二十五 真理と亮子の存在

文字数 2,166文字

 何かが遠巻きにまわって近づき、しばらくすると熱い視線が移動しながら佐介を凝視している。腕時計はまもなく正午だ。
「サスケ!」
 真理が堤防道路を目配せした。堤防道路に風月荘のワンボックスカーが走ってきて、河川敷の駐車場へ道路を下ってきた。 佐介は川原に竿を置いて駐車場へ急いだ。

「釣れてるっ?」
 駐車場のワンボックスカーの横で、メガネの若女将の亮子が手をふった。ジーンズに若草色のサマーセーターが似合っている。色彩の好みも真理と同じだ。薄茶の長い髪をポニーテールした亮子はどう見ても真理だ。
「釣れてるよ!」
 佐介は手をふって小走りに近づいた。
 亮子は佐介を見て笑顔になった。ワンボックスカーのサイドドアを開けて、中へどうぞ、と示している。

 車に入ると、後部シートに弁当と飲み物が詰まった大きめの手籠がある。
 これでは、亮子が一人で車から降ろすのは無理だ。なぜ、後部シートに弁当があるのだろう・・・。サイドドアに近い、こっちのシートに置けば・・・。
「ねえ、急いでね。真理ちゃんに許可得てる・・・」
 亮子が車に入ってドアを閉め、佐介に抱きついて顔を近づけた。真理に変貌している。
 早く抱きしめて!
 はいはい、わかりました。力一杯抱きしめて、チュウね。新婚よ、もう一度だね・・・。
 佐介は何も言わず、しっかり抱きしめた。
 それでいいわ・・・。
 唇が触れ、亮子が離れた。佐介の顎に手を添えて、唇を見ている。
 口紅、拭くね・・・。
 佐介の唇をハンカチで拭いて見つめたまま、亮子は、
「佐伯の伯父さんから伝言。
『草野は、遠藤院長から指示されてクサの種を入手した。
 厚生労働省がテトラヒドロカンナビノールの合成薬物研究を製薬会社に特別認可した。
 その事を遠藤院長に話した者がいる。そいつが遠藤院長に種の入手を指示した』
 サスケたちのスマホに連絡すると麻取に知れるから、じかに連絡するように頼まれたの」
 と言って、また唇を触れてハンカチで口紅を拭いている。

「佐伯さんは誰から情報を得た?」
 佐介は亮子の目を見つめた。どう見たって見た目も雰囲気も真理だ。
 もう少し、きつく抱きしめて・・・。
 佐介は指示どおりに強く抱きしめた。
 また唇が触れて離れ、ハンカチが触れる。
 これでいいわ・・・。
「草野からよ・・・。草野は筋弛緩剤で死んだことになってる。指示したのは遠藤院長。指示に従ったのは赤十字病院の若手看護師。奨学金がらみの遠藤院長の紐付き・・・」
 佐介は自分の立場を思いだした。俺も危なかったんだと思い、ヒューと溜息を吐いた。
「それはないよ。あたしたちが付いてる。心配しなくっていいよ。
 はい、お弁当を持って・・・」
 亮子は佐介に手籠を持たせた。両手で佐介の頬に触れて唇を触れた。佐介の唇にもう口紅移りはない。
 この時になって佐介は、爽やかなコロンの移り香が真理と同じなのに気づいた。
「うん、真理ちゃんと同じだよ。だから、ねっ・・・」
 また唇が触れた。ちょっと優しい亮子だ。
「もしかして、今も二人?」
 佐介は亮子の目を見つめた。
「ああ、そうさ。気にすんな」
 おおっ!完全に真理だ!急いで川原へ戻ろう・・・。
 気にすんな。二人が一人なんだから・・・。
 また、亮子の唇が触れた。佐介を抱きしめている。
 俺・・・、真理ちゃんと亮ちゃんを・・・。
 オオッ!真理ちゃんと来たか!いつものように、真理でいいぞ!アハハッ!あたしたちを愛してんだろ?
 バレてた!二人がサイキックなのを忘れてた・・・。
「よしっ!川原へ戻るよ」
 佐介は亮子を力一杯抱きしめた。
「サスケ、あいしてるぞ・・・」
 耳元で言う亮子は真理だ。

「俺、二人をあいしてるよ」
 佐介も亮子の耳元で言う。
 愛を囁くのに、真理と亮子と二人の名を言うのは白ける・・・。
「ごちゃごちゃ言わないの。もともと一人なんだから・・・」
 耳元でクスッと笑いながら、亮子がそう言った。
 一卵性って事か・・・。二人の意識が一人の中に同時存在する・・・。
 二人まとめて呼べるといい・・・。ああ・・・、なんとなく、わかって来たぞ・・・。
「わかったね」
 と亮子。
「うん、亮ちゃん」
「さあ、戻ろう。みんながご飯を待ってるぞ・・・」
 今度は真理だ。
「こんどから真理さんじゃなくって、真理ちゃんと呼ぶよ」
 亮子の耳元に言う。
「ああ、いいぞ・・・。
 サスケ、あいしてる・・・」
 途中から声の調子が真理から亮子に変った。
 亮子の顔が引いて唇が触れた。亮子が佐介を見て、佐介の頬を撫でている。
「三時くらいに釣り具店へ道具を返す。それからハバナへ行くよ。
 釣り具店に着いたら連絡する」
「うん・・・」
 佐介は弁当の手籠を持って車の外へ出た。
 亮子が運転席に乗った。
「じゃあね!」
 亮子は小さくクラクションを鳴らし、ワンボックスカーを発進させた。

 真理と六年以上同じ屋根の下で暮しても、大家と下宿人の間柄だったり、仕事に追われたりして、いつも緊張してた・・・。
 亮ちゃんの存在が、いっきに関係を新鮮にした・・・。
 亮子真理と亮子は独自の雰囲気を持っている。今になってそれがわかる。
 二人の意識が同時存在した時、真理と亮子は本来の性格を発揮するらしい・・・。
 二人揃えば、にぎやかを越えてうるさくなるが、本来の性格を発揮できるなら、うるさくてもいい・・・。
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