07.【複雑なワケ】
文字数 6,003文字
特に面白い答えが返って来なかったからなのか、はたまた自分では助けにならないと踏んだのか。ブレインは納得はしたものの、興味なさげにまたゲームに没頭しはじめた。それを見てエイミーは、ある事に気づく。
ブレインの携帯電話が変わっていたのだ。カバーだけを変えたのかと思いきや、カバーだけでなく大きさも変わっていたのでエイミーも気づいたのだろう。指摘された彼は「いや」と首を横に振り、液晶をエイミーに向ける。
ブレインがイライザの使いパシリであることは、クラスでも周知の事実であった。勿論エイミーも知っている為、購買へおつかいに行かされたり、課題をさせられたりと散々な扱いを受けているのを見る度に、一人止めに入っていたのだが。
どれだけ止めに入っても、イライザはブレインの扱いを変えようとはしなかった。そこまで頑ななイライザも疑問だったが、エイミーにとって一番理解できなかったのは、彼女の頼みを毎回甘んじて受け入れてしまうブレインである。ずっと疑問に思っていたことだったが、エイミーは遂にそれを改めて聞いてみた。しかし、ブレインの反応は鈍かった。「まぁ、中等部の時に色々あって」と言うだけで他には口を割ろうとしない。
ずっと話半分に聞き逃していた彼も、エイミーのその質問でようやく真剣に受け答えする気になったらしい。ブレインは今まででずっとイライザに従っていたが、勿論何度も反撃したいとも思っていた。しかし、それと同時に反撃する術が思いつかなかった。弱点らしい弱点を知らなかったからだ。そして真剣に考えようともしていなかった。この時初めてブレインはイライザの弱点が無いか記憶を辿り始めたのだが。彼女が絡む記憶は、同時に自身がイジメられている記憶でもある為、苦々しいものしか思い出されない。先程のエイミーのようにブレインも唸りながら、どうにか何かを捻り出そうとした。そして漸く一つ思い出したのが。
苦笑い気味に答える。恨まれる可能性はあるが、それでもエイミーは上機嫌だった。イライザをようやくぎゃふんと言わせられるかもしれないのだ。嬉しさ余ってブレインの手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振る。
突然手を握られたブレインは、戸惑っていたが。女子からここまで普通の友達のように接してもらったせいか、彼の胸に嬉しさが静かに込み上げてきた。女子どころか男子の友達も少ないからか、ブレインとしては尚の事嬉しいようだ。
初めて電話帳に入った女子の連絡先。恋い慕う柑菜でない事は悔やまれるが、それでもよかった。嬉しそうに携帯電話をポケットに仕舞うブレインを見て、微笑むエイミー。その時、彼女の縦巻きのツインテールが後ろから突然クッと引っ張られ、その痛みと驚きでエイミーは勢い良く背後を見遣った。
だが、イライザはその手を離そうとはしない。それどころか得意げに口角を上げ「そういえば、あんたってフレディの連絡先知らなかったよね」等と神経を逆撫でするようなことを宣う始末だ。エイミーもこれには動揺して言葉を詰まらせる。
全くその取り引きに心が揺れ動かなかったと言えば嘘になるが、エイミーのその意思は固かった。気持ちを他人によって本人に伝えられたことが、彼女には相当堪えたようだ。だが、そんな意思とは裏腹に、イライザはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
弱々しい彼女の声に、エイミーは耳を疑った。イライザはいつでも自信満々で勝ち気な人間の筈。なのに、そんな弱気な声が返ってくるとは。この時から、エイミーはイライザが何か重大な事を隠しているのではないかと心のどこかで思い始めるようになっていた。
今は取り敢えず、ブレインから貰った情報で充分だ。思わずニヤける口元を抑え、イライザに顔を向ける。イライザの方もエイミーを睨んでいたせいか、二人の間に火花が散っていたのを、ブレインは見逃さなかった。
初めての短期休暇が一週間後に迫っていた。故に、エイミーはこれまでに無いほどの焦りを見せていた。飛行術の補習に向けた飛行知識の予習や、じきに始まるであろうテレポート講習の資料集めについては、もはや考えている余裕もない程だ。問題は、一生懸命イライザの嫌いな辛い物を使って考えた悪戯が、柑菜によって一刀両断された事である。辛い物という弱点には”それをいかに怪しまれずに食べさせるか”という逸らし難い問題があったのだ。大まかな計画は出来たものの、まだまだ穴は大きい。他にも授業のレポートなど、タスクは一杯で。彼女はそんな数多いタスクの中から最優先事項である二日後に提出予定のレポートを唸りつつ纏めながら、今日もまたイライザを注視していた。
そんな彼女にまたもや彼が話しかける。
連絡先を交換してから、よく話すようになったエイミーとブレイン。普段は他愛もない世間話ばかりだが、今日は違った。少し小声気味の彼に、首を傾げる。内緒話だろうか、と自然に彼の顔へ耳を寄せると、その瞬間エイミーにとてつもない悪寒が走った。何か刺さる視線のようなものも感じた為、辺りを見渡すが。特にこちらを見ている者がいる訳ではない。不思議に思いつつ、ブレインの言葉に耳を傾ける。
ソヨンと向かい合ってレポートを進めていた彼女だったが、ブレインの知らせによって気持ちは完全にそちらへと持って行かれてしまったようだ。エイミーはソヨンにすぐ戻ると告げて、ブレインと共に廊下へ出る。その最中も悪寒のようなものは感じていたが、興奮する彼女には大した問題ではなかった。テンションを抑えきれぬまま、意気揚々とブレインに問いかける。
早速頭の中で計画を練りながらぶつぶつ「ああでもないこうでもない」と呟くエイミーに、ブレインは不思議そうに首を傾げる。一体イライザの弱点を掴んで何をするつもりなのか。それが知りたいのだろう。しかしこれは柑菜と約束したトップシークレット。エイミーはブレインに探られる前に、誤魔化すように彼の両手を取った。
余裕綽々に答えるか、動揺するかと思っていたエイミーだったが、睨むでもなく笑うでもなく、ただ黙ったまま表情でブレインを見つめるイライザに、エイミーはどこか違和感を覚えた。そして先程の悪寒が蘇ってくる。そこでエイミーは先程の悪寒の正体がイライザの視線であることに気づいた。しかし、その視線にどこか違和感が拭えない。目の前のいけ好かないクラスメイトを見つめつつ、頭の中でぐるぐると考える。
廊下の角を曲がるところでイライザがこちらをチラリと振り返る。そしてブレインの顔を見て眉を顰めたところで。漸く脳のシナプスが全て繋がった。悪寒がする程刺さるイライザの視線の意味。ブレインやエイミー、それだけでなく新入りの女子生徒を苛める意味。これなら全て説明がつくかもしれない。
一人ぽかんとするブレインを置いて、エイミーは衝動的に走り出す。これは一大ニュースだ。D組へ向かいながら、口元が綻ぶ。この弱点”二つ”使えば、イライザをぎゃふんと言わせることができるかもしれない。