03.【88星座のお導き】

文字数 2,751文字

 第二学期も始まって数日たったある日の夜。柑菜は天文術の教科書を机の上に開いて、とあるページを眺めていた。八十八の星座の図とラテン語名、そして各星座から読み取れる性格や性質が、見開き四ページにまたがって載っている。

 明日はいよいよ、待ちに待った星座診断の日。当日に自分の性質やらなんやらをパッと把握したいがために、彼女はこうした行動を起こしたのだ。しかし、開始から僅か五分。

white-bird

……飽きた。
 集中力があっさりと切れてしまった。今の今まで息を止めていたとでも言わんばかりに大きなため息をつくと、そのまま背もたれにもたれて天井を仰ぐ。暗記しろと言われているのかと問われたら決してそういうわけではない。ただどれもいまいちピンとこないのだ。

white-bird

守護星座、ねぇ……。
 魔法使いには少なくとも一つは必ず付くとされえる守護星座。魔法の属性と共に自身の魔力特性などを知る手がかりとなるものであり、ものによってはその魔法使いの進路を決めると言ってしまっても過言ではない。だからこそ、みんな――特に思春期真っただ中のティーンエイジャーは――知りたがるのだ。自分が何者なのかを知るために。柑菜もまた、そんな若者の一人だった。

white-bird

柑菜、どうかしましたか? そんなに大きなため息を吐くなんて。
 言葉になりきらない呻き声のようなものを発する柑菜の顔をエイミーが覗き込む。なぜか左手にグラスを二つ重ねた状態で持っている彼女は、机の上にある教科書を一瞥するなり、何かを察したのか柑菜をソファの方へと手招いた。

white-bird

珍しいですわね、柑菜があんなに唸るのは。
そうか? テスト前は大体ああだろ。
テストも何もない時期にそうなっているのが、ですわ。
あ~……そういうことか。
 柑菜が苦笑しながらエイミーの横に腰掛けると、徐にグラスを片方渡された。素直に受け取ると次に取り出されたのは彼女の杖。一体何をするつもりなのか。キョトンとした顔をする柑菜の目の前で、エイミーは杖先をこつんと柑菜のグラスの縁に当てた。刹那ゆっくりと注がれたのは、綺麗に透き通った水。グラスの八分目で水を止めると、エイミーは一瞬だけ誇らしげなドヤ顔を見せる。そして自分のグラスにも水を注ぎながらこんなことを言い始めた。

white-bird

あまり考えすぎずいきましょうよ。明日になれば嫌でも分かるのですし。
もしかして察した?
まぁ、色々。ただ、柑菜はこういうことにあまり興味を表に出さないと勝手に思っていたので、びっくりはしましたが。
あたしのことなんだと思ってたのよあんた……。
ふふ、失礼いたしました。でもきっと、自分の守護星座を気にならない人の方が少ないですわよね。
 グラスの八分目で揺れる水面を見ながら、エイミーはぼそりとそんな言葉を零す。それを見た柑菜は水を一口飲むと、グラスをテーブルに置いた。

white-bird

あたしさ、ああいう診断の前って必ず予想を立てるのよ。
予想……自分の属性とか、星座とか?
そうそう。属性診断の時はまだ目星はある程度つけられたんだけど、今回はどうもね。そもそもの母数も多けりゃ複数選択も可能ときたら、当たり前なんだけどさ。
因みにその予想は的中しましたの?
的中したよ。闇属性ドンピシャ。
まぁ、それは凄い!
いやいや、別にそこまで凄くはないよ。案外ああいうのって、自分の過去を振り返ってみればヒントが隠されているものなのよ。性格とか、行儀のよさとか。だから――

 エイミーの属性は多分――と言いかけて、やめた。自分ならまだしも他人を勝手に分析するのはいかがなものなのか。確かに柑菜から見たエイミーの第一印象は、典型的なお嬢様だった。それに違わず今でも言葉使いは丁寧だし、振る舞いも優雅で上品。柑菜の頭の中で、候補は一つしか浮かばなかった。寧ろそれ以外に何が当てはまるんだと言いたくなるくらい、彼女の頭の中で結論ははっきりしていた。

 別に柑菜自身はそういった魔法属性に関する研究の権威でもなければ、そういった分野を専攻しているわけでもない。でもそんなぺーぺーが持つ必要最低限の知識を以てしても、(魔法属性に限った話だろうが)どういうわけだか知らないが「察し」はついてしまうのだ。そしてそれはおおよそ当たるという恐ろしさ。過去の経験からそれが分かっていた彼女は、咄嗟にこう切り返した。

white-bird

――案外あんたの頭の中では既に予想出来てるかもな。
私の属性が? ……どう、でしょう……。
 両手でグラスを持ちながらエイミーは天井を見上げた。かなり真剣に考えているようで、時折小首をかしげては小さく「う~ん」と唸っている。柑菜は再び水に口をつけてエイミーの動向を暫し見守っていたが、彼女のグラスの水が無くなりかける頃――それなりに長く悩んでいたようだ――に、エイミーは突然グラスをテーブルに置いて立ち上がった。そして柑菜の方に向き直ると、満面の笑みでこんなことを言い始めた。

white-bird

出来ましたわ、私の属性が何なのかの予想!
お、だいぶ時間かかったな。
お待たせしました。
で、その予想は訊いてもいいやつか?
いいえ、訊かれても敢えてここでは言いませんわ。明日までは心の中に留めておきます。
そうかい。まぁ、その方が楽しいもんな。
分かってらっしゃる。あ、それと……。
 ここまで話して、ふと思い出したようにグラスの水を半分まで飲んだエイミーは、再びグラスを置くなり、口を開く。

white-bird

星座の方は、予想なしで挑んでみるのもアリなのではないですか?
……と、言いますと?
発想の転換ですよ。柑菜はどちらかと言うと、自分の属性や星座を“診断を通して決めてもらう”というスタンスでしょう? それを変えてみるのです。
 消灯時間までまだ時間はあるとはいえ、既に夜も遅い。普段のエイミーならそろそろ眠気を覚え始める時間帯だ。けれど彼女は、不思議と元気そうだった。頭の中でどんどん組み立てられていく自分の考えを、早く目の前のルームメイトに話したくてたまらないらしい。

white-bird

私たちの属性や星座は、決められているわけじゃない。決められて……いえ、選ばれているのは私たちなのです。その属性、その星座に、“私たちは診断という名の儀式を通して選ばれる”のだと。そう思ってみるのはどうでしょう?
……選ばれる、か……。
そうです! 私たちは星座や属性に選ばれ、そして導かれる。そう考えてみたら凄く面白いでしょう? それにとてもロマンティック……!

 テンションが上がったらしく、頬に手を添えてうっとりし始めるエイミー。ロマンチストなルームメイトのそんな行動を見て、不思議と柑菜の口元に笑みが浮かぶ。どこか焦りと不安で荒んでいた柑菜の心は、いつの間にか凪いでいた。

 明日は診断日だ。二人が果たして何者なのか、手がかりを掴む日。そしてそれ即ち、二人の人生の導き手が分かる日――。

white-bird

更新:白鳥美羽(2022/4/1)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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