07.【ワケアリ同士】

文字数 4,362文字

 エイミーからの突然の申し出に、柑菜はぱちくりと目を瞬かせた。確かに、週末は学外へ出ることが許されている。その日になればメルボルン行きの電車やバスはビクトリア魔法学校の生徒で一杯になる程だ。しかし、柑菜は毎週必ず街へ出掛けるようなタイプでは無かった。購買には売っていないような足りない学用品を買い足したり、悪戯に使えそうなグッズを購入するくらいで。特に一緒に街に行く友達がいるわけではない為、彼女にとって週末はただの休日でしか無かったのだ。それがどうだろう、このほんの数分前に初めて顔を合わせた知り合いでも何でもない赤の他人が、いきなり「共に街へ行こう」などと宣ったのだ。これはドイツ人だからこその距離感なのか、それとも彼女自身の性質なのか。定かではないが、柑菜は引き攣った口角を引き締め直しピシャリと言い放った。

tsuduri

なんで出会ったばかりのあんたとわざわざ街に行かなきゃならないんだよ。
出会ったばかりの人と街に行ってはいけなくて?
いや、そういうわけじゃないけどさ。
柑菜は、頭の片隅でエイミーという少女が”常識の通じない少女”であることを徐々に察し始めていた。そして、今まで出会ったどんな者よりも風変わりであることにも気づき、彼女は無意識に警戒のバリアを張る。人にはそれぞれ、踏み入れられたくない距離というものがある。所謂パーソナルスペースというものだ。自覚はしていなかったが、柑菜の場合はそれが若干広く。対してエイミーはほぼ無いに等しいらしい。それは世間知らずであるが故か、はたまた別の理由なのか。だが、今それに関してはどうでもいい。柑菜は荷解きしていた手をまた動かすと、一言だけ「他を当たれ」と答えた。ダンボールまみれのこの部屋でまずやるべきことは、ルームメイトと打ち解けることでなくこの部屋を住める環境にすることだという考えに至ったのだ。

tsuduri

残念ですわ。
しゅんとした声が、ガランとした部屋に寂しく響いた。少々気の毒だが、慰めてやる義理も無いので黙々とダンボールを開けていく。エイミーも柑菜に倣って自身の分のダンボールを開けていくが、途方も無いその量にダレたのか、備え付けのベッドに突っ伏してしまった。見比べてみれば、柑菜の荷物の量に対してエイミーの荷物がいやに多い。何を入れればそんな量になるのやら。興味本位で「なんでそんなに荷物が多いんだ」と聞けば、飛び起きたエイミーは目を輝かせてズズイと柑菜に顔を近づけた。

tsuduri

気になりますの!?
い、いや。ただの興味本位で──
よかった、もしかしてあまり他人に興味が無い方なのかと思っていましたが、そういうことではありませんのね!実は姉様達がそういうタイプでして。興味のあることと言ったら、大学で人気の男の子のことや、流行のファッションばかりなんですの……。弟はちゃんとわたくしのお話も聞いてくださるのですが。でも、姉様達もきちんとお話を聞いてくださることだってありますのよ、例えば……。
柑菜は見たことも会ったこともないエイミーの姉達の気持ちがよく分かるような気がした。きっと、ストップをかけなければ延々と喋っているからだろう。よくもまぁあんなに口が動くものだ。未だ家族のことをペラペラと話し続ける彼女に辟易としながら、適当に相槌を打ち荷物の仕分けを進める。

tsuduri

それで、母は……。母は。
うん。……うん?
 半分BGMにしていた彼女の声が止まり、思わずエイミーの方を振り返ると。彼女は何を考えているのか、口を半開きにしたまま虚空を見つめ止まっていた。まさかエイミー・ツムシュテークとは実は喋る機械で、電池切れにでもなってしまったのだろうか。顔の前で手を振ってみても全く反応しない。一体どうしたのやら、首を捻っていると。漸く彼女はその大きな目を伏せ、ひくっと肩を震わせた。

tsuduri

おいちょっと待て、まさか。
 ──何故急に泣く!?全く理解できない変動を見せる彼女の感情にあたふたとする柑菜。しゃがみ込み嗚咽するエイミーの周りをうろうろと歩き、困ったようにおずおずと彼女の震える肩に手を伸ばす。妹が泣いてた時のことを思い出しながら、肩に伸ばしかけていた手をエイミーの後頭部へと移動させると。柑菜はそのままポンポンとエイミーの頭を優しく撫でた。

tsuduri

なんだよ、街に行くのを断られたからって泣いてんのか?……あぁ、だったらもう、わかったよ。行ってやるから泣き止めって。
……本当に?
涙と鼻水でぐじぐじになった顔をバッと上げ、柑菜を見つめるエイミー。柑菜は若干引きつつも「あ、あぁ」と何度も頷くと、慣れない愛想笑いを作って見せた。

tsuduri

ありがとう、柑菜!わたくし今とても感激していましてよ……!貴女って優しい人なのね。ふふ、約束よ?土曜日の朝10時、あ、バスの時間はもう調べてあるんですの。15分のバスに乗れば11時前には街に着きますわ!着いたら人気のパーラーで軽く昼食を取って、その後街中を散策しますの!勿論、柑菜の行きたいところにも行きますわ。どういうお店がお好みかしら?あ、そうそう。15時にはおやつに、出来たばかりのアイスクリーム屋に行きましょう!ソヨンに教えていただいたの。ソヨンはわたくしのクラスメイトで、週末のメルボルン行きも勿論お誘いしたのですけど、彼女ボーイフレンドが居るんですって!デートのお邪魔はできないでしょう?でも羨ましいわ、校内カップルで一緒に学校から街へお出かけするなんて。とても素敵だと思いませんこと?
あぁ〜、もう。どうにでもしてくれ……。
エイミーに手を取られ、興奮した彼女に時折揺さぶられながら。柑菜はうんざりとした表情でエイミーのマシンガントークを聞いていた。どこから飛んでどこへ着地するのか分からないその話に捕まってしまっては、もう抜け出せないようである。そもそも彼女が泣いていたのは本当に自身が断ったせいなのか、それに応えてやる必要があったのか。今となっては分からないが、兎にも角にも。柑菜はこれからのエイミーとの暮らしに一抹の不安を感じるのであった。


 漸くエイミーのマシンガントークから解放された柑菜は、自由時間の殆どを使って荷解きを終え。二人掛けのソファに腰掛けて膝に乗せた椿と戯れていた。エイミーは荷物の量が柑菜の二倍ほどあったせいか、まだ終わっていないようだ。たまに唸りながら、ああでもないこうでもないと服を箪笥に押し込んでいる。彼女の荷物の大半は服、アクセサリー、化粧道具であった。後は数本のヘアアイロンとコロンなどが少々。お洒落が好きなのか、その何本もあるヘアアイロンはどう使い分けるのか、色々と聞きたいことはあったが、またお喋り地獄の餌食になるのは嫌だ。湧き上がる質問を押し殺し椿を撫でていると、彼女がダンボールから取り出した一着のワンピースをじっと見つめているのが目に入った。少し袖の膨らんだ、膝丈ほどの深緑のワンピース。古着だろうか、今時はあまり見ないデザインだ。エイミーはそのワンピースをぎゅっと胸に抱くと、ベッドに腰掛け目を閉じる。

tsuduri

なぁ、それ大事そうにしてるけど、なんなんだ?
思わず質問してしまった口を慌てて抑える。またあのマシンガントークか。そう観念する柑菜だったが、意外にもエイミーは一言「これは小さい頃に母から頂いたワンピースですわ」と柑菜の質問に答えた後、それきり口を閉ざしてしまった。喋る気分じゃないのか、そのワンピースに何かあるのか……。いや、そのどちらもだろう。なんにせよ、今のエイミーとならまともに会話できる気がする。柑菜は膝に乗せていた椿を肩に乗せ、エイミーへと歩み寄った。

tsuduri

もしかして、さっき泣いてたのも今黙りこくってんのも、母親が原因?
……えぇ。柑菜。
何?
柑菜には愛する家族がいまして?

愛する家族。そう問われて一番に思い浮かんだのは母と4つ下の妹。彼女らは複雑な家庭環境の中、柑菜を愛してくれる、そして柑菜自身も愛する家族だ。母と妹のことを思い浮かべ、柑菜は自然と微笑み答える。

tsuduri

あぁ、いる。
では、もしも。もしもその愛する家族に二度と会えないとしたら、どうします?
えっ?そ、それは……。そりゃ勿論寂しい、だろうな。物凄く辛いと思う。
そうよね……。

柑菜は今、ほんの少しだけエイミーの事情を察した。きっと、愛する家族に二度と会えないというのはエイミー自身のことなのだろう。死別か、勘当か。魔法界ではそう珍しいことでもないが、一人の子供としてそれは当然辛いことだ。柑菜は漸くエイミー・ツムシュテークが、奇妙奇天烈な未知の存在でなく、家族との別れを悲しむ普通の女の子であることを知ったのだった。


 所変わって男子寮411号室。ブレイン・ローガンは、新たなルームメイトと最初の挨拶以外一言も会話することなく一日を終えようとしていた。ブレインも人見知りだが、相手も相当なようだ。なんとしてもこの気まずい空気から逃れたいと考えていた彼は、軟骨に開けたピアスを弄りながらふらっと廊下に出た。廊下は壁沿いに並ぶ部屋のドアから大きな声で会話する他の男子達の声で賑やかだ。騒がしいのは苦手だが気まずい思いをするよりはマシだった為、ブレインは去年少しだけ仲が良かった友人の部屋でも探そうかと、扉の脇に付けられた名札を見て回る。その時。


「きゃっ!ご、ごめん!」


隣の部屋から出てきた女子生徒とぶつかり、ブレインはよろけつつも彼女の体を支えた。寮に異性を入れてはいけないというルールがある筈なのだが、それでも寮監の目を盗んで侵入する者は前々から少なくない。彼にぶつかったのは、隣の部屋の男子に会いに来たガールフレンドだろう。「僕こそごめん」と、小声で謝り。そのまま階段の方へと歩みを進めていると。ぶつかった彼女が隣室の男子と共に、ブレインにとってとても興味深い事を喋っているのに気がついた。


「それでさぁ、あの問題児と同室になったの誰か知ってる?今日スプリンクラーを暴走させてたAクラスの入学生なんだって!」

「あぁ、エイミー・ツムシュテークだっけか、変な喋り方のドイツ人」

「まぁ変わり者同士、お似合いって感じだよね〜」


ブレインは、思わぬ運命のイタズラに心の中で感謝した。何故なら、エイミー・ツムシュテークといえば長期休暇中に少しだけ顔を合わせ、更にクラスメイトであり彼の隣の席の女子生徒だからだ。中等部に上がりたての頃、日本から編入してきたという東洋の神秘”三上柑菜”に一目惚れして以来。これは彼女に近づく大きなチャンスだった。つまり、エイミーと仲良くなれば、自然と柑菜とも仲良くなれるはず。そう考え、ブレインは殆ど無い社交性を引っ張り出し、早速明日エイミーに話しかけてみようと人知れず気合を入れるのであった。

 ブレイン・ローガン。彼の存在を知るものは数少ない。



更新 2019/9/8 つづり

tsuduri

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登場人物紹介

エイミー・ツムシュテーク(Amy Zumsteeg)

ドイツ出身の15歳。お転婆お嬢様。魔力を持たない人間貴族の子孫だが、破門された。

三上柑菜(Mikami Canna)

日本出身の15歳。実家は元武家。捻くれ者。

アダルブレヒト・カレンベルク(Adalbrecht Kallenberg)

破壊呪文科の教官。35歳。アル教官と呼ばれている。

ベルタ・ペンデルトン(Bertha Pentleton)

エイミー属するA組の担任教師。33歳。エイミーの後見人。

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ブレイン・ローガン(Blain Logan)

A組の生徒。15歳。エイミーと仲が良く、柑菜に好意を持つ。

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レイラ・ナイトリー(Layla Knightley)

アメリカ出身の15歳。温厚な音楽少女。

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