てわたくしのせいなのです。
クリスマスパーティの日に、わたくしは沢山のゲストの前で魔法を使いました。学校へ行くことが許されず、勉強も遊びも家族の目が届く場所でしか出来なかったわたくしは、年に数回、色々な場所から大勢の方々が家にいらっしゃるパーティはいつも浮足立っておりました。両親がゲストの方々に姉達や弟を紹介する姿を見ていると、どうしても心が疼いてしまって。だっておかしいじゃありませんか。三人の姉は自分の力でぬいぐるみを本物の動物に変えることなど出来ませんし、弟だって箒で空を飛ぶことも出来ませんのに。ですから、わたくしはこっそりと父に近寄って、壇上で魔法をお披露目することを提案いたしましたが、父は「部屋で大人しくしていなさい」の一点張り。父は昔から魔法という言葉を口に出すだけでわたくしを怒鳴るのです。きっと父は若い頃に、絵本に出てくるような悪い魔法使いの手によってドブガエルにでもされてしまったのかもしれません。父の目がギョロリと出っ張っており、額に脂がよく滲み出るのもその時の名残なのだと思います。
怒鳴られてすっかり気が滅入ってしまったわたくしは、どうにか皆の輪の中に入ろうと家族の誰にも内緒で枕を破り、羽毛を取り出しました。そしてパーティルームのあちこちに貼り付けますと、電気の光量を下げ部屋を薄暗くして。さぁ、後見人様。わたくしが何をしたかお分かりになります?きっと後見人様にも経験お有りでしょうね。わたくしはパーティルームの電気を全て消して、脳内に浮かべたイメージをそのまま口に出しました。
「”羽根よ虹色に光れ!”」その言葉を言い終わるよりも前に、羽根はまず真っ白に発光し始め。そして赤、黄色、緑、青と数秒ごとに光の色を変えます。更にそれぞれランダムに色とりどりの光を点滅させると、最後に羽根達は暗闇を虹で彩るのです!その光景の美しさと言ったら、到底文章では書き表せないほどで。ふわふわと靡く羽根の虹を自身の魔法で生み出したという事実は正に夢のようでした。あちらこちらから「まぁこんなことが出来るとは、なんて素晴らしい娘さんでしょう。素晴らしい!」と、ゲストの皆様がわたくしを褒めそやすような声が聞こえました。(実際は現実離れした突然の出来事にざわついているだけでしたが)
しかしやはり、夢は覚めるものです。父と祖父の怒号により、わたくしの羽根は一気に輝きを失ってしまいました。そしてあれよあれよという間に自室へと連れて行かれ。祖父は震える声でわたくしに向かって短く呟いたのです。その言葉の衝撃はきっと死ぬまで忘れられないでしょう。「エイミー、お前を破門する」その時はまだ、自身が何をしでかしたかなんて全く分かっておりませんでした。
魔法政府職員とおっしゃる方がいらしたのは、その翌朝のことです。彼は初老の優しそうなおじ様で、祖父に呼ばれて来たのだと申されました。そして、優しくわたくしに色々なことを説明をしてくださいました。説明を聞いて混乱しなかったのは、わたくしがきちんと理解するまで彼が時間をかけてお話して下さったからです。そのおかげもあってか、漸くわたくしはこの世界において自分自身がどれだけ異質な存在であるかを思い知らされました。全世界で魔法を使える人間はごく少数であり、魔法を使えない人間達の間ではわたくし達の様な人間は架空の存在であると信じられていること。そして、わたくし以外の家族は皆魔法を使えない人間であること。ですから父は、わたくしを学校にやらず、パーティにも出したくなかったのでしょう。魔法の存在を信じていない人達にとって、わたくしの存在は恐ろしいものでしか無いのですから。そんな中、あのパーティで魔法を使ってしまったのです。祖父の対応は当たり前ですよね。
破門されたからと言って、わたくしは家族を恨んではおりません。今まで普段の生活ではとても大切にしていただきましたし、沢山の愛情を受けてまいりました。父は魔法を嫌ってはいましたが、わたくしの勉強の成績をいつも褒めて下さり。母なんて皆の前では表沙汰にはしませんが、わたくしの魔法を見ると大変喜んで下さいました。それに、魔法学校に行かなければならないと聞いた三人の姉からは、よそ行きの服や化粧品、ネックレスを。弟からはとても大事にしていた銀細工の万年筆を、父や祖父に隠れてこっそり貰いました。実はこの手紙もその万年筆で書いているのです。ビクトリア魔法学校へ着く日は、姉達から貰った物を身に着けたいと思っております。いずれ後見人様にも実物をご覧に入れたいと考えておりますので、是非いつか会いにいらしてくださいませ。
初めて外の世界へと飛び立つのは楽しみでもあり、恐怖でもあります。新しいことに挑戦するということにはワクワクしますが、遠い異国の地へ行くのですから、想像できない恐怖が待ち受けているのではと思うとやはり心配になってしまうのです。しかし、わたくしの愛読書である赤毛のアンにはこうあります「楽しもうと決心すれば、大抵いつでも楽しくできるものよ」どんな恐怖があろうとも、楽しむ努力をしようとわたくしは決心いたしました。この言葉を胸に、わたくしは後見人様に胸を張れるような立派な魔法使いになることを誓います。
末筆ではございますが、この度はわたくしの後見人を引き受けて下さり誠にありがとうございます。貴方様がいらっしゃらなければ、ツムシュテーク家を破門されたわたくしは路頭に迷い、野良の魔女となってしまうところだったのですから。
追伸 ビクトリア魔法学校に入学したいと申しましたところ、魔法政府職員のおじ様が「それならば後見人は君の近しい人物となるだろう」とおっしゃっていましたが、後見人様はもしかして学校関係者なのでしょうか?
エイミー・ツムシュテーク
更新 2019/8/27 つづり