05.【怒り】

文字数 4,779文字

魔法使いには八十八の守護星座があります。皆さんもよく知っていますね。

tsuduri

 天文術の授業を退屈がる生徒は多い。天文術は謎が多く不確かな部分が多いからだそうだが。更に人間界で言う天文学的要素も含まれる為、不確かな情報も混じっている癖にやたらと難しいのだ。そういう印象が生徒達にある為に、天文術の授業に関しては、天文術クラスの生徒でも無い限り不真面目な生徒がどの年、どの学年でも多かった。しかし、今日は違うようである。

tsuduri

”愚か者”達は……。おっと、これは差別的な表現でしたね。十年前までは皆普通に言っていたんだけど……。コホン。普通の人間達の十二星座占いとは違って、八十八守護星座はほぼ正確と言えるでしょう。これは単に八十八通りの性格や守護があるという話では無いからです。皆さんが入学時に受けた魔法属性や、皆さんの魔力が星座の力と共鳴して──。

tsuduri

 魔法属性。夏休みの間に中等部までの授業知識を詰め込んでいたエイミーは、教科書に書かれていたことを思い出しながら天文術教官の話と照らし合わし、教科書の図解を眺めていた。

 魔法使いにはそれぞれ魔法属性というものがある。火、水、風、土、闇、光の六つだ。これは魔法学校入学時に魔法政府からの承認を得て診断されるのだが、エイミーは魔法政府が現在準備中ということで四月に診断を延ばされている為、彼女は今、自身がなんの属性なのか等知らず。それどころか周りの人間がなんの属性を持っているのかも知らなかった。

 魔法使いがそれぞれ持つ魔法属性六種と八十八の守護星座は、魔法の特性に大きく関わると言われており。更に八十八の守護星座は一つだけとは限らず、最大で三つ付いている人間もいるというのだから、それを鑑みても、その特性は属性と守護星座だけでも何万通りになるだろう。十二の星座と四つの血液型で決められる特性とは比べ物にならないということだ。だから正確であり、百パーセントとも言えないので不確かでもあるのだった。

tsuduri

エイミー、守護星座の裏性格って知ってる?

tsuduri

一人真面目に授業を聞いていたエイミーに、隣に座るソヨンがこそりと話しかける。

tsuduri

いいえ、教科書に書いてある事しか存じ上げませんわ。

エイミーが小声でそう返すと、ソヨンは楽しげにニマッと笑った。楽しそうなのはソヨンだけではない。八十八星座の話は、人間界で言う血液型の話題のように、ティーンエイジャーにとっていつでもホットな話題なのだ。いつもは天文術の授業で退屈そうな生徒達の目の色が変わったのも、そういうわけなのである。

tsuduri

例えばへびつかい座だったら冷静沈着、みたいな性格の特徴があるでしょ?でも、実はへびつかい座ってストーカー気質の人が多いんだって。それが裏性格。ま、後付けの情報だから教科書に載ってる特質よりは不正確だけど、結構当たってると思うんだ。

tsuduri

なるほど……。
ちなみに水瓶座は陰キャが多くて、うさぎ座は……。

tsuduri

ト・ソヨン。説明を聞いていますか?

tsuduri

教官からのお叱りが入り、ソヨンは「あっ、すみませーん」と茶目っ気たっぷりに謝り前を向く。ソヨンの言葉の続きも気になったが、エイミーは取り敢えず一旦忘れて教官の説明を聞くことにした。

tsuduri

四月には守護星座の診断があるのですから真面目に聞いて、最近流行っている裏性格などを鵜呑みにしないよう。いいですね?

tsuduri

教官の注意にも関わらず、生徒達の談笑は密かに続いた。皆一様にクラスメイト達の守護星座の予想をしているらしい。ブレインは水瓶座に違いない等の言葉がエイミーの耳にも入る。教官も気づいて入るようだが、もはや注意しようともしない。すると、エイミーのノートの端にソヨンが何かを書き始めた。読んでみると”エイミーってうお座っぽいよね”とのこと。しかし八十八もの星座の特性を流石に覚えていられるほど記憶力は良くない為、エイミーにはよく分からなかった。

tsuduri

当日は魔法政府の担当職員様方がいらっしゃいます。属性診断の時と流れは同じになります。エイミー・ツムシュテーク。貴女はその日に属性診断を一緒にしますから、そのつもりでいて下さいね。

tsuduri

は、はい……。

少し緊張気味に答える。だが、緊張と共に期待感もあった。今まで分からなかった自身の属性や守護星座が分かるのだ。当然のことだろう。こうしていつもと違い熱気に溢れる天文術の授業は、けたたむしい就業のベルの音と共に終わるのだった。


──────────



 賑やかなランチタイム。早めに昼食を終わらせたエイミー、柑菜、レイラの三人は、レイラが持ってきていたドーナツを頬張りながら中庭の花壇のベンチに腰掛け、いつものように談笑していた。辺りでは同じようにランチタイムを終えた生徒達が楽しげに笑いながら行き交っている。それを横目に見ながらエイミーは、天文術の後ずっと気になっていた話題を二人に振ることにした。

tsuduri

柑菜の属性は何ですの?
魔法属性のことか?それならあたしは闇だな。
そうだったんだ、珍しいねぇ〜。
闇属性と光属性の魔法使いは少ない。百人魔法使いが居れば、二、三人居るか居ないかの珍しさなのだ。エイミーはそんな珍しい属性を持つ柑菜をキラキラとした目で見つめる。大方、ロマンでも感じているのだろう。柑菜は、エイミーの反応に顔を引きつらせながらぽつりと口を開いた。

tsuduri

同学年で同じ闇属性は見た事ないな。光も見た事ないし。
確か、魔法使いは自分の持つ属性の司る魔法が得意になるんでしたわね。闇は……攻撃系。
そうそう。光は治癒ね〜。ちなみにわたしの情報によると〜、ベルタ教授は風で、アル教官は火なんだって〜。
まぁ、アル教官が火?意外ですわ……。水か風のような印象がありましたので。
ああいう冷静沈着そうな人ほど、意外と熱いもの秘めてるってのがあるのかもね〜。
それに比べてベルタ教授は予想通りだな。
全くその通りですわね……。
魔法属性は魔法使いの性格にも影響する為、その人のイメージ通りなことの方が殆どなのだ。それ故、マイペースでどこか掴めないミステリアスなベルタが風属性なのは、なんらおかしなことではないのだが。あまりにも属性にぴったりすぎで、三人は苦笑いした。

tsuduri

エイミーはなんだろ〜。光っぽいけど、流石にこの三人の中で二人も珍しい属性ってのは考えづらいもんね〜。
火かもな。
ロマンチストだもんね〜。
それより柑菜。さっきから何をしていますの?
話をしている中で、エイミーは全くこちらに顔を向けないどころか、ずっとスマートフォンを見つめている柑菜に気づいた。それが気になったエイミーが彼女に問いかけると、柑菜はやっとエイミーらに顔を向けて「まぁちょっと」と呟いた後に間を開けて答える。

tsuduri

イライザを嵌める計画をな。
またですの?はぁ……。最近ずっとこの調子ですの。きっとまたいたずらでも考えているんですわ。
エイミーはいたずらに興味ないの〜?
そうですわね……。あまり。

イライザをギャフンと言わせたいのにはエイミーも同意だが。わざわざいたずら考えて実行する程ではない。以前柑菜に仕返しは落ち着いて頭を使ってやれと助言を貰ってから、その通りに仕返しをするようにしていた為、そこまでストレスも溜まっていないのだ。しかし、イライザに対するエイミーの心境は、レイラの言葉によって少しずつ、そして最終的に大きく変わる。

tsuduri

そういえばイライザといえば……。なんか変な話聞いたんだよね〜。
変な話?
エイミーが上級生のフレデリック・グールドの事を好きだって話を周りに言いふらしてるらしくて〜。

その言葉にエイミーは目を大きく見開くと、思わず立ち上がった。何故イライザがそんな事を言いふらしているのか。そもそも、どうしてエイミーがフレデリックを好いているのを知っているのか。エイミーの脳内は謎ばかりだ。

tsuduri

どうしてイライザがその事を……!?

頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、柑菜が額に汗しながらすかさず答える。


tsuduri

いや、分かるだろ。グールドが居る時のあんたの反応見てたら。
そんな……。わたくし、そんなに分かりやすいかしら……。
あぁ、だいぶ。
だよね〜。

打ちひしがれ、今度はその場にへたり込む。そんな彼女に追い打ちをかけるように、レイラは言いづらそうに口ごもりつつ、更に衝撃的な情報を口にした。

tsuduri

それだけならまだいいんだけど、フレデリック本人にも言ったって話を聞いたんだけど〜……。
ほ、本人にも……!?そんな、どうしてっ!?

両手で顔を覆い、肘で膝を抱えるエイミー。レイラも人伝に聞いたことなので定かではないが、今まで持ってきた情報の精度を考えると、かなり信憑性が高いのも事実。だからこそエイミーは打ちひしがれているのだ。顔を真っ赤にして俯いていると、そんなエイミーの元に彼女を悩ませる張本人が姿を現した。

tsuduri

そりゃあ、あんたの恋を応援してやる為に決まってるじゃん?

tsuduri

い、イライザ!?
話の衝撃と、当の本人が現れたことで声が出ず、口をぱくぱくと開けるエイミー。彼女は暫し驚いていたようだったが、徐々に我に返り始めると、絞り出すように声をあげた。

tsuduri

貴女、なんて事を……っ!

怒り心頭で震えるエイミーを、イライザは意地の悪い笑みを浮かべながら見下ろす。そんな彼女とエイミーの間に立ちはだかり、柑菜は腕を組んでイライザを軽く睨んだ。

tsuduri

あんたが人の恋愛を応援してやるなんて。珍しいことでもあるんだな。
何それ、皮肉?あたしだってクラスメイトの恋を応援することだってあるし。

tsuduri

仲良しってわけでもないエイミーの恋を?
鼻で笑う柑菜に対して、全く意にも介さない様子だ。それほど彼女は自身の行為に絶対的な自信があるのだろう。胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、チャットの画面を開いて柑菜らに向ける。

tsuduri

元カノとしてはちょっと複雑だけど……。今は付き合ってないんだからフレディの気持ちにどうこう言うこともできないしね。

tsuduri

元恋人ですって!?
あれぇ〜、言ってなかったっけ?あたし去年フレディと付き合ってんだよ。

tsuduri

エイミーは驚愕で言葉を失い、呆然とイライザを見上げた。そこで思い至る。エイミーは今漸く、自身がフレデリックについて何も知らないことに気づいたのだ。好きな気持ちはある筈なのに、目の前の憎い女よりも好きな相手の事を知らない。それはエイミーにとって、とても屈辱的な事であった。そこを分かっているのか、イライザはフフンと笑いながら、立ちはだかる柑菜を押し退けてエイミーの目の前にしゃがみ込み、耳元で口を開く。

tsuduri

知ってる?彼の好きな下着の色。

tsuduri

絶望するエイミーには、イライザの言葉が言葉では無く殆ど音として聞こえた。好きな下着の色など知らない。それどころかどんな食べ物が好きかさえも知らない。時が止まったように動かないエイミーを尻目にイライザは立ち上がると、薄ら笑いを浮かべたまま去って行く。去り際に彼女が言った「彼、ちょっと困ってたよ」という言葉には、思わず柑菜も食ってかかりそうになったが。エイミーに腕を捕まれ言葉を飲み込んだ。

tsuduri

エイミー、大丈夫?
心配そうにエイミーの元にしゃがみこむレイラ。柑菜もおずおずとエイミーに手を差し伸べる。流石に泣いてしまったか、そう思った二人だったが。エイミーが見せた反応は二人にとってとても意外なものだった。

tsuduri

……せんわ。
……へ?
絶対に……。絶対絶対絶対に!許しませんわ!!イライザー!!
勢い良く立ち上がるエイミーに、レイラの方が驚いてその場に尻餅をつく。その気迫には柑菜も驚くほどで。吃りながら「お、おい……」と声をかけると。エイミーはバッと噛み付いてきそうな勢いで振り向き、柑菜の肩を力強く掴んだ。

tsuduri

嵌めますわよ!
は……?
あの、にっくき女狐イライザの鼻っ柱をへし折ってやりますの!!
そ、それってつまり……?
わたくしも、いたずらに協力しますわ!!

そして今日は、いたずら女王様といたずらお嬢様が本格的にコンビになった記念日となったのだった。

tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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