05.【計画】
文字数 3,367文字
エイミーと柑菜、そしてベルタらが校内チェイスを繰り広げた翌日。柑菜への宣言通り、エイミーは規定の制服姿で登校していた。エイミーの服装が改善されたおかげで、校長からのお叱りをなんとか免れたことに安堵するベルタ。「あれ、戻っちゃったんだ」と言わんばかりの視線を向けるクラスメート達。エイミーの服装以上に今後の自分の扱いに対して危機感を抱くブレイン。そして唯一、それが期間限定のことだと知ってる柑菜はというと、素直に喜んでいいのか分からず微妙そうな表情を浮かべている。各々が各々の感情を抱きながら、ビクトリア魔法学校の新たな一日が始まった。
ねぇねぇ〜、エイミー、柑菜〜。
至って平穏に流れていた昼休み。カフェテリアでちょうど席を探していた柑菜とエイミーは、四人掛けのテーブル席に一人で座っていたレイラに声をかけられた。どうやら相席したいらしく、自分の方へ手招きする彼女の方へ二人が素直に向かうと、彼女は言うよりも先にスマートフォンの画面を見せてきた。クラスのチャット画面のようなのだが、そこには二つの動画がポストされている。エイミーは自分のクラスのそれに流れてきたものとほぼ同じその動画に大した反応は示さなかったが、連絡以外でまともにクラスのチャットを見ない柑菜は違った。思わずこう言ってしまう。
昨日送られてきた動画なんだけどね〜、二人が映ってるから色々訊いてみたくて〜。
昨日何か騒がしかったでしょ〜? それに今日、エイミーが久々に制服姿になってるし〜。
え〜っと……何処から話せばいいのでしょう……。
悩んでいる間にも、レイラの手によって無音で再生される動画達。一つは段ボールの中から転がり出てくるエイミーとブレイン、もう一つは柑菜に問い質されて失神するブレイン。内心、このようにことごとく、自分達の晒しに巻き込まれている
つまり段ボールの中から男子と出てきたのは不可抗力ってこと?
そうですわね。あ、そもそも一緒に中に入ったのはわたくしが自らやったことですわ。
あんたに恥じらいというものは無いのか。
あの時はベルタ先生と柑菜から逃げるのに必死だったんですもの。
何とも周りを顧みないというか、更に悪く言えば自分勝手というか。おてんばにも程があるルームメイトに、思わず柑菜が微妙な表情を浮かべる中、ドイツ人とアメリカ人の女子二人で会話はどんどん進んでいく。
実はうちのクラスでのエイミーの知名度、結構凄いんだよ〜。
そうなんですの?
だってエイミー目立つじゃん。それに色々やらかしてるらしいしね〜。
否定は出来ませんわね……。
しかし実際には、周りが問題行為と認識している数と彼女がそれと認識している数にはかなりの差が生じていた。彼女の頭の中でやらかし事件として思い出されるのは、せいぜい飛行基礎の時の窓ガラス激突事件と、先ほどからしつこく話題に上がる校内チェイス騒動くらい。初日にしでかしたスプリンクラー暴走騒動辺りは、恐らく彼女的には大したそれとは思っていない。理由は単純で、その行動を起こした何よりの理由があったからだ。先述した彼女の中でのしでかしは、思い返せばある種の不可抗力のようなものが絡んでいるという共通点があるが、それに当人が果たして気付いているのかは疑問の余地があった。
話を戻そう。
まぁ〜、わたしとしては面白くていいんだけどね〜。
だって退屈な学校生活なんて嫌でしょ〜?
どこか呑気な思考回路のレイラに呆れつつ、柑菜はプレートに乗せたプレーンオムレツを食べ始めた。一方でエイミーのプレートから物は殆ど減っていない。どうやら話に夢中で食事に手がつかないようだ。ちなみに三人の中で一番食事が進んでいるのはレイラだった。食べるそのペースと量を見ても、周りの女子生徒よりも丸みがあるそのフォルムに納得がいった。そして彼女も、エイミーほどではないにしろ食べ方が綺麗だ。アメリカ出身でジャンクフードが好きだといつだか言っていたのを二人とも小耳に挟んだことがあったが、彼女は食事のマナーもちゃんと心得ているらしかった。
そういえば、レイラはバレンタインに何を買うつもりなんですの? ……あぁ、使い魔宛に。
そういうのは当日のお楽しみなんだよ〜。エイミーは決めた?
わたくしはまだですわ。レニに何をあげれば喜ぶか、今色々と考えている所でして。柑菜はどうですの?
バレンタイン、椿にあげる物はもう決めまして?
突然話を振られ、柑菜は発言に詰まった。無理もない。今年のバレンタインも、適当に高い餌か何かを見繕おうと思っていたからだ。決して椿への愛がないとかそういうわけではないが、柑菜はそういった贈り物の類を選ぶのが、実はかなり苦手だった。言葉でのコミュニケーションが取れる人間でも、相手が喜ぶ贈り物を選ぶ難しさは大概だが、言葉での意思疎通の取れない魔法動物相手なら、尚更好みに合うか自信が持てないものだ。しかも椿は、柑菜からの贈り物ならほぼ何でも喜ぶ。きっと大したこだわりが無いからだろうが、そのこだわりの無さが寧ろ主人を困らせていた。
……あたしもまだ決まってない。
そっか〜。じゃああれだね、二人とも次の休みには決めて買う感じ?
それにしてもこの娘、思っていたよりもグイグイくる。二転三転するレイラ・ナイトリーという少女の印象に戸惑いつつ、柑菜はまだ半分も減っていない今日のランチプレートをじっと見つめた。
時は飛んで、その週の土曜日。
柑菜とエイミーはバスに揺られていた。時期的にもやはり皆考えることは同じなのか、バスの中はかなりの混雑っぷり。そして相変わらず、ライムグリーンのワンピース姿のエイミーは楽しそうにあれこれ話しだすし、藤色のオフショルダーシャツ姿の柑菜は、暑さとダルさで表情が暗い。服装以外まるで数週間前の初お出かけと変わっていないことに関しては、ツッコミを入れてはいけない。
本当に元気だな、あんた……。
勿論! 買いたい物はいっぱいありますもの!
そうですか。
柑菜としては、当初の予定ではバレンタインのプレゼントは、某有名な熱帯雨林の名を冠した通信販売サイトで買うつもりだった。しかし何故かエイミーに半ば強引に連れ出され、今に至る。ジャージとプレゼントという二つの目的があるエイミーはともかく、まさか自分が一つの目的のためだけに外に出ることになろうとは。毎月やりくりに失敗する財布の中身を案じて、彼女は遠い目で窓の外を眺めた。一方のエイミーは嬉々として色々と話しかけてくる。プレゼントの方向性、ジャージの色やデザインなどなど、バスの中にいる十数分の間で挙げた話題は数多いが、残念なことにその話題の殆どは、柑菜には覚えてもらえていない。
今日は前とは違い個人行動だ。お互い買うべき物を買って、約束の時間……門限前に間に合う最後のバスの時刻にバス停で落ち合うということで話がついていた。
じゃあまた後で。
迷子にならないようにな。
なりません!