二十 麻取を脅せ!
文字数 2,727文字
午後六時過ぎ。
大広間の食卓で、真理に扮した亮子は、
「しっかり食わねえと、胃が回復しねえぞ。
ホレ、食え!」
お粥をすする麻取の二人に飯をよそった。
「そんな水っ気のもんばっか食ってっから、胃の中が水もんばっかだベ。
胃液が薄まっから、ドンドン胃液が分泌されて、また胃炎がひどくなるんさ。
いいか、こういう時はな、赤身の肉を食うんさ!
オ~イ、お姉さま~。
麻取の二人に、牛の赤身を焼いて持ってきとくれ!
どこの肉だっていいべさ!
舌も荒れてっから、味なんか、わかんねえベ!」
亮子は通りかかった仲居を大声で呼びとめた。麻取の二人は、麻取と呼ぶな、と言っているが、亮子は、何食わぬ顔だ。
「わかりました。お嬢さま!」
仲居は笑顔で亮子に答えて、佐介にウィンクした。
「あのお姉さん。サスケを気にいってんださ。サスケは人気もんだな」
そう呟きながら、亮子は麻取二人に、固形物も食え、と世話を焼いている。
「お嬢さま~、お持ちしましたよ~」
大広間の入口に、仲居二人が焼き肉の皿を持って現れた。
「お~、きたきた!ここに置いとくれ!」
亮子は座卓の、髪の薄い神崎誠の前を示した。
座卓に焼き肉の皿と付け合せの野菜サラダの皿、肉が少ない回鍋肉の皿が置かれた。
「若女将が、ビタミン不足にならないよう気にして、野菜もお付けしましたよ」
二人の仲居は佐介と亮子に微笑んでいる。
「若女将、さすがだべ!若女将に、よろしくいっとくれ!」
仲居にそう言い、亮子は麻取を見た。
「いいか、二人とも、良く噛んで食うんだぞ」
麻取の神崎誠と下田広治は、こんなものを食う気にならない、どうする?と互いに顔を見あわせて神崎誠が恨めしそうな顔で亮子を見た。、
「あの・・・」
「なんだそのツラは?いいから食ってみろ。タレだってしつこくねえぞ」
亮子は焼き肉を小皿にとって神崎誠の前に置いた。
渋々焼き肉を箸で摘まみ、神崎誠は目をつぶって焼き肉を口に入れた。そして、噛んだ。さらに飲みにくい薬を飲むような顔で、噛み砕いた焼き肉を飲みこんだ。
「・・・」
「吐いてもいいぞ!」
ニヤニヤしながら、亮子は神崎誠を見ている。
「いえ、もっと・・・」
神崎誠の箸がふたたび焼き肉へ伸びた。
「なっ、うめえだろう?
ここのタレは特別さ!
飯、食えるベさ!」
亮子は、飯をよそった茶碗を神崎誠に渡した。
茶碗を受けとった神崎誠は焼き肉を飯の上に載せて、焼き肉で飯をくるんで口へ入れた。口をモゴモゴ動かしながら、
「胃の・・・、むかつきが・・・、消えました・・・。
この肉、うまいっすね・・・」
下田広治に、アンタも食ってみろ、食えば胃のむかつきが消える、と話している。
「言ったとおりだべさ・・・。
いつも、何食ってんだ?ほれっ説明してみろさ!」
そう言って亮子は下田広治に、焼き肉を食え、と仕草で示した。
「うどんとか蕎麦が多いです・・・。
早く食えるんで・・・」
神崎誠はそう言って、焼き肉を頬張っている。
「そんなもんばっか食ってっから、蛋白質が足んねえべ・・・。
何てったかな。あのアミノ酸・・・。肉に含まれてるヤツ・・・。
疲れた身体が回復するのに、アミノ酸が必要だべ。蛋白質が・・・」
大麻の化学組成を知ってるだろうに、蛋白質のそんな事も知らねえのか、と呟きながら、亮子は下田広治の世話を焼いて話し始めた。
「いいか。そもそも大麻はオオグサと言ってな。古代の神事で用いられたんだ。
オオグサを焚いて吸いこんで、トランス状態で占いしたり、祓い草に使ったり・・・」
話が始ると長くなるぞと佐介は思った。亮子は焼き肉をツマミに熱かんを飲みだした。それもコップ酒だ・・・。このパターンは荒れるぞ・・・。
「いいか、オメエら!
飲む時はなあ~、あったけえ、脂っ気のねぇ~、いい肉を食って、熱い酒を飲むんだぞ!
そうすりゃ~、悪酔いなんかしねえべ!」
亮子はコップの酒をいっきに飲み干した。
「おねえさ~ん!お代り!こいつらにも、お酒!焼き肉もね!
なんだよ?だいじょうぶ!だいじょうぶ!あたしがついてっから、悪酔いなんかしねえべさ!
ゆんべか?ゆんベは、あたしが魚や肉を食えっつったんに、オメエら、漬けもんや、湯豆腐なんかばっか食ってたべ。
あれじゃ、胃がまいるべさ。魚や肉を食えっつったんに・・・」
亮子は麻取の二人を睨みつけて、それから微笑んだ。
焼き肉と熱燗が並んだ座卓の前で、麻取たちは亮子に勧められるままに、焼き肉と飯を食って、熱かんを飲み始めた。
「胃がすっきりしたべ?」
亮子は、俯いている麻取たちの顔を覗きこんだ。
「はい、真理さん」
神崎誠が顔を上げた。
「姐御でいいべさ。昔は、よく、そう呼ばれたさ。
酒の席じゃあ、地が出るべ!アッハッハッ・・・」
酒の席でなくても、亮子が演じている真理の地金は出ている。訛った言葉は乱暴に聞えるが、佐介にとって真理の思いやりは黄金だ。
亮子と真理はしょっちゅう入れ代わっていたのだから、亮子も真理と同じだろう。以前、語った酒に関するこの言葉、あの当時を思いだす・・・。
「では、姐御、私は手酌で・・・」と神崎誠。
「おおっ!飲め!飲め!食いながら、飲むんだぞ!」
アルコールが回り始めた麻取二人は、二日酔いも何処吹く風、焼き肉をつつきながら、手酌で飲み始めた。
「そんでもまあ、人の話を聞くいいとこを持ってんだな、神崎は・・・」
亮子は、神崎誠の薄くなりかけた前髪を見ながらそう言った。このままだと神崎誠の前髪に手を伸ばし、クシャクシャにいじりそうだ・・・。
「真理さん、欲しい物はないか?」
佐介は亮子の注意をそらした。
「オオッ、サスケ!おめえ、気が利くなあ~」
亮子は首を捻って、麻取たちには見えない左目で佐介に目配せした。かなり飲んでいるが、そこは亮子の体質がカバーして、実質はほろ酔い程度だ。
「あたしゃねえ~、アンタがいりゃあ、そんでいいんさ!
だけんど、コイツらはダメだ。焼き肉も酒もダメだ。
大麻がいいんだべ。うん?そうだベ!よ~し!」
亮子が座りなおして、麻取を見つめた。
「麻取の二人は、大麻が大好きっ!
大麻を求めて三千里・・・、じゃねえな・・・。三百キロだ。
大麻を求めて三百キロ!
で・・・、大麻で何するんだべさ・・・」
最後の言葉は麻取たちにしか聞えない程度の小声だった。
「単なる~、証拠物件ですよ~。
これ以上は~、な~んも、言えません・・・。
守秘義務が~ありまして~・・・・」
酔いが回ってきた麻取たちはそれ以上何も話さない。
「まあ、いいべさ!飲め!飲め!」
亮子は酒と焼き肉を追加した。
この夜。麻取は悪酔いしなかった。食い過ぎになったが、胃炎は起こさなかった。
大広間の食卓で、真理に扮した亮子は、
「しっかり食わねえと、胃が回復しねえぞ。
ホレ、食え!」
お粥をすする麻取の二人に飯をよそった。
「そんな水っ気のもんばっか食ってっから、胃の中が水もんばっかだベ。
胃液が薄まっから、ドンドン胃液が分泌されて、また胃炎がひどくなるんさ。
いいか、こういう時はな、赤身の肉を食うんさ!
オ~イ、お姉さま~。
麻取の二人に、牛の赤身を焼いて持ってきとくれ!
どこの肉だっていいべさ!
舌も荒れてっから、味なんか、わかんねえベ!」
亮子は通りかかった仲居を大声で呼びとめた。麻取の二人は、麻取と呼ぶな、と言っているが、亮子は、何食わぬ顔だ。
「わかりました。お嬢さま!」
仲居は笑顔で亮子に答えて、佐介にウィンクした。
「あのお姉さん。サスケを気にいってんださ。サスケは人気もんだな」
そう呟きながら、亮子は麻取二人に、固形物も食え、と世話を焼いている。
「お嬢さま~、お持ちしましたよ~」
大広間の入口に、仲居二人が焼き肉の皿を持って現れた。
「お~、きたきた!ここに置いとくれ!」
亮子は座卓の、髪の薄い神崎誠の前を示した。
座卓に焼き肉の皿と付け合せの野菜サラダの皿、肉が少ない回鍋肉の皿が置かれた。
「若女将が、ビタミン不足にならないよう気にして、野菜もお付けしましたよ」
二人の仲居は佐介と亮子に微笑んでいる。
「若女将、さすがだべ!若女将に、よろしくいっとくれ!」
仲居にそう言い、亮子は麻取を見た。
「いいか、二人とも、良く噛んで食うんだぞ」
麻取の神崎誠と下田広治は、こんなものを食う気にならない、どうする?と互いに顔を見あわせて神崎誠が恨めしそうな顔で亮子を見た。、
「あの・・・」
「なんだそのツラは?いいから食ってみろ。タレだってしつこくねえぞ」
亮子は焼き肉を小皿にとって神崎誠の前に置いた。
渋々焼き肉を箸で摘まみ、神崎誠は目をつぶって焼き肉を口に入れた。そして、噛んだ。さらに飲みにくい薬を飲むような顔で、噛み砕いた焼き肉を飲みこんだ。
「・・・」
「吐いてもいいぞ!」
ニヤニヤしながら、亮子は神崎誠を見ている。
「いえ、もっと・・・」
神崎誠の箸がふたたび焼き肉へ伸びた。
「なっ、うめえだろう?
ここのタレは特別さ!
飯、食えるベさ!」
亮子は、飯をよそった茶碗を神崎誠に渡した。
茶碗を受けとった神崎誠は焼き肉を飯の上に載せて、焼き肉で飯をくるんで口へ入れた。口をモゴモゴ動かしながら、
「胃の・・・、むかつきが・・・、消えました・・・。
この肉、うまいっすね・・・」
下田広治に、アンタも食ってみろ、食えば胃のむかつきが消える、と話している。
「言ったとおりだべさ・・・。
いつも、何食ってんだ?ほれっ説明してみろさ!」
そう言って亮子は下田広治に、焼き肉を食え、と仕草で示した。
「うどんとか蕎麦が多いです・・・。
早く食えるんで・・・」
神崎誠はそう言って、焼き肉を頬張っている。
「そんなもんばっか食ってっから、蛋白質が足んねえべ・・・。
何てったかな。あのアミノ酸・・・。肉に含まれてるヤツ・・・。
疲れた身体が回復するのに、アミノ酸が必要だべ。蛋白質が・・・」
大麻の化学組成を知ってるだろうに、蛋白質のそんな事も知らねえのか、と呟きながら、亮子は下田広治の世話を焼いて話し始めた。
「いいか。そもそも大麻はオオグサと言ってな。古代の神事で用いられたんだ。
オオグサを焚いて吸いこんで、トランス状態で占いしたり、祓い草に使ったり・・・」
話が始ると長くなるぞと佐介は思った。亮子は焼き肉をツマミに熱かんを飲みだした。それもコップ酒だ・・・。このパターンは荒れるぞ・・・。
「いいか、オメエら!
飲む時はなあ~、あったけえ、脂っ気のねぇ~、いい肉を食って、熱い酒を飲むんだぞ!
そうすりゃ~、悪酔いなんかしねえべ!」
亮子はコップの酒をいっきに飲み干した。
「おねえさ~ん!お代り!こいつらにも、お酒!焼き肉もね!
なんだよ?だいじょうぶ!だいじょうぶ!あたしがついてっから、悪酔いなんかしねえべさ!
ゆんべか?ゆんベは、あたしが魚や肉を食えっつったんに、オメエら、漬けもんや、湯豆腐なんかばっか食ってたべ。
あれじゃ、胃がまいるべさ。魚や肉を食えっつったんに・・・」
亮子は麻取の二人を睨みつけて、それから微笑んだ。
焼き肉と熱燗が並んだ座卓の前で、麻取たちは亮子に勧められるままに、焼き肉と飯を食って、熱かんを飲み始めた。
「胃がすっきりしたべ?」
亮子は、俯いている麻取たちの顔を覗きこんだ。
「はい、真理さん」
神崎誠が顔を上げた。
「姐御でいいべさ。昔は、よく、そう呼ばれたさ。
酒の席じゃあ、地が出るべ!アッハッハッ・・・」
酒の席でなくても、亮子が演じている真理の地金は出ている。訛った言葉は乱暴に聞えるが、佐介にとって真理の思いやりは黄金だ。
亮子と真理はしょっちゅう入れ代わっていたのだから、亮子も真理と同じだろう。以前、語った酒に関するこの言葉、あの当時を思いだす・・・。
「では、姐御、私は手酌で・・・」と神崎誠。
「おおっ!飲め!飲め!食いながら、飲むんだぞ!」
アルコールが回り始めた麻取二人は、二日酔いも何処吹く風、焼き肉をつつきながら、手酌で飲み始めた。
「そんでもまあ、人の話を聞くいいとこを持ってんだな、神崎は・・・」
亮子は、神崎誠の薄くなりかけた前髪を見ながらそう言った。このままだと神崎誠の前髪に手を伸ばし、クシャクシャにいじりそうだ・・・。
「真理さん、欲しい物はないか?」
佐介は亮子の注意をそらした。
「オオッ、サスケ!おめえ、気が利くなあ~」
亮子は首を捻って、麻取たちには見えない左目で佐介に目配せした。かなり飲んでいるが、そこは亮子の体質がカバーして、実質はほろ酔い程度だ。
「あたしゃねえ~、アンタがいりゃあ、そんでいいんさ!
だけんど、コイツらはダメだ。焼き肉も酒もダメだ。
大麻がいいんだべ。うん?そうだベ!よ~し!」
亮子が座りなおして、麻取を見つめた。
「麻取の二人は、大麻が大好きっ!
大麻を求めて三千里・・・、じゃねえな・・・。三百キロだ。
大麻を求めて三百キロ!
で・・・、大麻で何するんだべさ・・・」
最後の言葉は麻取たちにしか聞えない程度の小声だった。
「単なる~、証拠物件ですよ~。
これ以上は~、な~んも、言えません・・・。
守秘義務が~ありまして~・・・・」
酔いが回ってきた麻取たちはそれ以上何も話さない。
「まあ、いいべさ!飲め!飲め!」
亮子は酒と焼き肉を追加した。
この夜。麻取は悪酔いしなかった。食い過ぎになったが、胃炎は起こさなかった。