02.【駆け引き】
文字数 2,097文字
……さて、どうしたものか。
校庭の片隅にある飛行科教員の詰所……ならぬ飛行科研究室。部屋の中央のローテーブルを挟んで向かい合うアリーチェ・ビアンキとヴァレリオ・モレッティは、テーブルに目を落とすなり、二人揃ってため息をついた。
テーブル上に積み上げられていたのは、高等部一年A組の生徒たちの飛行テストの結果票。成績トップの生徒を一番下に、成績が良い順に重ねられたそれらの一番上……D−の評価を付けられているのは、他の誰でもない、エイミー・ツムシュテークだ。
……どうしてこうなる。
それはこっちのセリフよ。
……いや、こうなるのは薄々俺も察してはいたさ。
察してはいたが此処まで酷いとは思わないだろう⁉︎ 高度は上げられなくたって別に構わない、せめて箒の制御くらいは出来るようになっていると……信じてたんだがなぁ……。
情けない声をあげながら、ヴァレリオはがくりと項垂れる。その時だった。
書類の山の上に、先程までは無かったはずの赤白斜めストライプの箱が置いてあることに、二人が気付いたのは。
そしてそれに対して二人が反応するよりも早く、箱が勢いよく開き、ふざけた顔のマスコットが、ヴァレリオの顔面へと爆速ストレートで飛んできたのは。
大・成・功……!
……十中八九、アンタの仕業ね!
カンナ・ミカミ!
これしきで怒らないでくださいよ〜、アリーチェ教官。あれがウサギグモの精巧なレプリカじゃなくてびっくり箱だっただけでもマシだと思ってくださいな。
……いいえ、私は怒ってないわ。私は……私はこのイタズラ自体には怒ってない。…………けれどタイミングってものがあるでしょう⁉︎
大丈夫だってば、Ms.ビアンキ。こんなの可愛いもんだよ。書類も俺の顔も無事だし……。
アンタは黙ってて!
仲裁に入ろうとしたものの上司に無慈悲にも切り捨てられたヴァレリオはしぶしぶ、一旦ドアから覗きかけたその顔を再び室内へと引っ込める。それを見ていた柑菜は、ふと思い出したかのようにこんなことを言い始めた。
そういえばモレ先生。今回のあたしの飛行実技の成績がC+以上だったら、さっきくらいのちょっとしたイタズラなら成績評価に影響させないって話。あれ結局どうなったんですか?
……ま、待って待って待って。
ヴァ〜レ〜リ〜オ〜〜〜⁈⁈
待って! 待ってくれよ! これにはそれなりに深いわけが……!
ヴァレリオに説得の余地すら与えず、アリーチェの猛攻は続いた。
……ドンマイ、モレ先生。柑菜は心の中でフィンガー・クロスをすると、二人の意識がこちらから逸れてるのをいいことに、しれっと研究室前から逃げ去るのだった。
柑菜が先程持ち出したイタズラ黙認の話は、半分本当の話だ。遡ること数週間、三月の初めに柑菜がヴァレリオから呼び出しをくらっていた日に、彼の方から持ちかけて来たのだ。
ただ、その時の発言はこうだった。
"君が次の飛行術テストでC+以上の成績を取る、かつ君のルームメイトの飛行術にある程度の向上が見られたら、今後は多少のイタズラは見逃してあげよう。"
正直な所、柑菜としてはその提案はかなり奇妙なものに思えた。だが冷静になって考えてみて、ヴァレリオの真意を見透かすと、存外なんてことないことだということに気付いたのだ。
C+以上の成績なんて、柑菜も中等部時代には当たり前のように取ってきていた。それなりに飛べればC+の評定なんて簡単に取れる。
しかしあの、ピンキリの中のキリの更に端を行くレベルで飛行出来ないエイミーの技能を、ある程度であっても向上させることは飛行科教師陣もお手上げだった。彼の発言はそんな、教師が本来やるべきことを一生徒に丸投げするようなものだ。そして恐らく彼は、この提案を柑菜が呑むと思っていない。
ならば返事は一つ。
その話、乗ります。
ちょうどエイミーに共同訓練の話をつけていたタイミングなのもあったが、もしこれで万が一にでもエイミーが飛行術方面の才能を開花させたとしたら、なかなかに面白い話になる。柑菜はそんな、言ってしまえば面白半分のノリで、その話に乗ってしまったのだ。
……その結果はもはや語るまでもない。
さーてと……次は何しよっかなぁ〜。