07.【複雑なワケ】

文字数 6,003文字

 初めての短期休暇が十日後に迫っていた。故に、エイミーはこれまでに無いほどの焦りを見せていた。飛行術の補習に向けた飛行知識の予習に、じきに始まるであろうテレポート講習の資料集め。そして、柑菜から頼まれているイライザの弱点探し。他にも授業のレポートなど、タスクは一杯である。彼女はそんな数多いタスクの中から最優先事項であるレポートを唸りつつ纏めながら、イライザ・コールマンを注視していた。

tsuduri

さっきから何を唸ってんだよ?
隣で携帯電話のソーシャルゲームに勤しんでいたブレインが、携帯電話を机にコトリと置き、ため息まじりに問う。隣で延々と唸られていれば、集中できないのも無理は無いだろう。

tsuduri

あら、うるさくして申し訳ありません。
別にいいけどさ。なんか気になるだろ。
大したことはありませんけれど、少々やらなければならない事が込み合っておりまして。そのせいですわ。
ふぅん、忙しいってことか。

特に面白い答えが返って来なかったからなのか、はたまた自分では助けにならないと踏んだのか。ブレインは納得はしたものの、興味なさげにまたゲームに没頭しはじめた。それを見てエイミーは、ある事に気づく。

tsuduri

あらブレイン。いつの間に携帯を変えましたの?

ブレインの携帯電話が変わっていたのだ。カバーだけを変えたのかと思いきや、カバーだけでなく大きさも変わっていたのでエイミーも気づいたのだろう。指摘された彼は「いや」と首を横に振り、液晶をエイミーに向ける。

tsuduri

これ、俺のじゃなくてイライザの。
あら、イライザの……?それをどうしてブレインが?
このゲームのミッションがどうしてもクリア出来ないから代わりにやれって。

ブレインがイライザの使いパシリであることは、クラスでも周知の事実であった。勿論エイミーも知っている為、購買へおつかいに行かされたり、課題をさせられたりと散々な扱いを受けているのを見る度に、一人止めに入っていたのだが。

tsuduri

彼女、そんなことまで貴方に頼みますのね。どうして彼女の頼みを聞きますの?

どれだけ止めに入っても、イライザはブレインの扱いを変えようとはしなかった。そこまで頑ななイライザも疑問だったが、エイミーにとって一番理解できなかったのは、彼女の頼みを毎回甘んじて受け入れてしまうブレインである。ずっと疑問に思っていたことだったが、エイミーは遂にそれを改めて聞いてみた。しかし、ブレインの反応は鈍かった。「まぁ、中等部の時に色々あって」と言うだけで他には口を割ろうとしない。

tsuduri

そういえばブレインとイライザは、初等部からの仲でしたわね。
それだけ長くクラスメイトをしていれば、ブレインの言うように何かがあったのだろう。あまり聞かれたくないようなので、深くは聞かないことにした。その代わりにとエイミーはブレインの耳元に顔を近づけ、タスクの一つとなっていた事を聞き出す。

tsuduri

イライザの嫌いな物や、苦手な物を知りませんこと?

ずっと話半分に聞き逃していた彼も、エイミーのその質問でようやく真剣に受け答えする気になったらしい。ブレインは今まででずっとイライザに従っていたが、勿論何度も反撃したいとも思っていた。しかし、それと同時に反撃する術が思いつかなかった。弱点らしい弱点を知らなかったからだ。そして真剣に考えようともしていなかった。この時初めてブレインはイライザの弱点が無いか記憶を辿り始めたのだが。彼女が絡む記憶は、同時に自身がイジメられている記憶でもある為、苦々しいものしか思い出されない。先程のエイミーのようにブレインも唸りながら、どうにか何かを捻り出そうとした。そして漸く一つ思い出したのが。

tsuduri

前に休みの日に街中でばったり会ってさ。疲れたからホットドッグを買って来いって言われて。買って渡したら。チリが入ってて、辛い物は嫌いなんだ覚えとけって滅茶苦茶怒られたのを覚えてるな……。
辛いもの!?
って言っても、人よりちょっと辛いものが苦手ってレベルだと思うけどな。
その程度だと弱点としては少し弱いが、何も無いよりはマシだ。エイミーはその情報を即座に頭にインプットする。この辛いものをベースにして、計画を練られるだろうか。顎に手をあて考える。柑菜を納得させられる計画を作れるかどうかはわからないが、早く作らなくては。

tsuduri

とにかく良い情報をありがとう、ブレイン。とても役に立ちそうですわ。
何をする気か知らないけど、あいつをあんまり怒らせるなよ。俺みたいになるぞ。
そこはまぁ、気をつけますわ。

苦笑い気味に答える。恨まれる可能性はあるが、それでもエイミーは上機嫌だった。イライザをようやくぎゃふんと言わせられるかもしれないのだ。嬉しさ余ってブレインの手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振る。

tsuduri

借りができてしまいましたわね!ブレインも困ったことがればいつでもおっしゃってください。

突然手を握られたブレインは、戸惑っていたが。女子からここまで普通の友達のように接してもらったせいか、彼の胸に嬉しさが静かに込み上げてきた。女子どころか男子の友達も少ないからか、ブレインとしては尚の事嬉しいようだ。

tsuduri

じゃあ連絡先を交換しよう。それで貸し借り無しだ。
あら、そんなことでよろしいんですの?でも、喜んで。

初めて電話帳に入った女子の連絡先。恋い慕う柑菜でない事は悔やまれるが、それでもよかった。嬉しそうに携帯電話をポケットに仕舞うブレインを見て、微笑むエイミー。その時、彼女の縦巻きのツインテールが後ろから突然クッと引っ張られ、その痛みと驚きでエイミーは勢い良く背後を見遣った。

tsuduri

痛っ!もう、誰ですの!?

エイミーが嫌がるような事をする人間は、このクラスで一人しか居ない。エイミーのツインテールを掴んだまま、睨むように見つめてくるイライザを見て、エイミーはむっと顔を顰めた。

tsuduri

離してくださる?

だが、イライザはその手を離そうとはしない。それどころか得意げに口角を上げ「そういえば、あんたってフレディの連絡先知らなかったよね」等と神経を逆撫でするようなことを宣う始末だ。エイミーもこれには動揺して言葉を詰まらせる。

tsuduri

あたしの課題をやってくれたら教えてあげてもいいけど。

tsuduri

……連絡先くらい、自分で聞きますわ。

全くその取り引きに心が揺れ動かなかったと言えば嘘になるが、エイミーのその意思は固かった。気持ちを他人によって本人に伝えられたことが、彼女には相当堪えたようだ。だが、そんな意思とは裏腹に、イライザはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

tsuduri

知り合ってから今までチャンスあっても聞けてないのに?ほんとにいいわけ?

tsuduri

構いません!よろしくて?他人に頼って手に入れた愛など本物の愛ではありませんわ。貴女はそこのところをあまり分かっていないようですけれど。

つんとそっぽを向き、イライザの取り引きを跳ね除ける。まだ食い下がるかと思われたが、意外にもそれはなかった。代わりに、思いもよらない反応が返ってくる。

tsuduri

……分かってるわよ。

tsuduri

弱々しい彼女の声に、エイミーは耳を疑った。イライザはいつでも自信満々で勝ち気な人間の筈。なのに、そんな弱気な声が返ってくるとは。この時から、エイミーはイライザが何か重大な事を隠しているのではないかと心のどこかで思い始めるようになっていた。

tsuduri

そんなの一番あたしが分かってるっての。

tsuduri

ブレインは彼女の小さな声に気づいていないようだ。イライザも、エイミー達に聞こえているとは思っていないらしい。聞かれたくない言葉なのだとしたら、今この言葉を指摘するのはイライザにとってある程度のダメージになるだろう。だが、エイミーは指摘しなかった。心の中に仕舞っておけば、いずれこの言葉が彼女にとって大きな花を咲かせるかもしれないという予感がしたからだ。今摘んでしまうのは勿体無いということだが、その選択は後に正解だったということが分かる。故にエイミーは、何も聞かなかったフリをして、この話を終わらせることにした。

tsuduri

次は移動教室でしてよ。貴女も早くご準備なさったら?それではブレイン、色々教えてくださりありがとうございました。
そんなに助けにはなってないと思うけどな。
いえ、思っていたよりも……。いい収穫でしたわ。

今は取り敢えず、ブレインから貰った情報で充分だ。思わずニヤける口元を抑え、イライザに顔を向ける。イライザの方もエイミーを睨んでいたせいか、二人の間に火花が散っていたのを、ブレインは見逃さなかった。

tsuduri

 初めての短期休暇が一週間後に迫っていた。故に、エイミーはこれまでに無いほどの焦りを見せていた。飛行術の補習に向けた飛行知識の予習や、じきに始まるであろうテレポート講習の資料集めについては、もはや考えている余裕もない程だ。問題は、一生懸命イライザの嫌いな辛い物を使って考えた悪戯が、柑菜によって一刀両断された事である。辛い物という弱点には”それをいかに怪しまれずに食べさせるか”という逸らし難い問題があったのだ。大まかな計画は出来たものの、まだまだ穴は大きい。他にも授業のレポートなど、タスクは一杯で。彼女はそんな数多いタスクの中から最優先事項である二日後に提出予定のレポートを唸りつつ纏めながら、今日もまたイライザを注視していた。

 そんな彼女にまたもや彼が話しかける。

tsuduri

なぁ、エイミー。ちょっと時間ある?

連絡先を交換してから、よく話すようになったエイミーとブレイン。普段は他愛もない世間話ばかりだが、今日は違った。少し小声気味の彼に、首を傾げる。内緒話だろうか、と自然に彼の顔へ耳を寄せると、その瞬間エイミーにとてつもない悪寒が走った。何か刺さる視線のようなものも感じた為、辺りを見渡すが。特にこちらを見ている者がいる訳ではない。不思議に思いつつ、ブレインの言葉に耳を傾ける。


tsuduri

他に一個思い出したんだ。イライザの嫌いな物。
勿論エイミーが食いつかない訳がなかった。

tsuduri

本当に!?

ソヨンと向かい合ってレポートを進めていた彼女だったが、ブレインの知らせによって気持ちは完全にそちらへと持って行かれてしまったようだ。エイミーはソヨンにすぐ戻ると告げて、ブレインと共に廊下へ出る。その最中も悪寒のようなものは感じていたが、興奮する彼女には大した問題ではなかった。テンションを抑えきれぬまま、意気揚々とブレインに問いかける。

tsuduri

それで、なんですの!?
目を輝かせる彼女に、ブレインは得意げにニッと笑った。その表情が珍しくて一瞬目を見開いたエイミーだったが、ブレインからの知らせを聞き、彼女は更に驚く。

tsuduri

あぁ……。彼女、オカルトが苦手なんだ。結構信じてるらしくて、昔皆で心霊映像を見てた時に本気でキレて怯えてた。
まぁ……!
怯える。普段のイライザからは想像できないが、わざわざ思い出してすぐにエイミーに直接伝えたぐらいなのだから、かなりの自信はあるのだろう。

tsuduri

多分辛い物よりは確実に嫌いだと思う。今も怯えるほど嫌いなのかは分かんないけど……。うーん、なんか心配になってきた。

やはり自信は無いようだ。

tsuduri

いえ!それはいい情報ですわ、ありがとうブレイン!辛い物よりはきっと扱いやすい筈……。

早速頭の中で計画を練りながらぶつぶつ「ああでもないこうでもない」と呟くエイミーに、ブレインは不思議そうに首を傾げる。一体イライザの弱点を掴んで何をするつもりなのか。それが知りたいのだろう。しかしこれは柑菜と約束したトップシークレット。エイミーはブレインに探られる前に、誤魔化すように彼の両手を取った。

tsuduri

とにかく、また教えてくれてありがとうございます、ブレイン!
あ、あぁ。それで君は彼女に何を……。
誤魔化しも虚しく、ブレインがそう問いかける。エイミーはもっと押し切らねばと考えたが、その必要は無かった。ブレインがいきなり壁に激突したからだ。彼が突然おかしくなって自ら激突したわけではない。それには勿論、他者からの攻撃が関係していた。

tsuduri

あー、ごめん。あんた無駄にでかいから。通れなくって。

tsuduri

またしてもイライザ。その人である。教室で友達と駄弁っていた彼女が廊下に出てきて、彼にわざとぶつかったようである。慌ててブレインの目の前にしゃがみ込むエイミー。

tsuduri

お怪我はありませんか?
あぁ、そんなに痛くはなかったから大丈夫。
イライザの言うとおり体が大きいだけのことはある。割と鈍い音はしていたが、無傷なようだ。しかし、何故わざわざ廊下に出てぶつかりに来たのか。エイミーはその疑問と共にイライザを睨み上げた。

tsuduri

もう、イライザ。どうしてそんなにブレインにつっかかりますの?彼が何か貴女の気に触ることでもしまして?
あったとしてもあんたには関係ないでしょ。

tsuduri

ありますわ。友人が傷つけられているのに、黙って見過ごすわけにいきませんもの。

先日のように、二人の間に火花が散る。これはもはや日常茶飯事と言っても過言はないだろう。

tsuduri

へぇ、お優しい友達だね。どんなに言われたってあたしはやめないけど。

tsuduri

そんな事をしていては、いつか大切なものを無くしましてよ。
へぇ〜、こわーい。何が無くなるっての?

tsuduri

例えば、あなたがブレインを苛めているのをあなたの好きな人が見たら、どう思うかしら?

余裕綽々に答えるか、動揺するかと思っていたエイミーだったが、睨むでもなく笑うでもなく、ただ黙ったまま表情でブレインを見つめるイライザに、エイミーはどこか違和感を覚えた。そして先程の悪寒が蘇ってくる。そこでエイミーは先程の悪寒の正体がイライザの視線であることに気づいた。しかし、その視線にどこか違和感が拭えない。目の前のいけ好かないクラスメイトを見つめつつ、頭の中でぐるぐると考える。

tsuduri

……さぁね。どうせアイツ、あたしのことなんて既に嫌いだし。

tsuduri

考えている間にも、イライザは吐き捨てるようにそう言って踵を返した。彼女のこの態度の訳が喉まで出かかってはいるのだが。脳自身が答えを出せていないせいか、ハッキリと言語化出来ない。

tsuduri

はぁ……。もう行っていい?あたし急ぐから。

tsuduri

エイミーがそれを捻り出そうとする間にも、イライザは遠ざかっていく。とても大事な何かを得られそうなのに。逸る気持ちはあったものの、焦れば焦るほど見つからない。しかし──。

tsuduri

あっ……。

廊下の角を曲がるところでイライザがこちらをチラリと振り返る。そしてブレインの顔を見て眉を顰めたところで。漸く脳のシナプスが全て繋がった。悪寒がする程刺さるイライザの視線の意味。ブレインやエイミー、それだけでなく新入りの女子生徒を苛める意味。これなら全て説明がつくかもしれない。

tsuduri

……と。それで話は戻るけど、エイミーはイライザに何を……。
す、すみませんブレイン!お話は後ほど!

一人ぽかんとするブレインを置いて、エイミーは衝動的に走り出す。これは一大ニュースだ。D組へ向かいながら、口元が綻ぶ。この弱点”二つ”使えば、イライザをぎゃふんと言わせることができるかもしれない。

tsuduri

柑菜ー!




更新 2021/6/6 つづり

tsuduri

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
※これは制限参加コラボです。参加ユーザーが制限されます。作品主が指定した方しか参加できません。参加希望の場合は、作品主の方にご相談ください。

※参加ユーザーの方が書き込むにはログインが必要です。ログイン後にセリフを投稿できます。

登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

※アイコンは随時追加

ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

※アイコンは随時追加

レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

※アイコンは随時追加

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色