二十一 サンプル欲しい

文字数 1,740文字

「なかなかボロを出さねえな・・・。悪酔いもしねえ。意識混濁もねえ・・・。
 食わせるだけ無駄だったな・・・」
 亮子がしなだれるように、佐介によりかかって腕を抱きしめ、佐介の頬に顔を近づけて囁いた。周囲には、亮子が佐介に甘えているように見えるが、亮子はこの同じ座卓についている麻取二人の口をいかに割らせるか、いたって真剣な話をしている。

「姐御!もう、飲まないんすか~?注ぎますよ~!」
 神崎誠が、酔っ払い独特の絡み口調で、亮子のコップに熱かんを注いで、佐介のコップにも熱かんを注いだ。
「なあ、神崎!」
 跳び起きるような勢いで、亮子が佐介から離れて神崎誠を見つめた。
「なっ?なんすか?姐御・・・・」
 亮子に見つめられて、神崎誠は、熱かんが入った燗付け容器を持ったまま、ドキマギしている。
「大麻の効能ってなんだべさ?薬になんだべ・・・。
 麻薬効果が出るんは、個人差があっからな・・・。
 神崎、おめえらに、大麻は効かねえベ?」
 亮子は神崎誠を見つめたままだ。亮子の言葉で、神崎誠の態度が変わった。
「隠さなくたっていいいべさ。
 そんなこたあ!はなっから!お見通しよ!」
 亮子の口調が時代劇風になってきた。思っていた以上に亮子は演技派だ・・・。佐介はそう思った。

「オメエらアルコールにつええべ!
 悪酔いしたんは、胃腸がよわぇえからだべさ!」
「ええ、まあ・・・」
「昔、じっちゃんが言ってたさ。大麻のタバコ吸って幻覚見るんは、酒によわぇえヤツばっかだと・・・。
 てこたあ、オメエらは、大麻に対して耐性があるべ・・・」
 亮子は、佐介から聞いた話を誇張して話して神崎誠を睨んだ。亮子の目つきが異様に鋭くなっている。

 下田広治はわからないが、神崎誠は大麻を吸引した事があるだろう・・・。おそらく神崎単独では吸引はしていない。非常事態を想定して、麻取の関係者が複数で大麻を吸引して、さらに、吸引しない者が状況を監視していたはずだ。その結果、大麻に耐性がある者が大麻担当の麻取になった・・・。
 亮子の眼力に、神崎誠が視線を反らした。図星だ。犬や猫のケンカなら、神崎誠の負けだ・・・。
「証拠物件は、県警がめっけるべさ。
 なんでオメエらが、県警より先にめっける必要があんだ?」
 亮子はそう言いながら焼き肉を食って、コップ酒をあおった。
「ウィ~、酒がうめぇ~なぁ~。
 あたしも、大麻は効かねえんだ・・・。
 麻酔も効かねえんだ・・・」
「吸引したこと、あるんですか?」
 神崎誠が話に乗ってきた。焼き肉を頬張ってコップ酒を飲みながら亮子と佐介を見ている。
「うん、じっちゃんが、乾燥させた大麻で焚き火して、話してくれたさ。
『この煙で、たいていのヤツは酔っぱらっぺさ。
 だけんど、うちの家系はまったく酔っぱらわねえ』
 ってな・・・」
「今も大麻があるんですか?」
 下田広治が何気ない様子で呟いた。大いに関心がある。見え見えの態度だ。
 一瞬、神崎誠がボンヤリした。
「大麻があれば・・・、どんな種類か・・・、サンプル、欲しいなあ・・・」
 そう呟いて、ハッと目を醒ましたように表情を強ばらせた。
 サンプルなんて言って、やっぱり、こいつ、大麻を入手して、事件とは関係なく使う気なんだ・・・。そう思って亮子が言う。
「んじゃあ、あした ゆっくり身体をやすめて、月曜に、安曇野のひがしっかわ いってみっぺえよ」
「えっ?」
 酔いもあって、神崎誠は亮子の訛りを理解できない。
「わかるように話してくださいよ、姐御!安曇野の、何ですか?」
「安曇野の東側へ行ってみるか、って言ったんべな?
 わかんねえかなあ、あたしの言ってっこと。
 サスケはわかるべ?」
 亮子は佐介を見て目配せした。
「ああ、わかる」
 話さなくても、何を考えているかわかる。亮子は、夕方訪れた戸倉温泉商店街の薬局で、
『もうこの近辺では栽培していませんよ。安曇野の山間でしょうね、と話したんですよ。そしたら、今日にも訪ねてみると言ってましたよ』
 そう話した田中薬剤師が、安曇野東部の山村を考えていたのを敏感に読みとっていた。

「安曇野の東側に、姐御のじっちゃんの家があるんですか?」
 神崎誠が、酔っぱらいのどんよりした目つきから、ぎらぎらした目つきに変った。
「まあな」
 亮子は曖昧に答えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み