十六 二人で一人

文字数 2,787文字

 五月二十二日、土曜、午前六時前。
 目が醒めた。真理がいる。そして、こっちにも、もう一人・・・。
 えっ!なんだ?
 佐介の意識はいっきにフル回転だ。ピッタリくっつけた二組の布団に、佐介を挟んで、左右に真理がいる。
 もしかして・・・。
 よせばいいものを、佐介は二人の腰から下へ指を触れた。
 えっ?どういうことだ?
 二人とも、腰から下は、じかに肌が手に触れた。
「サスケ、こっちにきて・・・」
 右からつぶやきが聞こえる。この真理は誰だ?
 腕が首に絡みついた。ぐいっと引いた。真理だ。
「今から、ねっ・・・」
 真理は佐介に抱きついてきた・・・。

 しばらくすると
「じゃあ、あたし、若女将するから、また、夜に・・・」
 真理は佐介に唇を触れて別室へ行った。


 真理が部屋からでていった。
「ねえ、背中・・・」
 左側の真理が佐介にすり寄って背中を抱くようせがんだ。
 なんてことだ!これはいつもの真理だ!さっきのは亮子か・・・。
 そう思っていると、真理が首だけをまわして、ね、もういちど、といった。
「サスケ・・・。亮ちゃんとあたし、わからなかったベ・・・」
 真理が妙なことをいった。
 佐介は、亮子と真理が入れ代って麻取を探ったことかと訊いた。
「それも、ある・・・。昨夜の亮ちゃん、あたしだったろう?」
 真理は佐介の胸に頬をのせて話している。
 佐介は正直に、区別がつかなかった、と話した。もしかしたら・・・。いや、そんなこと、あるはずがない・・・。俺はいったい何を考えてる・・・。

「無理もねえべさ。もう、六年だかんな・・・。
 サスケが大学の時から、あたしと亮ちゃん、しょっちゅう入れ代ってたんだ・・・」
 佐介は非常に驚いた。だが、驚きはすぐ消えた。真理ならそんなことを考えもおかしくない、と佐介は妙に納得した。しかし、二人を相手していた記憶がまったくない・・・。俺が相手していたのはいつも真理だ。亮子だ、といわれても真理だ・・・。
「昨日、亮ちゃんに会った時、亮ちゃんが初対面のようにしていたのは、なぜだ?」
「ゴメンな・・・。会って、いきなり、いえねえべさ。
 亮ちゃんとの約束だったんだ。亮ちゃんも、サスケに惚れてるから、二人して奧さんになろうって・・・。怒ったか?」
「まあな・・・」
「ホントに、ゴメンな・・・」
 しおらしい真理だ。

「怒ったというのはウソだ・・・。
 二人を相手してた記憶がまったくないんだ。いつも真理さんを相手してた。それしか憶えてない・・・。だから、気にしてない。ホントだ。
 これからも入れ代ったのに気づかないだろうな・・・。
 同じ時期に二人で妊娠したら、どうする気だった?」
「アハハッ、二人して産むべさ!」
 真理はアッケラカンといってのけた。佐介は驚きを越えて呆れた。一度に娘二人の親になるかもしれない・・・。なんだって?二人とも同時に娘を産むのか・・・。
 佐介は閃いた思いに驚くと同時に、佐介自身の個性とも呼べる感性から今後を覚悟した。

「なあ、サスケ。麻取の二人、どうも、怪しいんだ・・・」
 真理がつぶやいた。
「何がわかった?」
「なにもわからん。だけどな、いくら佐伯警部の親族の記者だからって、自分から麻取だなんていうか?おまけに、温泉に浸かってのんびりしすぎだべ。
 奴ら仕事に来たんじゃねえぞ・・・」
「じゃあ、仕事じゃなくて、ホントに温泉に浸かりにきたんだろう」
「バアーカ。佐伯の伯父さんに連絡とってんだぞ。
 事件なのに、温泉に浸かってる場合じゃねえべ。
 おまけにヘベレケで、今日一日、動けねえんだぞ。
 仕事なら、そんなに飲まねえベ・・・」

「動けなくしたんは、誰だ?」
「あたしで~す・・・」
 なんだ!この真理は亮子か?
「亮ちゃんか?」
「そうで~す。昨日、真理ちゃんに、麻取を酔いつぶすように頼まれたんさ・・・。
 あたしも、昨夜は飲みすぎたべさ。
 今日は仕事になんねえから、今日も、若女将を頼んださ・・・。
 真理ちゃんも、納得してる・・・」
 亮子は、佐介の胸に頬をのせたままつぶやいている。
「だけど、そのしゃべりかたは・・・」
「楽なのよ、なんていうより、このほうが、楽なんさ・・・」
 いったいどうなってるんだ・・・。姿形も話すことも真理だ・・・。それとも、二人が演じてきた真理を、俺が一人の真理と思ってたのか・・・。
 いや、そんなことはない。いつだって真理の性格は一人だった・・・。
「新聞社にも行ったんか?」
「うん、行ったよ。酔って、お着換えもしてもらった。
 それより、若女将の真理ちゃんが、ヤツラは表向きの仕事で来たんじゃねえといってた。
 ゆうべ、酔いつぶれて運ばれる時、仲居さんにつぶやいたっていってた。
 サスケは、ヤツラ、何しに来たと思う?」
「なんだろうな?」
 麻取と自称するヤツが警察情報を得て麻取の仕事ではない事をしてる。麻取の動きを探るなというのは、知られてはならない事があるのだろう・・・。
 あれっ!真理と若女将を二人で演じてる亮ちゃんと真理は、もしかして、俺と同じ感性の持主か?そうなら、真理の性格が一人なのはうなずける。若女将も一人だぞ。
 とりあえず、真理たちのことはあとにしよう・・・。
 麻取は公の立場で警察情報を得て、個人的な立場で動いてる。なぜだ?

「なあ、サスケ。麻取がヤツラ自身のために大麻を使うとしたら、何に使うんだ?」
 亮子がそうつぶやいた。
 この口調はまさに真理だ・・・。やっぱり二人はそれぞれを演じてる。いやそうじゃない。亮子は完璧に真理になりきってる。若女将の真理は、ここにいる亮子と同じに、完璧に若女将になりきってるのだろう・・・。
「どうしたさ?」
 亮子が優しく佐介を見ている。
「うん。ここにいるのは新聞記者で俺の妻の真理だ・・・。
 二人はそれぞれの立場になると、人格も入れ代るんだろう?」
「ああ、そうだ。昔からな。特殊体質、特殊能力だベ。
 こんなことは、今までのサスケには、いえなかったんさ。
 事実を話して、嫌われたくなかったかんな。
 だけど、サスケもあたしたちと似たところがあるとわかったから教えた。
 いつもサスケといるあたしは真理だべ。館内で働いてるんは若女将の亮ちゃんだべ」
 亮子は穏やかに断言した。

「俺もそう思ってる。
 二人とも、妻としてあつかっていいんか?」
 そう考えなければ二人が入れ代っているなどと思えない・・・。
「いいけど若女将の時は、妻としてあつかうのはやめとけさ。
 いずれ人目に触れるべ。あたしゃ気にせんけど、花山の父母には理解できねえべさ。
 この話はこれまでにしような・・・」
 そういって亮子は佐介に抱きついた。
 やっぱり、今までの真理だ。二人は一人なんだ。
「なあ、真理さん。佐伯警部から情報を得られないかな。
 入院した草野が気になるんだ・・・」
 佐介は亮子を抱きしめて、完全に、真理と亮子の入れ代りに踏ん切りをつけた。
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