08.【Let's Play a Prank on...】

文字数 2,992文字

 高等部に上がって初めての短期休暇まで、残り一週間。一応補習にはどの教科も引っかからなかった柑菜は、次の授業が移動教室でないのをいいことに、廊下で吞気にスマホゲームをして暇つぶしをしていた。中等部時代から長らく遊んできているパズルRPGゲーム。ここ三日くらい詰まっていた難関ステージを漸く攻略できそう……なところで、彼女の意識は強引に別のほうへ向けられることとなる。

white-bird

柑菜ー!
 エイミーが廊下を全速力で走ってきたからだ。

white-bird

エイミー、どうした?
どうしたもこうしたもありませんわ!
興奮しているのかやけに声が大きいエイミーに腕を掴まれ、その衝撃で画面上に並ぶジェムが揺れる。――いや本当にどうした。何か問題でも起きたのか? エイミーの気迫に思わずそう勘ぐってしまう柑菜だったが、そんな彼女の耳元にエイミーはひそひそとこんなことを囁いた。

white-bird

見つけましたの、(イライザ)の弱点を。
 柑菜の赤い目が真剣なそれに変わる。

white-bird

――こないだのよりもいいやつだろうな?
えぇ、もちろん。しかも二つありますわよ?

 そして彼女は柑菜から教えろとも言われていないのに、簡潔にその『二つの弱点』を教えた。

 ……ほう、これは本当に特ネタの予感だ。無意識に柑菜の口元が悪い笑みを浮かべてしまう。

white-bird

……よくやった、エイミー。
 そう言いながら柑菜はエイミーにその意地悪い、いかにも悪戯したそうな笑顔を向ける。初めて見るルームメイト――悪友のその表情に、背筋に百足が這うような感触を覚えたエイミーだったが、つられてまた彼女も普段と違う、にやけに似た笑みを浮かべた。

white-bird

なら、あとは作戦あるのみですわね。
あぁ。放課後は変な寄り道なしで部屋に集合だ。
分かりました。

 人の多い廊下の片隅、意地悪な笑みを浮かべる二人に視線を向けるものはいない。

white-bird

……もしもし。
も、もしもし……?
夜分に失礼いたしますわ、ブレイン。少しお願いしたいことがありますの、今大丈夫かしら?
……うん、大丈夫。
ありがとうございますわ。それで、本題なのですけど……中高等部の敷地の北側に、長らく解体されていない旧校舎がありますわよね?
え? ……うん……。
第一学期の最後の登校日の夜に、イライザをそこに呼び出してくださります?
ちょっ、おい、正気か?! 旧校舎ってあの――。
えぇ、柑菜から教わりましたわ。あそこには、かつてこの学校に赴任していたとある教官の隠し研究室があって、亡くなった後にそこでやっていた研究がばれてほしくないがために、建物に入って来ようとする者を幽霊になってもなお排除しようとする……。あくまでそれは噂に過ぎず、実際には霊は一度も目撃されていないようですが。
すごいね、君は。――この間といい、イライザの弱点を訊いていたのはそういうことか。
ふふっ、光栄ですわ。――このことは内緒にしていてください、特にイライザには。そして、あなたはただ彼女を呼び出すだけです。それ以上のことはわたくし達が。
……君“達”? ――まさか。
ではブレイン、頼みますわよ。おやすみなさい。
ちょ、エイミー!?――――
 第一学期、登校最終日。A組の教室では、周囲からしたら信じられない光景が繰り広げられていた。

white-bird

イ、イライザ……。
 ブレインがイライザに自ら話しかけに行っていたのだ。

white-bird

う~ん? ……あぁ、誰かと思えばあんたか。なに、とうとう自らお仕事を求める気になったわけ?

white-bird

……流石に違う、けど…………。
じゃあ何? あたし忙しいんだけど。

white-bird

 他人に課題を丸投げしている分際で何を――なんて言葉は喉奥に突っかかって出てきてくれない。その代わりに彼は本題を切り出した。

white-bird

こ、今晩、話がしたい。
 イライザの眉が微かにピクリと動く。

white-bird

――チャットで? ならIDは――

white-bird

チャットじゃなく、て……会って二人きりで話がしたい。
……どこで?

white-bird

――旧校舎の近く。
ふーん、あそこか。

white-bird

 いわくつきの旧校舎近く……。一瞬それが引っ掛かったイライザだったが、すぐに楽観的な結論に至る。建物内に入らなければいいのだ、幽霊は建物に入ろうとしない限り出てこないのだし。そう考えた後は早かった。

white-bird

いいよ、あんたからの珍しい頼みだし、たまには聞いてやってもいいわよ?

white-bird

 無駄に上から目線な言葉に、なぜか勝ち誇ったような笑顔。思わずブレインの背筋は凍り付く。

 ――そしてその一部始終を、飛行理論の教科書を眺めるふりをしながら聞いていたエイミーは、柑菜に個人チャットで一言、こんな文言を送るのだった。

white-bird

第一関門、クリア
 その日の夜、消灯時間後。寮監の目をかいくぐって今だに明かりがまばらに点いている高等部女子寮の最上階、角部屋の窓がおもむろに開く。出てきたのは箒にまたがる柑菜とエイミーだ。黒いローブに隠れて見えにくいが、エイミーの腕は柑菜の腰に回されている。

white-bird

イライザ、ちゃんと来ているのかしら……。
あんたの報告と予測が正しければ来てるはずだけどね。
……これ以上わたくしの不安を煽るのはよしてくださります?
へいへい。
 へらへら笑いながら柑菜は高度を落とし、旧校舎から数メートルほど離れた生垣の近くに着地した。エイミーも箒から降りると、ローブの下から杖を取り出し、地面に一振りする。

white-bird

“偽りの霊よ、ここに出てきて”
 詠唱とともに、地面から少し浮いて不気味に光るオーブが現れる。が、彼女はそれを確認して深呼吸するとすぐ、それを消してしまった。どうやら今のはお試しで生成したものだったようだ。

white-bird

いけそう?
えぇ、バッチリ。

校内に点在する外灯に照らされたエイミーの顔は笑みを浮かべている。つられて柑菜も微笑んだ時、生け垣の向こう側に動きがあった。――イライザが現れたのだ。

white-bird

……呼んだ張本人がいないってどういうことよ。

white-bird

 ぶつぶつと文句を言いながら携帯を取り出すイライザ。彼女の視線が画面に向けられた、その瞬間。

 ――彼女の視界にスマホはなかった。というより、突然何も見えなくなったのだ。

white-bird

えっ……?

white-bird

 周囲は外のはずなのに、視界を黒い絵の具で塗りつぶしたみたく真っ暗。しかし狼狽える彼女の口がもう一度動く隙すら与えず、彼女の目の前に点々と光が現れる。――それは、空中に浮かぶ幾つもの不安定な青白い炎だった。

 傍から見れば一周回って幻想的な光景に見えたかもしれない。が、彼女にとっては違う。

white-bird

ひっ……!

white-bird

 ――本当にいたじゃない、教官の幽霊!! 声にならない悲鳴を上げ、彼女は一心不乱にオーブから逃げ始める。しかしその足は十数秒も経たずに何かに阻まれる。

white-bird

痛っ……!

white-bird

 バチンッと響く音。続いて少女の身体が崩れかけの石段に叩きつけられる音。……彼女は何かが弾かれる音に覚えがあったが、いつどこで聞いた音かまでは思い出せない。それよりも今の状態への恐怖心の方が勝っている。

white-bird

だ、誰か、たす――――

white-bird

 言い切る前に彼女の肩を誰かが掴む。

 ……どっちなんだ? 実態を持った教官の怨霊? いや、もしかしたら何かの間違いでブレインが――? 二つの予想が脳内でせめぎあう――どちらかといえば後者が優勢な――中、彼女は恐る恐る首を捻る。

 ……彼女の目に映るは、暗闇の中で目の前ほぼゼロ距離で浮かぶ、二つの口。

white-bird

いっ――いやあああああああああああああああああああああああ!!!!

white-bird

 かすかな期待を覆されたイライザの悲鳴が、深夜十一時のビクトリア魔法学校の敷地内に響き渡った。

white-bird

更新:白鳥美羽(2021/6/27)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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