十八 捜査対象は麻取

文字数 1,780文字

 午後二時。
 間霜刑事が話していると、佐伯警部のスマホが小田真理からの着信を伝えた。
 今日、真理は結婚の挨拶で親族が経営する戸倉温泉の風月荘にいるはずだ。飛田真理になったんだな・・・。佐伯警部はそう思いながらその場で通話に出た。
「真理さん。どうしました?」
「今、結婚の挨拶で風月荘にいるんだわ。ここに来る前、松本と坂城の製薬会社でテトラヒドロカンナビノールの研究について取材したんさ。
 物証はねえけど、草野が松本の岡松製薬から大麻の種を持ちだしたらしい。
 それと、昨日からここ風月荘に麻取が泊まってる。サスケに、
『我々は佐伯警部の尋問結果次第で、今後、何をするか判断します。くれぐれも捜査のじゃまはしないで下さい』
 と言ってきた。
 今年の春、遠藤院長がここに泊まって、
『麻を栽培している村を知らないか』
 と若女将に訊いてたさ。
 麻取と遠藤院長の事、伯父さんなら知ってるべ?」

「仕方ないですなあ・・・。
 わかりました!これから話す事は事件が解決するまで全てオフレコですよ」
 佐伯警部が意を決した、と真理に扮している亮子はわかった。
「ああ、わかったさ」
「現在、詳しい事は言えませんが、麻取を尾行して下さい。
 私から編集長に捜査協力を伝えておきます」
 佐伯は、信州信濃通信新聞社の田辺編集長と顔見知りだ。真理の関係で、親交が深まった間柄だ。
「ああ、頼む。そうしてもらわないと動きずれえべ・・・」
 佐伯警部が真理に依頼するからにはそれなりの理由がある、と真理に扮した亮子は心得ているが、かってに動くわけにはゆかない。編集長に捜査協力を伝えておくと聞いて、亮子はホッとした。
「入院した草野は無事なんか?」
「ええ、無事ですよ。それが何か?」
「育善会総合病院に入院した草野を赤十字病院へ移したんだってな。編集長から聞いたさ。
 草野から事情を聞けたんか?」
「いえ、まだ聞いていません」
 佐伯警部はそっけなく言い切った。

 妙だ。伯父さんはこんな即断しない。いつも話しながら次に話す内容を考えてそれから話してる。草野の事を訊かれたら、事情聴取してない、と答えるのを決めてたな。と言う事は、草野から何かを知ったが、まだ話せないって事か。
「わかったさ。麻取を探るべ。
 ゆんべ、飲めねえ二人に飲ませて酔い潰したから、二人とも二日酔いで今日は動けねえべさ」
「二人なんですか?」
「ああ麻取は二人だ。神崎誠は中背のちょいメタボ。黒縁のメガネかけた丸ぽちゃ、前髪が薄いべさ。風月荘の長男の副支配人の花山明義と大学が同期ださ。
 下田広治は、神崎より長身痩躯で髪は白髪混じり。メタルフレームのメガネをかけてる。一見、痩せたインテリ風だべ。下田広治が上役だな。神崎はパシリみてえだぞ」
「資料の人相と一致してますな。麻取から本部長へ依頼があった時の資料です・・・」
 佐伯警部は何か考えている様子だ。
 伯父さんはまだなんか隠してる。まあいい。いずれわかるべ・・・。
「じゃあね。随時、連絡すベ」
「今、麻取はどうしてますか?」
「まだ三階の客室ださ。昼食にお粥を運んだから、これから動くかも知んねえな。
 月曜も宿泊して、火曜の朝、ここを出るらしい」
「現在、サスケさんが監視してるんですか?」
「いや、ここの若女将ださ。ああ、伯父さんも知ってんだったな。あたしの妹だベ」
「そうでしたね。では、頼みますよ」
「了解」
 亮子が通話を切った。スピーカーモードなので佐介も会話内容を聞いていた。

「麻取を監視すベ。伯父さんが編集長に話をつけるから協力してくれってさ」
「フロントへ連絡して、三階へ部屋を移るか?」と佐介。
「必要ねえベ。若女将がうまくやるべさ。
 あっ!麻取は昨日の夕方、二人して近くの処方箋薬局へ出かけたな。
 探ってみっか」
「麻取の監視は?」
「若女将に頼んどくさ」
 亮子はスマホで若女将に連絡した。
「ああ、亮ちゃん、実は、伯父さんが・・・」
 今、ここにいる真理が亮子で、若女将が真理のはずだ。なのに、亮子は真理になりきって、若女将を亮子と呼んでる。どういうことだ・・・・。佐介はふしぎに思った。
「麻取は二日酔いで、ろくにお粥を食えなかったらしいぞ。
 看病に若女将がついてっから、気兼ねなく探れってさ。
 早く行くベ!」
 連絡を終えて、亮子はそそくさと外出の準備をした。早く調査して、若女将と監視役を交代する気でいる。
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