09.【初恋の終わり】
文字数 4,818文字
エイミーと柑菜の計画は成功した。この計画の要はブレインであるからして、計画者の中には彼の名も加えておこう 。柑菜は既にうろ覚えになりつつある彼の名を頭の中にそっと仕舞い、ほくそ笑む。そして砂埃まみれになったイライザの目の前にしゃがみ込み、柑菜は杖をイライザの鼻先にあてた。
鼻先にあてた杖先がぼんやりと光り、イライザの顔を照らす。彼女がこうしてへたり込む直前に、エイミーと二人で顔だけを下から照らすという古典的な脅かしに使った魔法と同じだ。こんな子供騙しの仕掛けにさえ怯えるとは、相当オカルトに弱いらしい。照らされたイライザの顔はやはり恐怖に慄きながらも二人への怒りを顕にしている。そんな彼女にエイミーは小さな歩幅で彼女に一歩近づき、いつもなら見上げる彼女を見下ろして口を開いた。
まさか聞けるとは思っていなかったイライザの素直な言葉に、エイミーと柑菜は互いに顔を見合わせる。明日は嵐になりそうだと考えつつ、柑菜はふっと息を吐いた。計画は長く困難だったが、終わってしまえばこんなにも簡単だったとは。
先程とうってかわって、正反対の反応を見せるイライザと柑菜。柑菜は「なんだって?」と、信じられないと言いたげに口をあんぐりと開けるが、イライザの方は納得したように頷き、差し伸べられた手を取った。あれだけ揶揄われ、いじめられてきたというのに。お人好しというかなんというか。柑菜はエイミーの笑みを見て静かにため息をついた。しかしまぁ、丸く収まれば万々歳である。薄気味悪い場所だというのに和やかなムードに包まれ、異様な空間となってしまったが。
エイミーは何も返さなかった。というより、本の背表紙を眺めるのが楽しくて聞こえていないようだ。彼女にとってこの罰則は罰になっていないようである。だがそんな彼女でも、特定の人間の声ならば聞こえるらしい。
勢いよく振り向き、花が咲くように笑うエイミーを見て、フレデリックは彼女へと歩み寄った。イライザから困っているようだったと聞かされ、ずっと彼を避けていたエイミーだが。今は避ける理由など無いどころか、ずっと会いたがっていたのだから嬉しいのも当然である。
エイミーが漸く柑菜の存在を思い出したのか、彼女の方をチラと見遣る。今になって柑菜の目が気になりはじめたのか。柑菜はやってられないとばかりに両手を軽く上げると、エイミーの視界から外れるように本棚の向こう側へと移動した。
エイミーの代わりに声が出る。対してエイミー自身はというと、フレデリックの言葉が衝撃的すぎるようで口をパクパクと動かしたままフレデリックをじっと見上げていた。返答が無いのが不思議なのか、フレデリックは首を傾げる。
エイミーは頭を抱えくるりと後ろを向いた。その先で柑菜と目が合い、柑菜は気まずげに彼女らから目を逸らす。しかし、エイミーが何やら目で合図していることに気づき、柑菜は瞬時にその意味を汲み取った。
その合図がこの解釈で合っているのかは分からないが。心の中でそう付け足し、杖から縄を飛び出させる。縄は彼の手足をキツく縛り身動きを取れなくすると、エイミーはにっと笑って手を振りかざした。
フレデリックに渾身の平手打ちをかました後、エイミーは柑菜と共に廊下を歩きながらぐすぐすと鼻を鳴らしていた。怒りの後に悲しみがやって来てしまったようだ。あまりの衝撃に忘れかけている者も多いが、この恋は彼女にとって初恋である。無惨な結果に終わったのがよほど悔しく、そして悲しいのだろう。
忘れろと言われて忘れられるものでないことぐらい、恋愛に興味の無い柑菜も分かっている。とはいえ、彼女が伝えられる言葉はそれしかなかった。悟っていて大人びているとはいえ、彼女もまだ高校生だ。失恋への立ち向かい方など分かるはずも無い。
何を言っても無駄なようだ。後は時間に任せるしかあるまい。目の前の変わらぬ現実から逃げるかのごとく、柑菜はエイミーから目を逸らした。同時に、前方からベルタがこちらに向かって歩み寄って来るのに気づき、思わず顔を顰める。イライザへの悪戯の件でこってり絞られたばかり故、その反応は当然と言えるだろう。しかし、今に限っては彼女の登場は喜ばしいことだった。何故なら。
泣き顔は明るい笑顔に早変わりし、感激してベルタに抱きつく。ベルタは一瞬驚いたようだったが、すぐにだらしなく口角を上げると、行き場を無くした両手でエイミーの背を抱きしめようとした。が、その前に素早くエイミーはベルタから離れ、柑菜に抱きつきに行く。ベルタからの視線は怖いが、とりあえず友人が元気を取り戻したことに安堵し、エイミーの頭をポンと軽く撫でた。柑菜を見つめるベルタの視線がより一層厳しくなったのには、気づかないふりをした。
更新 2021/7/27 つづり