十三 転院

文字数 2,723文字

 佐伯警部はふたたびスマホで通話した。
「間霜君。玉突き事故の入院患者全員が遠藤院長に口を封じられる可能性があります。
 特に草野が襲われる可能性が高いです!
 全員に警護をつけて、全員を急いで赤十字病院へ移送して下さい!
 点滴に毒物を混入する可能性もあります!。
 遠藤院長の息がかかった者を草野たちに近づけてはいけません!
 赤十字病院に遠藤院長の息がかかった者が居ないか、調べて排除して下さい!」

「了解です!
 佐伯警部の緊急指令だ!
 育善会総合病院の玉突き事故患者全員が遠藤院長に口封じされる危険性ある!
 特に草野が危険だ。点滴に毒物を混入される可能性もある。
 遠藤院長の息がかかった者を草野たちに近づけるな!
 今から警官を配置して警備しろ!
 その上で、全員を赤十字病院へ移送し警備を続行しろ!
 赤十字病院に遠藤院長の息がかかった者が居ないか、調べて排除しろ!
 指示しました・・・・」

「私が尋問できない場合、誰が大麻の種の入手と栽培を指示したか、君が草野を尋問して下さい」
「佐伯さん、何を言うんです。
 今、何処に居るんです?」
「育善会総合病院の玄関を出ました。病院構内です。
 大至急、転院させて下さい。
 私はこちらで転院確認後、車で赤十字病院へ行きます・・・」
 その時、救急車が救急外来入口に停止して、救急車の後部ドアが開き、ストレッチャーが降された。

「おっ?!」
 佐伯警部は思わず声を漏した。ストレッチャーに乗っているのは鳥羽医院の鳥羽和義院長だ。遠藤院長は極端に鳥羽院長を嫌っている。敵の拠点と言える育善会総合病院に、なぜ、急患で入院するのか?赤十字病院もあるだろう・・・。
 佐伯警部がそう思っていると、救急車の横に乗用車が横づけした。鳥羽和義院長の妻アサ子夫人と娘婿の鳥羽勝昭医師が車から降りて救急隊員と口論を始めた。
「どうしました?」
 スマホを通して間霜刑事が佐伯警部に訊いた。
「今、鳥羽医院の鳥羽和義院長が救急車で運ばれました。
 救急外来入口で、車で駆けつけた鳥羽院長の妻のアサ子夫人と娘婿が、救急隊員と口論してます・・・。では、間霜君。頼みますよ・・・」
 佐伯警部は通話を切った。
 何かあるぞ・・・。私が玉突き事故の当事者たちに感じている事と同じか・・・。
 佐伯警部は育善会総合病院の玄関へ戻った。

 玄関ホールから救急外来入口へ通路を進むと、救急外来受付けでストレッチャーを横に、怒鳴り合う声が聞こえる。
「赤十字病院へ運んでくれと言っただろう!
 急患で行くと連絡してあるんだ!
 受入れ態勢は整ってる!
 なぜ、ここに運んだんだ?」
「この地区の緊急医院はここですので、規定に従ったまでです!」
 鳥羽和義院長の担当医と言える娘婿の鳥羽勝昭医師を無視して、救急隊員は理由にならない理屈を並べている。
「医師の私が話してるんだ!それを、なんで救急隊員のアンタが無視するんだ?
 そんな権限はないだろう!
 それとも私の父が急患になったら、ここに運べとでも指示されたか?」
「いや、それは・・・」
 救急隊員は鳥羽勝昭医師の指摘に言い淀んでいる。図星のようだ。

「誰に指示された?私の指示を無視すると、罪になるぞ。
 それでいいんだな!」
 鳥羽勝昭医師は救急隊員を睨みつけた。
「遠藤院長に指示されました」
 救急隊員が俯いた。
「バカ者め!今の会話は全て録音したからな!
 患者を赤十字病院へ運べ!」

「待ちたまえ!患者を動かしてはならぬよ!もう、ここの患者だ。
 私が許可しない」
 救急処置室の通路から遠藤院長が現れた。薄笑いしている。事前に鳥羽和義院長が救急搬送されると連絡を受けていたらしい。
 佐伯警部は急いで救急外来受付けへ歩いた。鳥羽和義院長はまだ救急処置されていない。
 それに、遠藤院長に患者の転院を拒否する権限など無い。
「しばし待って下さい。話を聞いてました。まだ手続きしてないですね。
 鳥羽勝昭医師の話を救急隊員が無視したようですなあ。
 担当医である鳥羽勝昭医師の指示に従うべきでしょう。
 たとえ、この病院に入院した患者であろうと、転院は家族の意志が最優先です!
 それとも、鳥羽和義院長を入院させて、殺害でもさせますかな!?。
 鳥羽勝昭医師は、これらを全て録音していますね?
 後の事は私に任せて早く行きなさい!
 後で録音を提出して下さい!」
「わかりました!
 早く、患者を赤十字病院へ運べ!」
「はっ、はい!」
 救急隊員はストレッチャーの鳥羽和義院長を救急車に乗せ、救急車は救急外来入口から走り去った。鳥羽勝昭医師とアサ子夫人の車がその跡を追った。

「後ほど中央署に出頭してもらいます。いろいろ話したい事があります。
 おやおや、お迎えが来たようです・・・」
 佐伯警部が遠藤院長に話していると、数台の警察車両が救急車両を先導して病院構内に入ってきた。
「間霜君!」
 佐伯警部は緊急患者入口を出て間霜刑事を呼んだ。
「遠藤院長を署まで連行して下さい。
 玉突き事故同様、鳥羽勝昭医師の指示を無視し、救急患者の鳥羽和義院長をこの育善会総合病院に運ぶよう、救急隊員に強要していました。
 それと鳥羽医師への恫喝です。
 後はあなたが罪状を考えなさい・・・」

「わかりました。
 佐伯警部。移送の指揮をお願いします」
「わかりました・・・」
「全員に告ぐ。佐伯警部が指揮する」
 間霜刑事は病院内で使える警察無線でそう指示して、専用無線を佐伯警部に渡した。
 そして、遠藤院長に言った。
「遠藤院長、署まで来て下さい」
「わかった・・・」
 遠藤院長は顔に笑みが浮かべて間霜刑事の指示に同意し、警察車両に乗った。

 妙だ。すでに遠藤院長は玉突き事故関係者に危害を加えたのではないのか?
 佐伯警部は急いで無線のヘッドセットを装着し、病院内の刑事と警官たち、そして、警察医療班に無線で伝えた。
「佐伯です。速やかに転院させて下さい!
 関係者に異常はありませんか?」
「佐伯警部!
 草野の血圧と心拍数が低下してます!
 看護師と担当医を呼びました!」
 医務班が、そう無線で連絡してきた。

「点滴してますか?してるなら外して下さい!」
 担当医の星野誠医師を同席して草野に尋問しようとした時、草野は点滴していなかった。
「わかりました!外しました!
 確かに、この点滴は不用な気がします・・・。
 今、看護師が来ました!看護師に確認します」と医療班。
「私もそちらへ行きましょう・・・」と佐伯警部。
「これの点滴は誰がした!誰が指示した?」
 無線から医療班の緊張した声がする。
「どうしました?」と佐伯警部。
「点滴は誰の指示だ?誰か指示した?」と医療班。
「誰も指示してません!」
 慌てた看護師の声が聞える。病室は酷く混乱している。
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