07.【ワケアリ同士】
文字数 4,362文字
漸くエイミーのマシンガントークから解放された柑菜は、自由時間の殆どを使って荷解きを終え。二人掛けのソファに腰掛けて膝に乗せた椿と戯れていた。エイミーは荷物の量が柑菜の二倍ほどあったせいか、まだ終わっていないようだ。たまに唸りながら、ああでもないこうでもないと服を箪笥に押し込んでいる。彼女の荷物の大半は服、アクセサリー、化粧道具であった。後は数本のヘアアイロンとコロンなどが少々。お洒落が好きなのか、その何本もあるヘアアイロンはどう使い分けるのか、色々と聞きたいことはあったが、またお喋り地獄の餌食になるのは嫌だ。湧き上がる質問を押し殺し椿を撫でていると、彼女がダンボールから取り出した一着のワンピースをじっと見つめているのが目に入った。少し袖の膨らんだ、膝丈ほどの深緑のワンピース。古着だろうか、今時はあまり見ないデザインだ。エイミーはそのワンピースをぎゅっと胸に抱くと、ベッドに腰掛け目を閉じる。
愛する家族。そう問われて一番に思い浮かんだのは母と4つ下の妹。彼女らは複雑な家庭環境の中、柑菜を愛してくれる、そして柑菜自身も愛する家族だ。母と妹のことを思い浮かべ、柑菜は自然と微笑み答える。
柑菜は今、ほんの少しだけエイミーの事情を察した。きっと、愛する家族に二度と会えないというのはエイミー自身のことなのだろう。死別か、勘当か。魔法界ではそう珍しいことでもないが、一人の子供としてそれは当然辛いことだ。柑菜は漸くエイミー・ツムシュテークが、奇妙奇天烈な未知の存在でなく、家族との別れを悲しむ普通の女の子であることを知ったのだった。
所変わって男子寮411号室。ブレイン・ローガンは、新たなルームメイトと最初の挨拶以外一言も会話することなく一日を終えようとしていた。ブレインも人見知りだが、相手も相当なようだ。なんとしてもこの気まずい空気から逃れたいと考えていた彼は、軟骨に開けたピアスを弄りながらふらっと廊下に出た。廊下は壁沿いに並ぶ部屋のドアから大きな声で会話する他の男子達の声で賑やかだ。騒がしいのは苦手だが気まずい思いをするよりはマシだった為、ブレインは去年少しだけ仲が良かった友人の部屋でも探そうかと、扉の脇に付けられた名札を見て回る。その時。
「きゃっ!ご、ごめん!」
隣の部屋から出てきた女子生徒とぶつかり、ブレインはよろけつつも彼女の体を支えた。寮に異性を入れてはいけないというルールがある筈なのだが、それでも寮監の目を盗んで侵入する者は前々から少なくない。彼にぶつかったのは、隣の部屋の男子に会いに来たガールフレンドだろう。「僕こそごめん」と、小声で謝り。そのまま階段の方へと歩みを進めていると。ぶつかった彼女が隣室の男子と共に、ブレインにとってとても興味深い事を喋っているのに気がついた。
「それでさぁ、あの問題児と同室になったの誰か知ってる?今日スプリンクラーを暴走させてたAクラスの入学生なんだって!」
「あぁ、エイミー・ツムシュテークだっけか、変な喋り方のドイツ人」
「まぁ変わり者同士、お似合いって感じだよね〜」
ブレインは、思わぬ運命のイタズラに心の中で感謝した。何故なら、エイミー・ツムシュテークといえば長期休暇中に少しだけ顔を合わせ、更にクラスメイトであり彼の隣の席の女子生徒だからだ。中等部に上がりたての頃、日本から編入してきたという東洋の神秘”三上柑菜”に一目惚れして以来。これは彼女に近づく大きなチャンスだった。つまり、エイミーと仲良くなれば、自然と柑菜とも仲良くなれるはず。そう考え、ブレインは殆ど無い社交性を引っ張り出し、早速明日エイミーに話しかけてみようと人知れず気合を入れるのであった。
ブレイン・ローガン。彼の存在を知るものは数少ない。
更新 2019/9/8 つづり