02.【いきづらさ】

文字数 2,094文字

   長野県某所。辺りは一面の田園風景という、The田舎を体現したようなその場所で、三上柑菜(みかみカンナ)は彼女の母……真弓の運転する車に揺られていた。

white-bird

やっぱり、東京港からだとアクセスが悪いわね。

   運転席の真弓はそう言うなり苦笑する。東京から長野へは、特急電車を使っても数時間かかってしまうが、魔法使いという立場上、公共交通機関の利用は推奨されていないために、国内の移動は車でせざるを得なかった。しかも年末年始の帰省ラッシュと重なってしまい、昼頃に港を出たはずなのに、気付けば日が暮れてしまっていた。

white-bird

ねぇ柑菜。向こうではどう?

……どうって?

先生や同級生とは、仲良くやれてる?

   その問いに、助手席に座る柑菜は黙りこくってしまった。思えば長野の魔法学校 初等部時代からそうだったが、今までまともに先生や同級生とうまくやれた試しがない……というか、そんなことなど考えたこともなかった。一人の方が気楽だったのだ。学籍をおく国が変わった今でも、彼女のその意識は変わっていない。

white-bird

……ゆっくりでいいのよ。柑菜のペースで馴染んでいけばいいの。

   何かを察したらしい真弓のその言葉と殆ど間を開けずに、今度は柑菜が口を開いた。

white-bird

なぁ、母さん。

なぁに?

……魔法使いについてどう思う?

魔法使いについて?う〜ん、そうねぇ……。

   考え込む真弓の代わりに、今までダッシュボードの上で丸まって寝ていた黒猫……母の使い魔の小夜(さよ)が、起きてくるなり柑菜の膝の上に飛び込んできた。よしよしと撫でていると、ようやく真弓が口を開く。

white-bird

世間的には異端者かも……というか実際そうだけれど、嫌ではないかしらね。

どうして?

普通の人には出来ないことが出来るって、素晴らしいことだと思うの。

   その言葉とほぼ同時に、車は二階建ての一軒家の駐車場に入っていった。家の表札は[小鳥遊(たかなし)]。真弓の実家にして、柑菜の帰省先だ。


   車のドアを開けた途端、体の芯から凍らされそうな冷気が襲い、柑菜は身震いした。持ち運びに便利な、軽さをウリにした黒いダウンコートを持ち出してきたはいいものの、やはり中央高地の寒さには敵わない。

white-bird

メルボルンは今真夏でしょう?季節真逆だし、この帰省中に風邪ひかないようにしないとね。

   ベージュのニット姿の母に家の中へ招き入れられ、柑菜は暖房のさほど効いていない家の中へ足を踏み入れた。

   家族三人仕様の居間はガランとしていた。古いダイニングテーブルを挟んで、母子二人が向かい合って座る。型が古めの石油ファンヒーターのスイッチを押した真弓が、こう切り出した。

white-bird

さっき、魔法使いについてどう思うのか、訊いてきたわよね。あなたはどう思ってるの?

……あたしは……。

   暫く口ごもってしまう柑菜だったが、すっかり日焼けした手をギュッと握りしめると、吐き捨てるようにこう続けた。

white-bird

クソッタレだと思ってる。

   その言葉に真弓はさほど驚かず、そのまま娘の二の句を待つ。

white-bird

畏れられて虐げられて、住む場所も学校も自由に決められない。一般市民の前で魔法を使ったら顰蹙(ひんしゅく)を買う。……昔も今も、何も変わってねえじゃんか。

   日本では今もなお、魔法使いに対する差別は残っている。これでも数十年前と比べたらマシになった方らしいのだが、今だに住居・進学・就職・結婚・出産において、魔法使いの置かれている現実は、一般市民のそれとは程遠い。今目の前で黙って話を聞いている真弓もまた、その当事者だったものだから、柑菜の脳内はみるみるうちに怒りと失望で満たされていった。だが彼女はそれをなんとか抑えて、対照的に静かな声でこうも言った。

white-bird

でも、父さんと母さんを責めるつもりはない。あたしを望んで、産んでくれたことには感謝してる。……葉月のことも。

   柑菜は魔法使いと普通の人間のハーフ。四つ下に妹もいるが、妹の方は魔力無しの普通の人間。二人は昔から仲が良かったが、互いの都合もあってここ数年、姉妹の再会は果たせていない。

white-bird

そう……ありがとう。

   真弓は穏やかな表情を1ミリも動かさずにそう言うと、娘の白い三つ編みに身を乗り出しながら手を伸ばし、優しく撫でながらこう続けた。

white-bird

柑菜には、辛い思いばかりさせてきてしまったわね。魔力のことも見た目のことも……、私が気づくのが遅すぎた。もっと早く気付けていたら……。

だから、母さん達は悪くないってば。

   "悪いのは全部あいつだから"……その言葉は流石に飲み込んだ。

white-bird

ありがとう。……暫くゆっくりしていきなさい。魔法の練習にも付き合ってあげる。

   そう言って微笑む真弓を見つめる柑菜の表情は、哀しげだった。そして、テーブルの上に置いた柑菜の端末に、ビクトリア魔法学校から一通のメールが届いた。

white-bird

入寮生の皆様へ

   来年度から寮の部屋の割り当てが変更となります。つきましてはオーストラリアに戻り次第、部屋移動の準備を開始して下さい。なお、新規部屋割り決めと一斉部屋移動は、1月21日を予定しています。遅くとも1月20日には帰国していること。

以上

更新:白鳥 美羽(2019/08/28)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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