04.【ドタバタはもはやお家芸】

文字数 2,672文字

 エイミーがあらぬ誤解を抱かれて散々な目に遭っていた、ちょうどその頃。柑菜はブツブツと日本語で独り言を言いながら、寮へと向かっていた。

white-bird

ワイヤートラップは使える……けど、その前後に何をぶち込めばいいかな……。それにさっき、エイミーのものを仕掛けるついでに本命も仕掛けちゃったから、もしかしたら二度目は警戒されるかも分からん……。無難どころは視界を遮ってからの、だけど……う〜む。

 額に手を当てて考え込む柑菜を、周りの生徒達は見て見ぬふりをする。だがかえってその状況が、柑菜にとっては邪魔者のいない、いかにも思考を巡らせやすい環境を作り出していたので、当人はさほど気にも留めていなかった。

 やがて考えがぐるぐる回り始めた彼女は、額から手を離し、ふと空を見上げる。空が紺色になりきる瀬戸際、柑菜がなんとなく好きな空模様。

white-bird

……帰るか。

 三角帽子を目深に被り、柑菜は寮への足を速めるのだった。



 エイミーが部屋に帰ってきたのは、柑菜の帰宅から三十分ほど経った頃だった。

white-bird

おー、帰ってきたか。一応脱出は出来ただ……ろ……?

柑菜……貴女のせいで酷い目に遭いましたわ。

 俯きながらフラフラとこちらに来るエイミーの周りから、何やら不穏なオーラが湧いてきている。……やらかしたな、と内心思いつつ、柑菜は平然を装って切り返しを図った。

white-bird

まぁ……そういうこともあるって。

罠を仕掛けた犯人に間違えられ、ワイヤーで一時間も廊下に吊るされるという醜態を晒してしまったことも?

うん、結構あるある。

しかもよりにもよってイライザに……!

……それは災難だったなとしか。

せめて解き方を教えてくださればこんなことには〜……。

 しょげたエイミーはジャージ姿のまま、ソファからクッションを持ってくるなり、それを抱きかかえてベッドに腰掛ける。どうも柑菜が思っていた以上に不幸なアクシデントが重なったらしい。

 ……と最初は思ったが、クッションに頬を寄せるエイミーの頬が若干赤らんでる辺り、悪いことと良いことの比率はどっこいどっこいのようだ。忙しいやつだなぁと頭の片隅で本心を文字起こししつつ、柑菜は再び机に戻る。


 やりかけの課題ノートの上に置いたスマホの画面ではメモ帳アプリが開かれており、そこには日本語で大雑把な計画書が書かれていた。柑菜は打ちかけのそれを、数段の改行の後に英語に翻訳して同じものを打つ。やや英作文の言い回しが単純なのはご愛敬だ。

white-bird

エイミー、ちょっと聞きたいことが……。

 翻訳を終え、ベッドの方を見る柑菜だったが……。

white-bird

…………寝てる。

 エイミーはクッションを抱きかかえたまま、すやすやと寝てしまっているのだった。


white-bird

柑菜ー! 朝ですわよー!

 エイミーの声でまたいつも通りの朝が始まる。が、今朝は少しだけ危機的状況だった。

white-bird

……今何時だよ……。

起床時刻丁度ですわよ!

あっそう、じゃあ寝…………はぁ⁉︎

 素っ頓狂な声を上げながらバッと起き上がる柑菜。思わずサイドテーブルに放り投げっぱなしのスマホの画面を点けるが、間違いない、確かに起床時刻きっかりだ。ここ二ヶ月ほど、叩き起こされるのは決まって起床時刻よりもかなり早い時間帯だった為に、柑菜の頭の中は一気に混乱し始めた。そしてエイミーの方をなんとなしに見上げ、気付く。

white-bird

……エイミー、髪。

はい?

ツインテールが歪んでる。

……ええっ⁉︎

 方や寝起き、方や髪のセットミス。刻一刻と時間が迫る中、二人は慌ただしく朝の支度を始めた。

white-bird

そういえば柑菜。

 さぁそろそろ部屋を出ようかという所で、エイミーはドアノブに手をかけながら、まだ髪のセットが終わっていない柑菜の方を振り向く。

white-bird

何だ。

昨日、フレデリックが貴女に用があると仰ってましたよ。

は? あいつが? 何で?

さぁ? そこまでは聞いてませんが。

は〜、めんどくせえ……。

 イライラしているせいか、姿見で見ながら編んでいるはずの三つ編みはかなり粗く雑だ。それでも何とか支度が出来た柑菜は、鞄を掴み、エイミーの後に続いて部屋を出るのだった。


white-bird

やぁ、カンナ・ミカミ。あの時以来じゃないかい?

white-bird

 フレデリック・グールドが姿を現したのは昼休みのカフェテリア、テラス席。エイミーと柑菜の二人で、教科室に質問をしに行ったレイラを待っている最中のことだ。

 前触れなく近くから聞こえたフレデリックの声に、エイミーは瞳を輝かせ、そして対照的に柑菜は嫌そうな表情を浮かべる。フレデリックの視界に入ったのは柑菜の方だったようで、オリーブ色の瞳が少し悲しそうに伏せられた。

white-bird

おいおい、そんな表情しないでくれよ。

white-bird

あたしに何のようです?

冷たいなぁ。なに、簡単な話だよ。日本の魔法史の資料、もし持っていたら貸してくれないかい?

white-bird

……魔法史の資料? しかも日本のを?

そ。アジアの魔法史についてのレポートを書くために必要なんだ。韓国や中国は他の子から借りられたんだけど、日本の方はなかなか資料が見つからなくてね。

white-bird

あぁ、だからあたしに。

そうそう。

white-bird

 ……そういう本は、寮の部屋にあるにはある。日本語でしか書かれていないけれど。

 どうしようかと少し悩んだ柑菜だったが、出した答えは単純だった。

white-bird

持ってはいるけど貸さない。

 その返答で、この場の空気が若干悪くなったのは言うまでもない。フレデリックが理由を訊く余地も与えず、柑菜はこう続けた。

white-bird

あの本は日本語でしか書かれてないし、もし機械翻訳に文章を打ち込んでも、正しい意味で出てくる保証は何処にもないから。

 それに日本の魔法は、他の国のそれとは少し違う……とまでは流石に言えず、無難な所で理由を話すのを止めた柑菜だったが、対するフレデリックの表情はやや不服そうだ。しかも何故か、テーブルを挟んで向かいに座るエイミーの表情も不服そうである。フレデリックはともかくエイミーが機嫌を損ねる理由が、柑菜には咄嗟に思い付かなかった。

white-bird

……それは残念だね。

white-bird

 フレデリックはため息をつくとそう言い、一歩身を引いてこう続ける。

white-bird

じゃあ、俺はこれで失礼するよ。またね、イタズラクイーンとおてんばプリンセス。

white-bird

 ひらひらと手を振りながら颯爽と立ち去るフレデリックをうっとりと見送るエイミーと、とっとと立ち去れと言わんばかりに知らんぷりを決め込む柑菜。

 その後、オリーブ色の髪が建物の陰に消えたそのタイミングを見計らったかのようにレイラが二人の元に来たことで、またいつも通りの昼休みが始まった。

 ……なお、レイラがことの一部始終と、またもや柑菜目当てらしいブレインを目撃していたことは、二人には知る由もない。

white-bird

更新:白鳥美羽(2021/04/10)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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