06.【赤い星々が出逢う時】
文字数 3,627文字
ホームルームの開始時刻きっかり。やけに元気な声を出しながら教室に入ってきたのは、見るからに若そうな男性教師。亜麻色のオールバックに深緑の瞳、ラグビーでもやってたのかと思うくらいにがっしりした体格にTシャツジーパン。初日だからフォーマルな服で決めるかと思いきや、完璧に真逆を行っている。副担任だろうかと誰もが思ったが、その男性教師の二の句で更に彼らは裏切られることとなる。
俺はこのクラスの担任を務める、ヴァレリオ・モレッティ。イタリアのローマ出身だ。実は今年からの新任かつ初任なんだが、不思議な縁があったもので君達の担任を任されたんだ。これからよろしく!
"新任なのに担任⁉︎"とクラス中が騒つく。無論それは、1人ボケーっとしていた柑菜も例外ではない。新任教師はせいぜい副担任から、というのが定例だったからだ。彼の存在は、生徒達の感覚では異例の中の異例だった。
因みに副担任のアリーチェ教官は、本日体調不良につき一日お休みだそうだ。顔合わせはまた後日だな。
アリーチェ教官……フルネームはアリーチェ・ビアンキ……は、男ばかりの飛行科教師教官陣の中の紅一点だ。赤いベリーショートの髪と切れ長の紫がかった色の目がボーイッシュでカッコいいと、主に女子生徒からの人気が高い教官で、稀に女子生徒からラブレターをもらうこともあるとかないとか。現に女子生徒の何人かは残念そうな声を上げていた。
それじゃあ、まずは編入生の紹介からだな。全員前に出てきて。
教卓の前に並んだ、今年のD組の編入生は全員男子。北はブルガリア、南はなんとブラジルから来たという。流石、学校が多国籍を売りにしてるだけあるメンツだが、この一回だけで名前と顔を一致させるのは、やはり柑菜には不可能だった。……実際は半分聞き流していただけなのだが。
その後の使い魔検査も(椿のビビリ故に少し苦戦したが)無事突破し、何とか定刻で授業を始めることが出来るよう、ホームルームは終了した。この間、特にこれといった騒ぎは起きていない。そう……柑菜は悪戯する時と相手をしっかり選ぶのだ。
だが、そうしていつ悪戯を仕掛けようかと思案していた彼女は、気づかぬうちに先を越されてしまっていた。
……これはどういう状況だ?
休み時間。中庭で暴走している花壇のスプリンクラーを見ながら、柑菜は顔をしかめる。盛大に水をかぶる女子生徒達。ギャーギャー騒いでいる黒髪の女子生徒は……髪色が変わっているが恐らくA組のイライザだろうか。目立ちたがり屋で高飛車。中等部時代に柑菜も、他クラスなのにも関わらず彼女から嫌がらせを受けたものだが、今はそうでもない。むしろ向こうから避けられている節すらある。
何が何だか……。
朝の謎の絶叫以降、A組のメンツがやけに目につく。授業中もやけにうるさい上に、初日からA組担当の先生達の怒りの沸点も低い。A組というと呪文総合科だ。あんなに落ち着きのないクラスだっただろうか?
そんなことを考えながら、柑菜は箒片手に校庭へ向かった。次は飛行実技。担当教官は去年と同じだ。
悪戯はじめは……あれにしますか……。
……いやぁ……調子狂うなぁ……。
放課後、柑菜は一人、項垂れながら学生寮へ向かっていた。飛行実技の授業で満を持して悪戯を仕掛けたはいいが、ものの見事に失敗したのだ。
まず、本来の飛行実技の担当教官が出張につき、代打で別の若い教官が来たこと。
そして
更に、魔法の出所をすぐに見抜かれてこっ酷く怒られる……かと思いきや、「素晴らしい魔法だね!」となぜか褒められたこと。これに関しては彼女のみならず、他の生徒にとっても予想外の反応だった。
彼女からしたら、大人達の困る顔を見たいが為に悪戯してるようなものだ。初日から逆に大人に振り回され、早くも意気消沈していた。
女子寮の入り口に立つ守衛に雑に挨拶をした柑菜は、人でごった返すエントランスで新しい部屋割り表を確認する。
……は? 515⁉︎
最上階の端、階段の目の前だ。"面倒くさい"と口走りかけるのを何とか抑え、彼女は階段を登り始めた。普段の彼女なら箒に腰掛けてスイスイ行く所だが、初日から寮母に怒られるのはいただけない。大人しく歩いて登り始めた。
早めに着いたからか、部屋に先客はいなかった。在校生の荷物は、既に新しい部屋に運び入れられている。人と比べ、物をテレポートするのには然程魔力は使わないらしい。前にいた中等部女子寮の寮母からの受け売りだ。
今年は男女共に生徒数が偶数だから、前みたいな一人部屋ではない。中高等部4年生にして出逢う初めてのルームメイトは、一体どんな子なのだろう。面白い子だといいんだけれど。そんなことを考えながら、段ボール箱の封を切ろうとした、その時。
ギィ、と内開きのドアが開かれる。
ドアの向こうに立っていたのは……見覚えのない女子生徒だった。
……? あんたも515号室?
えぇ、そうです。
初めまして、エイミー・ツムシュテークと申します。魔法学校も寮生活も初めてですので、色々と至らぬところもあるかと思いますが、これからルームメイトとして、よろしくお願いいたします。
よ、よろしく……。
柑菜がなんとか状況を噛み砕いて返答を返すまでに、一秒のタイムラグが生じてしまった。こればかりは仕方がない。目の前の少女……エイミーは、彼女の希薄な友人関係の中でも前例のない、いわばニュータイプだったからだ。
こほん、と軽く咳払いをしてから、柑菜は自分の名前を名乗る。
あたしはカンナ・ミカミ。カンナとでも呼んでくれればいい。
カンナ……素敵なお名前!
そうか?
響きが素敵ですもの。
それはどうも。あと、こんな見た目だがあたしは日本人だ。勿論日本語も話せる。
……日本人。
キョトンとするエイミーを見て、「やはりそうか」と小さく溜め息をつく柑菜。白髪に褐色肌、加えて赤い瞳とくると、九割九分の人がもれなく彼女の国籍を聞いてくる。日本生まれ日本育ち、両親ともに日本出身なのだから国籍は日本以外にありえないのだが、人によってはそれを言っても信じてくれなかったりする。それだけ柑菜の見た目は異様なのだ。てっきり目の前の少女も、そんな一般大多数と一緒だと思っていた。……しかし違った。
わたくしはドイツ出身ですの。お互い大変遠くですのね。
彼女はそんなことなど気にも留めていなかったのだ。それどころか安堵しているようにすら見える。どうやらエイミーは、早くもルームメイトである柑菜を信頼し始めたらしい。社交性の高さはここでも健在だった。
エイミーは部屋を見渡してる途中、段ボール箱の上で置物のように固まっている椿を見つけた。突然入ってきた第三者に、ビビリな椿は逃げたい衝動を通り越して体が動けなくなっている。さながら、走行中の車を正面から睨みつける猫のようだ。宥めるように椿のふわふわの毛を撫でながら、柑菜はエイミーの言葉に答える。
そ。あたしの使い魔の椿だ。あんたの使い魔は?
この子ですわ。
へ、蜘蛛?
ウサギグモのレニです。愛らしいでしょう?
ウサギグモって……またユニークなものを従えたものだな……。
あら……。
悪りぃ、椿ビビリでさ。しばらくしたら慣れると思う。
それは仕方ありませんわね。
ねぇカンナ。次の休みに、一緒に街に出かけませんこと?