08.【Starry holiday〈前編〉】
文字数 3,023文字
エイミー・ツムシュテークと三上柑菜が、ルームメイトとして出逢ってから数日。着々と日付は進み、デジタルの目覚まし時計が示す曜日は土曜日になった。新学期が始まってから初めての休日だ。
今の時刻は午前5時半。洗面台には、ヘアアイロン片手にツインテールの毛先を縦巻きに整える、エイミーの姿があった。今日という日をかなり楽しみにしていたようで、鏡に映る彼女の顔は既に笑顔を浮かべている。既に着替えも済んでいて、フレア袖の半袖ブラウスに深緑の膝丈サーキュラースカート、短めのフリル付き白ソックスに黒のエナメル靴を合わせている。皆、彼女のお気に入りの品だ。
対して同室である柑菜は今、ベッドで爆睡している。残念なことに彼女は朝に弱い。大抵は寮指定の起床時刻きっかりだが、天気が悪かったり冬場だと少々寝坊する。新学期2日目にエイミーが起床時刻前に彼女を叩き起こして、朝っぱらから機嫌を悪くさせたのは双方の記憶に新しいことだが、エイミーは懲りない。髪のセッティングがバッチリ決まると、ヘアアイロンを片付けるなり柑菜の眠るベッドに駆け寄り、
と、柑菜の体を揺さぶりながら隣室の住人の迷惑も顧みずに大声で叫ぶ。柑菜は夢見悪そうに掛け布団に包まり、「うぅ……」と小さく呻く。もしかしたら本当に悪夢を見ているのかもしれないのに、エイミーはしつこく起こしにかかる。最初の頃にあれだけ怒られたのに全くもって反省していない。
……今何時だよ……。
ええっと……あ、ちょうど6時回りましたわ!
分かった、寝る。
どうしてですの⁈
眠い。
無理。
ひどいわ……。
おやすみ。
二度寝はさせませんわよ!柑菜を無理矢理にでも起こしてさしあげますわ!
やめろ、あたしは寝るぞ。
エイミーの謎の責任感というか何というか……、とにかく彼女の気は全く済んでなかったようで、その後20分ほどに渡って、睡眠を巡る2人の攻防戦は続いた。部屋割りが新しくなってからの、半ば日常になりつつある光景だった。
午前6時半。先に折れたのは柑菜だった。強引に起こされたために、ベッドの上で身を起こして正座してるだけなのにまだフラフラである。
柑菜ったらどうしてそんなに朝に弱いんですの?
……何でこっち見てるんだよ。
やることがないんですもの。
だからって他人の裸見るのかよ……。レニと戯れてればいいじゃないか。
……その手がありましたわね。
パン、と手を叩いたエイミーはそう言うと、既に起きて机の上で待機していたレニを掌に乗せ、そのままソファに腰掛けるとすぐに戯れ始めた。エイミーの視線と興味が彼女の使い魔にそれたのを確認した柑菜は、前止めタイプの寝巻きに手をかける。
やがて、肩に太めのリボンが付いた紫色のオープンショルダー・カットソーに黒のスカーチョ、黒のくるぶしソックス姿になった柑菜は、ローファーの横に出しておいた黒いスニーカーを履く。それとほぼ同時に、机の上に設置された専用ベッドに埋もれて眠っていた椿が眼を覚ました。
おはよう、椿。
あら、椿も起きましたの?
今さっきな。……今から髪結んでくるからさ、エイミー達の方、行くか?
大丈夫、無理ならここで待ってればいいから。ゆっくり慣れていけばいい。
いつだかの母の言葉を拝借し、相変わらず怖がりで人見知りな椿を撫でると、柑菜はそのまま鏡の方へ向かう。手には白い輪のヘアゴムとブラシを持ちながら。
机の上に一匹残されてしまった椿は、警戒しながらもエイミー達の方を見ていた。それに気付いたエイミーがちょいちょいと手招くと、椿は恐る恐るソファの方へと足を運び、机の端スレスレの所からソファへピョンっと飛び移る。
いらっしゃい、椿。
エイミーが微笑みながら優しく椿の毛並みを撫でると、一瞬びっくりさえしたが椿は大人しく撫でられていた。実は、新学期3日目には椿は既にエイミーには懐いていたのだ。どうやらエイミーは動物に好かれるタイプらしい。
しかし、エイミーの膝の上にいたレニが椿の方へ近づくと、途端に彼女は怯え始め、遂にはエイミーの手を離れて、ソファの隅で小さくなってしまった。
あら……まだレニには慣れないのかしら。
レニのつぶらな瞳は、ビビって丸まっている椿をずっと捉えていたが、やがて今すぐ打ち解けるのは無理だと悟ったのか、残念そうに触角を下げながらエイミーの膝の上に戻ってしまった。まだまだこの二匹が打ち解けるのには時間がかかりそうだ。
お待たせ。
柑菜って、あまりそれ以外の髪型にしないんですのね。
まぁ、そうだな。……今の時期は髪下ろすと暑いしさ。
ツインテールとかにはしないんですの?
ツインテールは似合わなさすぎるから却下。……寝坊した日はポニーテールになるけど。
そうなんですの⁉︎
"是非とも見てみたいですわ"と思い切り食いつくエイミーに、若干引き気味な柑菜。だが髪をセットし直す気はないらしく、柑菜のポニーテール姿は「またいつか」ということになった。
時間は飛んで、午前10時。2人は既に自室を出て、敷地外のバス停へと向かっていた。
楽しみですわ〜。
と、スキップし始めそうなくらいにテンションの高いエイミーの横で、ツバが切りっぱなしの麦わら帽子を被った柑菜は、早速暑さに項垂れていた。肩から落ちかけていた黒いショルダーバッグの紐を肩にかけ直すと、横で子供みたくはしゃぐエイミーにボソッと吐き捨てる。
あんた……元気だな……。
だって楽しみなんですもの!ご友人と一緒に街へ遊びに行くなんて初めてで……!
だからってはしゃぎ過ぎだろ……まだバス乗ってないぞ?
逆にどうしてそんなにテンション低いんですの?
バテてるだけだ。帽子もかぶらずによく居られるよ、この暑さの中。
……人多いな。
バス停には長蛇の列が出来ていた。どうやら学期初めのビクトリア生が考えることは大概一緒らしい。
そんな状況下で幸いにもバスに乗れた2人は、人の缶詰状態と化したバスに揺られながら、やがてメルボルンの市街地へ辿り着いた。
さぁ、楽しみましょう!
ちょっ、待てって!