八 取材方針 大麻の流通経路を探れ

文字数 2,841文字

「玉突き事故の原因は、大麻と決まったわけじゃないだろう?尿検査したのか?」
 信州信濃通信新聞社に着くと田辺安文編集長が確認した。田辺編集長はすでに、
『カーマニア暴走 十五台玉突き事故 重軽傷者二十三名』
 の見出しで、真理が送った玉突き事故の原稿を校正して印刷へまわしていた。

「潰れた車から人を救出中で尿検査はしてなかったさ。
 だけどラリってんのがいた。アンチロールバーで守られて怪我はなかったけど、押し潰されて閉じこめられてんのに、ハイになってたさ。
 他の車の助手席にゃ、植物の鉢植えが転がってた。あれが大麻でないならなんだべ?
 二十歳前後の男が、花の鉢植えを持って助手席に乗んのか?アホくさ!」
 真理の大きな目が黒縁のメガネの奥から田辺編集長を睨んでいる。

「小田は大麻の取材をしたいか・・・」
 田辺編集長が不審な眼差しを真理に向けた。
「まあな。サスケもそう思ってるベ」
 真理が同意を求めて佐介を見た。
「理由は何だ?」と田辺編集長。
「テトラヒドロカンナビノール。大麻の成分だ。厚生労働省は認可してねえけど、欧米じゃあ肺癌の治療薬だ。他にも疾患の治療に効果があると言われてる。薬物として、興味があるさ」
「それなら、取材対象を増やす事にして取材を進めてくれ。
 今回の事故と関連している可能性は?」
「まだ、わかんねえべ」
「よし、帰っていいぞ。十時に出社してくれ。ご苦労だった」
 そう言う田辺編集長を、佐介と真理は睨んだ。現在午前三時だ。帰宅して七時間後にここに来るのはきつい。

「わかった!わかったよ!午後からでいいさ!
 ところで、二人を何て呼べばいいんだ?名字だよ!
 二人とも同じ名で呼ぶわけにはいかんから、今までどおりにする。
 それでいいな?」
「ああ、かまわないべ。なっサスケ!」
 真理が佐介を見あげてる。
「かまいませんよ」
 佐介は田辺編集長を見たままそう答えた。
「よし!さあ、帰って早く休め!」
 佐介たちは編集長室から追い出された。


 帰宅すると、事故の取材も大麻もどこ吹く風。真理はすぐさまベッドに横たわった。
 佐介は、事故を起こした者たちがどのような経路で大麻を入手したか、そして、栽培方法、使用方法などが気になって、なかなか寝つかれなかった。
 佐介は子どもの頃、育てた朝顔を枯らして、もう一度、種を植えた経験がある。あの自動車マニアたちが独自に大麻を育てたとは思えない・・・。
「植物に詳しい者と、薬物に詳しい者がいるべ・・・」
 真理が寝言のようにそう言った。
「すまない。起こしてしまって・・・」
 真理は一度眠ると一定時間眠らない限り、なかなか目を覚まさない。しかし、今日のような事件がある場合は別だ。野生の勘が働き、目覚めると同時に思考も身体もフル回転させる。だが、取材が終ったらすぐさま睡眠、なんて事は簡単にできない。今日のような事件の後は体調が狂い、身体が温まらないまま眠るハメになる・・・。
 佐介は真理を横向きにして胸に真理の背中を密着させて脚を絡ませ、真理を温めた。


「サスケ!サスケ!」
 真理に起こされた。時計は九時だ。昨夜の就寝が二十二時。二時間睡眠後に目覚めて〇時から三時過ぎまで事故の取材と出社。四時から九時まで五時間の睡眠。

 佐介は洗面後、台所に立った。
「ア~ア。卵と飯と味噌汁と納豆でいいか?」
 顔を洗ったのに頭の芯がボワッとしている。風邪のような感じだ。寝不足か・・・。
「だいじょうぶか?」
 佐介の背に真理が抱きついている。
「ああ・・・。なんだか、調子が良くない・・・」
 鍋に湯を沸かして野菜を刻む。
「風邪か?」
 真理が背から横へまわり、佐介を見あげている。腕は腰にまわしたままだ。
「あの事故で、中途半端に起きたから・・・」
 フライパンにサラダオイルをしき、タマゴを入れて白身の焼け具合を見て、水を少し加えて蓋をする。

「けっこう寒かったからな・・・」
 真理は佐介の腰に手をまわしたまま、佐介の手元を見ている。
「真理さん、寒くなかったか?」
 フライパンの火を消し、湯の沸いた鍋に野菜を入れて、煮たったら火を消して出汁の素を入れて味噌を入れる。冷蔵庫庫から納豆を出して小鉢に入れ、タマネギを刻んで、納豆の出汁と鰹節と刻み海苔とともに小鉢に入れてかき混ぜる。
「サスケに背中を暖めてもらったから暖かだった・・・」
 真理が佐介の背中をさすっている。朝食の準備を手伝う気は無いらしい。
 冷蔵庫から、真理の作った根菜の糠漬けを出して切り、朝食のテーブルに置いた。佐介が洗面をすませてから、真理はずっと佐介にまとわりついている。

「新薬を作る場合、基本の分子構造を決めて薬品が作られる。
 その後は、その薬品を使って動物実験して臨床試験に移る。臨床試験は大きな病院で行われる場合が多い。
 薬物原料として大麻が利用されるなら、大麻は栽培地から中南信の製薬会社へ運ばれるはずだ。あるいは製薬会社で栽培されてたかも知れない・・・」
 そう説明しながら、佐介は目玉焼きと納豆をテーブルに並べ、お碗と茶碗に味噌汁と飯をよそった。

「大麻の流れはそうだな・・・」
 真理が佐介から離れて食卓に着いた。ご飯を食べ始めている。
 佐介が呟く。
「カーマニアが薬の原料用の大麻を嗅ぎつけて、大麻の栽培地から種を得て栽培し、鉢植えに小分けしていたのかも知れない・・・」
「大麻が連中へ流れたのは、製薬会社と栽培地のどっちからだと思う?
 製薬会社に電話で直に聞いてみっか・・・」
 そう言って真理は糠漬けを食ベて納豆ご飯を食べ、味噌汁を飲んでいる。

 製薬会社に問い合わせても、大麻を使った新薬についてバカ正直に答える製薬会社はないだろう。新薬は製薬会社にとって極秘事項だ。 
「特集に新薬の事を載せるのはどうだ?」と佐介。
 月一回の特集、『老齢者医療施設医療設備計画』シリーズは、建設計画の事ばかりで、老齢者の医療について載せていない。新薬が紹介されても良いはずだ・・・。
「よしゃっ!その線で取材すべ!」
 真理は決断しながら、また糠漬けをポリポリ食べている。
 一度決めれば後には引かない。変更も無しだ。真理の方針決定理由はなんだろう・・・。
「うっ?なんだ?」
 真理が、真理を見つめている佐介を見た。敏感に佐介の考えを読んでいる。佐介は取材対象へ考えを切り換えた。
「アポイントを取れる企業は無いかも知れない」
「そうだな・・・。まあ出社して電話してみるさ・・・。
 お代り!味噌汁も!」
 何があっても真理の食欲は旺盛だ。

「食い過ぎたベ・・・。深夜取材で、一日を二日間分に感じてるんだベな・・・」
 真理は人ごとのように満腹の腹をポンポン叩いている。深夜取材があっても実質一日なのだから、二日分と思って食ったら大変なのに、真理は気にしていない。これで太らないのだからカロリーは真理のちょこまかした動きで消費されるのだろう。佐介の二歩の歩みは、真理の三歩か四歩だ。まあ、チョコマカ動きまわっていれば、それだけ体力を消費する・・・。
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