02.【駆け引き】

文字数 2,097文字

 ……さて、どうしたものか。

 校庭の片隅にある飛行科教員の詰所……ならぬ飛行科研究室。部屋の中央のローテーブルを挟んで向かい合うアリーチェ・ビアンキとヴァレリオ・モレッティは、テーブルに目を落とすなり、二人揃ってため息をついた。

 テーブル上に積み上げられていたのは、高等部一年A組の生徒たちの飛行テストの結果票。成績トップの生徒を一番下に、成績が良い順に重ねられたそれらの一番上……D−の評価を付けられているのは、他の誰でもない、エイミー・ツムシュテークだ。

white-bird

……どうしてこうなる。

それはこっちのセリフよ。

……いや、こうなるのは薄々俺も察してはいたさ。

え?

察してはいたが此処まで酷いとは思わないだろう⁉︎ 高度は上げられなくたって別に構わない、せめて箒の制御くらいは出来るようになっていると……信じてたんだがなぁ……。

 情けない声をあげながら、ヴァレリオはがくりと項垂れる。その時だった。

 書類の山の上に、先程までは無かったはずの赤白斜めストライプの箱が置いてあることに、二人が気付いたのは。

 そしてそれに対して二人が反応するよりも早く、箱が勢いよく開き、ふざけた顔のマスコットが、ヴァレリオの顔面へと爆速ストレートで飛んできたのは。

white-bird

大・成・功……!

white-bird

 プラスチック製のふざけ顔マスコットを顔面キャッチして悶絶するヴァレリオを尻目に、入口の方から聞き覚えのある声が聞こえて来る。するとアリーチェは振り向きざまに杖を振るい、叫んだ。

white-bird

……十中八九、アンタの仕業ね!

 ドアの向こうの人間を壁に叩きつけるが如く勢いよく開いた研究室のドアの先には、案の定と言うべきか、アリーチェの想像通りの人物がいた。

white-bird

カンナ・ミカミ!

 杖を向けられた白髪の女生徒……柑菜は、この一連の流れが滑稽だったらしく、心底楽しそうにケラケラと笑い始める。

white-bird

これしきで怒らないでくださいよ〜、アリーチェ教官。あれがウサギグモの精巧なレプリカじゃなくてびっくり箱だっただけでもマシだと思ってくださいな。

……いいえ、私は怒ってないわ。私は……私はこのイタズラ自体には怒ってない。…………けれどタイミングってものがあるでしょう⁉︎

大丈夫だってば、Ms.ビアンキ。こんなの可愛いもんだよ。書類も俺の顔も無事だし……。

アンタは黙ってて!

 仲裁に入ろうとしたものの上司に無慈悲にも切り捨てられたヴァレリオはしぶしぶ、一旦ドアから覗きかけたその顔を再び室内へと引っ込める。それを見ていた柑菜は、ふと思い出したかのようにこんなことを言い始めた。

white-bird

そういえばモレ先生。今回のあたしの飛行実技の成績がC+以上だったら、さっきくらいのちょっとしたイタズラなら成績評価に影響させないって話。あれ結局どうなったんですか?

 その発言にアリーチェの体の動きが一瞬止まる。そしてゆっくりとヴァレリオの方を向いたその顔は……もはや怒りすら通り越した、なんとも不気味な笑顔を称えていた。

white-bird

……ま、待って待って待って。

ヴァ〜レ〜リ〜オ〜〜〜⁈⁈

待って! 待ってくれよ! これにはそれなりに深いわけが……!

 ヴァレリオに説得の余地すら与えず、アリーチェの猛攻は続いた。

 ……ドンマイ、モレ先生。柑菜は心の中でフィンガー・クロスをすると、二人の意識がこちらから逸れてるのをいいことに、しれっと研究室前から逃げ去るのだった。


 柑菜が先程持ち出したイタズラ黙認の話は、半分本当の話だ。遡ること数週間、三月の初めに柑菜がヴァレリオから呼び出しをくらっていた日に、彼の方から持ちかけて来たのだ。

 ただ、その時の発言はこうだった。

white-bird

"君が次の飛行術テストでC+以上の成績を取る、かつ君のルームメイトの飛行術にある程度の向上が見られたら、今後は多少のイタズラは見逃してあげよう。"

white-bird

 正直な所、柑菜としてはその提案はかなり奇妙なものに思えた。だが冷静になって考えてみて、ヴァレリオの真意を見透かすと、存外なんてことないことだということに気付いたのだ。

 C+以上の成績なんて、柑菜も中等部時代には当たり前のように取ってきていた。それなりに飛べればC+の評定なんて簡単に取れる。

 しかしあの、ピンキリの中のキリの更に端を行くレベルで飛行出来ないエイミーの技能を、ある程度であっても向上させることは飛行科教師陣もお手上げだった。彼の発言はそんな、教師が本来やるべきことを一生徒に丸投げするようなものだ。そして恐らく彼は、この提案を柑菜が呑むと思っていない。

 ならば返事は一つ。

white-bird

その話、乗ります。

white-bird

 ちょうどエイミーに共同訓練の話をつけていたタイミングなのもあったが、もしこれで万が一にでもエイミーが飛行術方面の才能を開花させたとしたら、なかなかに面白い話になる。柑菜はそんな、言ってしまえば面白半分のノリで、その話に乗ってしまったのだ。

 ……その結果はもはや語るまでもない。

white-bird

さーてと……次は何しよっかなぁ〜。

 日本語でそう呟きながら、柑菜は上機嫌で寮へと向かう。

 彼女の黒いマントと白い三つ編み、そして三つ編みのゴムにつけられた金の星が、気まぐれな風に吹かれ、靡いた。

white-bird

更新:白鳥 美羽(2021/02/08)

white-bird

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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