04.【ドタバタはもはやお家芸】
文字数 2,672文字
ワイヤートラップは使える……けど、その前後に何をぶち込めばいいかな……。それにさっき、エイミーのものを仕掛けるついでに本命も仕掛けちゃったから、もしかしたら二度目は警戒されるかも分からん……。無難どころは視界を遮ってからの、だけど……う〜む。
額に手を当てて考え込む柑菜を、周りの生徒達は見て見ぬふりをする。だがかえってその状況が、柑菜にとっては邪魔者のいない、いかにも思考を巡らせやすい環境を作り出していたので、当人はさほど気にも留めていなかった。
やがて考えがぐるぐる回り始めた彼女は、額から手を離し、ふと空を見上げる。空が紺色になりきる瀬戸際、柑菜がなんとなく好きな空模様。
……帰るか。
おー、帰ってきたか。一応脱出は出来ただ……ろ……?
柑菜……貴女のせいで酷い目に遭いましたわ。
まぁ……そういうこともあるって。
罠を仕掛けた犯人に間違えられ、ワイヤーで一時間も廊下に吊るされるという醜態を晒してしまったことも?
うん、結構あるある。
しかもよりにもよってイライザに……!
……それは災難だったなとしか。
せめて解き方を教えてくださればこんなことには〜……。
しょげたエイミーはジャージ姿のまま、ソファからクッションを持ってくるなり、それを抱きかかえてベッドに腰掛ける。どうも柑菜が思っていた以上に不幸なアクシデントが重なったらしい。
……と最初は思ったが、クッションに頬を寄せるエイミーの頬が若干赤らんでる辺り、悪いことと良いことの比率はどっこいどっこいのようだ。忙しいやつだなぁと頭の片隅で本心を文字起こししつつ、柑菜は再び机に戻る。
やりかけの課題ノートの上に置いたスマホの画面ではメモ帳アプリが開かれており、そこには日本語で大雑把な計画書が書かれていた。柑菜は打ちかけのそれを、数段の改行の後に英語に翻訳して同じものを打つ。やや英作文の言い回しが単純なのはご愛敬だ。
エイミー、ちょっと聞きたいことが……。
…………寝てる。
柑菜ー! 朝ですわよー!
……今何時だよ……。
起床時刻丁度ですわよ!
あっそう、じゃあ寝…………はぁ⁉︎
素っ頓狂な声を上げながらバッと起き上がる柑菜。思わずサイドテーブルに放り投げっぱなしのスマホの画面を点けるが、間違いない、確かに起床時刻きっかりだ。ここ二ヶ月ほど、叩き起こされるのは決まって起床時刻よりもかなり早い時間帯だった為に、柑菜の頭の中は一気に混乱し始めた。そしてエイミーの方をなんとなしに見上げ、気付く。
……エイミー、髪。
ツインテールが歪んでる。
そういえば柑菜。
昨日、フレデリックが貴女に用があると仰ってましたよ。
は? あいつが? 何で?
さぁ? そこまでは聞いてませんが。
は〜、めんどくせえ……。
やぁ、カンナ・ミカミ。あの時以来じゃないかい?
フレデリック・グールドが姿を現したのは昼休みのカフェテリア、テラス席。エイミーと柑菜の二人で、教科室に質問をしに行ったレイラを待っている最中のことだ。
前触れなく近くから聞こえたフレデリックの声に、エイミーは瞳を輝かせ、そして対照的に柑菜は嫌そうな表情を浮かべる。フレデリックの視界に入ったのは柑菜の方だったようで、オリーブ色の瞳が少し悲しそうに伏せられた。
おいおい、そんな表情しないでくれよ。
あたしに何のようです?
冷たいなぁ。なに、簡単な話だよ。日本の魔法史の資料、もし持っていたら貸してくれないかい?
……魔法史の資料? しかも日本のを?
そ。アジアの魔法史についてのレポートを書くために必要なんだ。韓国や中国は他の子から借りられたんだけど、日本の方はなかなか資料が見つからなくてね。
あぁ、だからあたしに。
持ってはいるけど貸さない。
あの本は日本語でしか書かれてないし、もし機械翻訳に文章を打ち込んでも、正しい意味で出てくる保証は何処にもないから。
それに日本の魔法は、他の国のそれとは少し違う……とまでは流石に言えず、無難な所で理由を話すのを止めた柑菜だったが、対するフレデリックの表情はやや不服そうだ。しかも何故か、テーブルを挟んで向かいに座るエイミーの表情も不服そうである。フレデリックはともかくエイミーが機嫌を損ねる理由が、柑菜には咄嗟に思い付かなかった。
……それは残念だね。
じゃあ、俺はこれで失礼するよ。またね、イタズラクイーンとおてんばプリンセス。
ひらひらと手を振りながら颯爽と立ち去るフレデリックをうっとりと見送るエイミーと、とっとと立ち去れと言わんばかりに知らんぷりを決め込む柑菜。
その後、オリーブ色の髪が建物の陰に消えたそのタイミングを見計らったかのようにレイラが二人の元に来たことで、またいつも通りの昼休みが始まった。
……なお、レイラがことの一部始終と、またもや柑菜目当てらしいブレインを目撃していたことは、二人には知る由もない。