09.【初恋の終わり】

文字数 4,818文字

 その場でへたり込み肩で息をする姿からは、普段の女王のようにふんぞり返る姿など想像もできない。こぼれ落ちそうなほど見開かれていた目は、やがていつもの如くキッと釣り上がると、目の前の二人を見上げ睨みつけた。しかし、彼女の口から出てくる声は言葉にならず、その様相はただの怒れる獣である。


 エイミーと柑菜の計画は成功した。この計画の要はブレインであるからして、計画者の中には彼の名も加えておこう 。柑菜は既にうろ覚えになりつつある彼の名を頭の中にそっと仕舞い、ほくそ笑む。そして砂埃まみれになったイライザの目の前にしゃがみ込み、柑菜は杖をイライザの鼻先にあてた。

tsuduri

な、何する気……!

tsuduri

別になんもしやしねぇよ……。”光よ”

鼻先にあてた杖先がぼんやりと光り、イライザの顔を照らす。彼女がこうしてへたり込む直前に、エイミーと二人で顔だけを下から照らすという古典的な脅かしに使った魔法と同じだ。こんな子供騙しの仕掛けにさえ怯えるとは、相当オカルトに弱いらしい。照らされたイライザの顔はやはり恐怖に慄きながらも二人への怒りを顕にしている。そんな彼女にエイミーは小さな歩幅で彼女に一歩近づき、いつもなら見上げる彼女を見下ろして口を開いた。

tsuduri

わたくしを憎んでいまして?
当たり前でしょ!

tsuduri

食ってかかるイライザに、エイミーは冷静だ。しかし静かながらもどこか怒気を秘めており、彼女の圧にイライザは思わず声を詰まらせる。

tsuduri

あなたにとって何が一番憎かったのか、当てて差し上げますわ。
わざわざ言ってもらわなくたって分かるから。どうせ正解だって。

tsuduri

それならお分かりになるかしら。あの時のわたくしの気持ちが。
エイミーの言葉に、イライザは眉をピクリと顰めた。

tsuduri

仕返しってこと?

tsuduri

えぇ。わたくしにとってあの時一番辛かったのは……。フレデリックにわたしの気持ちがバレたことではありませんわ。わたくしが自分で打ち明けねばならないことを、貴女が勝手に言ったこと。
だから、あたしの気持ちもあいつにバラしたってわけね。

tsuduri

結論は一緒だった。つまり、ブレインナントカにあんたの気持ちはバラしてないってこと。
別に貴女の為を思ったわけではなくってよ。ただ、貴女と同じことをすれば貴女と同じレベルの人間になってしまうと考えたからで。
いい、分かってる。流石にあたしもやりすぎた。

tsuduri

まさか聞けるとは思っていなかったイライザの素直な言葉に、エイミーと柑菜は互いに顔を見合わせる。明日は嵐になりそうだと考えつつ、柑菜はふっと息を吐いた。計画は長く困難だったが、終わってしまえばこんなにも簡単だったとは。

tsuduri

素直に謝るついでに、あたしの正直な気持ちも聞いてほしいんだけど……。

tsuduri

……えぇ。
少し怪訝そうではあるが、エイミーは今だけイライザを信じることにして、彼女の隣に腰を下ろした。それに倣い、柑菜も反対側に座り込む。

tsuduri

エイミーの恋を邪魔しようとは思ってなかった。本当にあんたとフレディが付き合えばいいと思ってたの。

tsuduri

どういうことだ?彼が困ってるだのなんだの言っといて?
だから……。エイミーにブレインから離れて欲しかったってこと。あいつ、今まで女友達なんて出来たことないくせに急にあんたと仲良くなるし。遂に一番重要な柑菜にまで名前覚えられちゃったし……。

tsuduri

後半は小さなつぶやきだったせいか、柑菜には聞こえていなかった。少し気になりはしたが、大したことではないだろうと追求することなく、続きを促す。


tsuduri

だから、ちょっと焦っちゃっただけ。あたしはフレディに未練なんて無いし、元々好きで付き合ってたわけでもない。後、フレディがちょっと困ってたってのも嘘。あんたの連絡先聞きたがってたよ。

tsuduri

ほ、本当に……!?

勢いよく立ち上がるエイミー。よほど嬉しかったようだ。薄暗くとも分かるほど彼女の顔は赤くなり、それを隠すように両手を頬にあてる。

tsuduri

正直にフレデリックの反応を教えてやりゃあよかったのに。
そう言えば発破をかけられると思って。でも、そうだね。そしたらあんた達にちびらされそうにならなかった。

tsuduri

あら、でもいい事があったわ。

同時に首を傾げる柑菜とイライザに、エイミーはくすくすと笑った。全く見当もつかないが、エイミーには何やら確信があるらしい。黙って聞いてみると、彼女はイライザに手を差し伸べ目を細める。

tsuduri

わたくし達、いいお友達になれそうではなくて?

先程とうってかわって、正反対の反応を見せるイライザと柑菜。柑菜は「なんだって?」と、信じられないと言いたげに口をあんぐりと開けるが、イライザの方は納得したように頷き、差し伸べられた手を取った。あれだけ揶揄われ、いじめられてきたというのに。お人好しというかなんというか。柑菜はエイミーの笑みを見て静かにため息をついた。しかしまぁ、丸く収まれば万々歳である。薄気味悪い場所だというのに和やかなムードに包まれ、異様な空間となってしまったが。

tsuduri

そこに居るのは誰だ!

tsuduri

あんまり大きな音の出る仕掛けは作んなかったんだけどなぁ。
見回りの時間を確認していなかったのが原因ですわね。
 エイミーと柑菜は、罰則で言い渡された通りに図書室の本の並び替えをしていた。本を一つ一つ順番に並べ替えるのは流石に魔法で一気にとはいかない。やろうと思えば出来るのかもしれないが、複雑な魔法になること必至の為、手作業の方が早いのだ。

tsuduri

イライザまで厳重注意を受けてしまって……。なんだか悪いことをしてしまいましたわ。
寮を抜け出して悪戯したって時点でかなり悪いことしてんのに気づいてる?

エイミーは何も返さなかった。というより、本の背表紙を眺めるのが楽しくて聞こえていないようだ。彼女にとってこの罰則は罰になっていないようである。だがそんな彼女でも、特定の人間の声ならば聞こえるらしい。

tsuduri

エイミーがここに居るって聞いたんだけど。

tsuduri

図書室の扉を開け、壁に凭れながら部屋の中へ呼びかけるフレデリックの声なら。

tsuduri

フレデリック……!

勢いよく振り向き、花が咲くように笑うエイミーを見て、フレデリックは彼女へと歩み寄った。イライザから困っているようだったと聞かされ、ずっと彼を避けていたエイミーだが。今は避ける理由など無いどころか、ずっと会いたがっていたのだから嬉しいのも当然である。

tsuduri

エイミーが俺に会いたがってるってイライザが言ってたから。

tsuduri

そ、そんな……!イライザったら。
いい雰囲気になんのはいいけど、あたしが居るのも忘れんなよ。
柑菜の言葉にフレデリックは軽く苦笑した。少し照れているようで、端から見ればなんの為にエイミーの元へ来たのか丸わかりだ。恐らくフレデリックもエイミーに興味があるのだろう。勿論、恋愛的な意味で。

tsuduri

それで、なんの用?

tsuduri

えっ、そ、その……。

エイミーが漸く柑菜の存在を思い出したのか、彼女の方をチラと見遣る。今になって柑菜の目が気になりはじめたのか。柑菜はやってられないとばかりに両手を軽く上げると、エイミーの視界から外れるように本棚の向こう側へと移動した。

tsuduri

わたくしから申し上げるのははしたないと思われるかもしれませんが……。

視界から外れるといっても、声は聞こえる。


tsuduri

そんなこと思わない。何?

tsuduri

……っ、連絡先を、教えてくださいませんこと!?

そしてフレデリックと柑菜は図書室の対局線にいながらも同時にずっこけた。完全に好きだと告げるのかと思いきや、ただの連絡先の交換とは。


tsuduri

オーケー、じゃあ俺から言わせてもらうけど。エイミーは俺のことが好き?

tsuduri

へっ!?……あ、あの……。
いや、言わなくてもいいよ。見てたら分かるから。……じゃあさ、何曜日がいい?

tsuduri

何曜日というのは?……ええと、デートの日ですの?しかし外出は週末しか……。
いやそうじゃなくて、何曜日に俺と過ごしたいかってこと。

tsuduri

週に一度しか一緒に過ごせない……。ということですの?

なんとなく雲行きが怪しくなってきたと感じ、柑菜はそっと本棚から顔を出した。

tsuduri

あぁ。今のところ土曜日から火曜までは他の子で埋まってるし。

tsuduri

……は?

エイミーの代わりに声が出る。対してエイミー自身はというと、フレデリックの言葉が衝撃的すぎるようで口をパクパクと動かしたままフレデリックをじっと見上げていた。返答が無いのが不思議なのか、フレデリックは首を傾げる。

tsuduri

どうした?君の選択肢は水、木、金だ。たったの三択。ほら、簡単だろ?

tsuduri

あ、あ……。あの。つまりそれって、あなたは毎日他の子とも過ごしているということですの?
あぁ。イライザから聞かなかった?いや、イライザから聞かなくても皆知ってると思ってたけど。

tsuduri

それよりも、おかしいことを聞いているという自覚はありますの?
さぁ、何がおかしいかなんて中学の時に二人の子と同時に付き合って上手く行った時に曖昧になったしな。

tsuduri

エイミーは頭を抱えくるりと後ろを向いた。その先で柑菜と目が合い、柑菜は気まずげに彼女らから目を逸らす。しかし、エイミーが何やら目で合図していることに気づき、柑菜は瞬時にその意味を汲み取った。

tsuduri

……貴方、わたくしのことが好きなのではなくて、女の子に言い寄られるご自分を愛していらっしゃるのよ。
そうかもしれないけど、俺は女の子の中でエイミーが一番好きさ。だから君が三択を蹴ってどうしても週末を一緒に過ごしたいと言うなら他の子を違う曜日に移動させようと思ってた。

tsuduri

はぁ……。柑菜。
はいよ。

その合図がこの解釈で合っているのかは分からないが。心の中でそう付け足し、杖から縄を飛び出させる。縄は彼の手足をキツく縛り身動きを取れなくすると、エイミーはにっと笑って手を振りかざした。

tsuduri

よかった、これで合ってたんだ。

柑菜の呟きは、エイミーの平手打ちの音にかき消された。



tsuduri

あんな人だと知っていてわたくしに彼をけしかけるなんて……!イライザなんてもう友達ではありませんわ。
まぁこうなる予感はしてたけどな……。

 フレデリックに渾身の平手打ちをかました後、エイミーは柑菜と共に廊下を歩きながらぐすぐすと鼻を鳴らしていた。怒りの後に悲しみがやって来てしまったようだ。あまりの衝撃に忘れかけている者も多いが、この恋は彼女にとって初恋である。無惨な結果に終わったのがよほど悔しく、そして悲しいのだろう。

tsuduri

あんなやつはすぐ忘れることだな。
えぇ、出来るだけ忘れられるよう頑張りますわ……。

忘れろと言われて忘れられるものでないことぐらい、恋愛に興味の無い柑菜も分かっている。とはいえ、彼女が伝えられる言葉はそれしかなかった。悟っていて大人びているとはいえ、彼女もまだ高校生だ。失恋への立ち向かい方など分かるはずも無い。

tsuduri

これじゃ当分立ち直れそうもないな……。

何を言っても無駄なようだ。後は時間に任せるしかあるまい。目の前の変わらぬ現実から逃げるかのごとく、柑菜はエイミーから目を逸らした。同時に、前方からベルタがこちらに向かって歩み寄って来るのに気づき、思わず顔を顰める。イライザへの悪戯の件でこってり絞られたばかり故、その反応は当然と言えるだろう。しかし、今に限っては彼女の登場は喜ばしいことだった。何故なら。

tsuduri

エイミー、短期休暇明けからテレポートの授業を始めるわ。

エイミーの気分を百八十度変えるニュースを持ってきたのだから。

tsuduri

ただその前に適性検査って言って……。まぁ、簡単な面接なんだけど。短期休暇の最終日に魔法政府の教育科職員が来るから、その日は空けておいてくれる?
まぁ……!遂にテレポートを!?

泣き顔は明るい笑顔に早変わりし、感激してベルタに抱きつく。ベルタは一瞬驚いたようだったが、すぐにだらしなく口角を上げると、行き場を無くした両手でエイミーの背を抱きしめようとした。が、その前に素早くエイミーはベルタから離れ、柑菜に抱きつきに行く。ベルタからの視線は怖いが、とりあえず友人が元気を取り戻したことに安堵し、エイミーの頭をポンと軽く撫でた。柑菜を見つめるベルタの視線がより一層厳しくなったのには、気づかないふりをした。


更新 2021/7/27 つづり


tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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