三十六 事件を語るなかれ
文字数 2,342文字
午前〇時過ぎ。
真理と佐介は、客間に敷かれた布団に横たわった。
「なあ、どうすべか?」
ため息まじりに、天井を見つめたまま真理が呟いた。
大麻に絡んだ事件の関係者、神崎誠と下田広治が死亡した。同乗していた木村浩と峰岸亘は、神崎たち麻取の上司だろう。この時期、麻取たちが自損事故で死ぬなんてありえない。厚労省の特務官が処分を下したのだろうか?それとも、上層部が下田広治、神崎誠、木村浩三、峰岸亘ら四名の口を封じたのだろうか?
警察は単なる自損事故と発表して報道させたのだろう。警察は事故原因を調べる気が無いと思える・・・。
「厚労省の特務官が、出すぎた政策を処分し始めたんさ。関係者も含めてな。
大麻に絡んだあの事件も、厚労省の指示で警察庁が県警に圧力を掛けて事件を揉み消し、信州信濃通信新聞社に圧力を掛けて報道を封じたんだ。
あの交通事故だって、厚労省の圧力で、警察は単なる自損事故として扱ったんだべさ」
「じゃあ、まだ事故が続く・・・」
佐介は真理の横顔を見ながらそう言った。
「麻取と、麻取に指示した上司が消えた。
次は、麻薬取締部に指示した地方厚生局の担当者と、地方厚生局に指示した厚生労働省の上層部が消されるベさ」
「関係した全員が口封じされるのか?」
「あの神崎誠と下田広治と、その直属の上司らしき者たちが消されたんだ。
アイツらの上の、アホな政策を考えた連中は必ず消されるベ」
「下の者が消されても、上は残るだろう?」
「下の連中が責任を負わされて泣き寝入りしねえように、特務官が存在するんだべさ。
全員を処分するさ」
「神崎誠も下田広治も組織内では下の地位に居た人間だ。処分されなくていいはずだ」
「今回の件ではそうはいかねえベ。政策の進言者は神崎誠と下田広治だ」
真理の言葉を聞いて、佐介は何も言えなくなった。
「その事より、信州信濃通信新聞社が国家権力による報道禁止の政治圧力に屈したんだぞ。このままでいいわけねえべ」
真理は天井を見たまま、じっと考えこんでいる。
真理は国家権力に対抗して、事実を報道する気か?いやそうじゃない!政治圧力に迎合した信州信濃通信新聞社に嫌気が出始めてる・・・。佐介はそう感じた。
「あたしは、田辺編集長たちはもうちいっと骨のある連中だと思ってたんだ。ところがどっこい、ヘナチョコの腰抜けだ。一時はそう思った。
だが、ここまで、事件関係者が消される現状を知った今、編集長たちの判断は正しかったと思わないわけにはゆかなくなった・・・。
誰も被害者を出さずに、事実をおおっぴらにする方法はねえベかな」
「特務官は、有ってはならない事実を消してる。その事は公表しない。真理の曾祖父も、佐伯さんも、同じ事を思ってるはすだよ。理由は何だと思う?」
「有ってはならない事態を、正しい方向に戻した。
事実を公表すれば現体制が危うくなる。それを防ぐために事件を公表しない。
誰かが公表すれば、たとえ身内であろうと、その者は消される・・・」
「そう言う事だね。事件を公にしないための特務官なんだ・・・」
「そのうち時期をみて、事実を公表してみてえなあ・・・・」
「週刊誌か、その類いの何かで?」
「それしかねえべさ・・・・」
真理は、新聞ではない、他のマスメディアを考えている。
記録してあるのは、長野大通りの玉突き事故現場の映像と、安曇野東山麓の村の、蕎麦屋の爺さんが語った、麻取たちに指導された麻の栽培に関する録音だけだ。その録音に、神崎誠と下田広治の名前は録音されていない。
残っているのは、オフレコで岡松製薬から取材した、
「厚生労働省がテトラヒドロカンナビノールの合成薬物研究を製薬会社に特別認可した」
と言う事と、神崎誠と下田広治が説明した、
「厚生労働省、地方厚生局、麻薬取締部の指導と監督の一環として、極秘に、大麻栽培を指導して、新薬の原材料を手配していた」
と言う事だけだ。
週刊誌などで公表するには、核心を突く物証となる情報量があまりに少ない。そして取材内容の裏付けを取るのはあまりにも危険だ。田辺編集長たちはその事を考慮して事件の報道を避けた・・・。
「推測とかなんかの対談形式で話すしかねえな。そんなら裏付けはいらねえベ・・・」
「週刊誌か・・・」と佐介。
情報あるいは取材内容を週刊誌へ流すなら、信州信濃通信新聞社を退く事になる。
真理はそれを考えている。
「まあ、そう言う事になるべさ」
言いだしたら突っ走る真理だ。
「まあ、安心しな。今すぐの話じゃねえよ・・・」
真理の腕が佐介の首に巻きついた。佐介に身を近づけた。
「なあ、腰を揉んでくれ・・・」
真理が佐介に背を向けた。佐介は真理の腰に手を当てて凝った部分を探った。
「真理ちゃん・・、腰だけじゃなくって、背中と首筋が凝ったままじゃないか」
「ああ、良子伯母さんの疲れを取ってやったんさ。憑かれた物は、サスケに祓ってもらおうと思ってた」
「俯せになって」
佐介は真理を俯せにして、マッサージしながら、生霊を祓う祈祷をした。
「ああ・・・、抜けてったな・・・・。
これから、いろいろあると思う・・・。
亮ちゃんとあたしを、頼むぞ・・・。
たまには三人でJewelry Pandoraへ行こう・・・」
真理はすでに、Jewelry Pandoraの経営を考えていた。
「その時は亮ちゃん、喜ぶベ・・・」
真理の声が途切れて、規則正しい息遣いが聞えてきた。
ああ、そう言う事か。特務官は、現世の、あってはならぬ事態を、除霊するように浄化してるんだ。除霊者が何を除霊したかなど語らぬように、特務官も、浄化した事態を語りはしないし、他の者に語らせる事もしない・・・。
佐介は真理に布団をかけて横になり、布団を引きよせて目を閉じた。
(了)
真理と佐介は、客間に敷かれた布団に横たわった。
「なあ、どうすべか?」
ため息まじりに、天井を見つめたまま真理が呟いた。
大麻に絡んだ事件の関係者、神崎誠と下田広治が死亡した。同乗していた木村浩と峰岸亘は、神崎たち麻取の上司だろう。この時期、麻取たちが自損事故で死ぬなんてありえない。厚労省の特務官が処分を下したのだろうか?それとも、上層部が下田広治、神崎誠、木村浩三、峰岸亘ら四名の口を封じたのだろうか?
警察は単なる自損事故と発表して報道させたのだろう。警察は事故原因を調べる気が無いと思える・・・。
「厚労省の特務官が、出すぎた政策を処分し始めたんさ。関係者も含めてな。
大麻に絡んだあの事件も、厚労省の指示で警察庁が県警に圧力を掛けて事件を揉み消し、信州信濃通信新聞社に圧力を掛けて報道を封じたんだ。
あの交通事故だって、厚労省の圧力で、警察は単なる自損事故として扱ったんだべさ」
「じゃあ、まだ事故が続く・・・」
佐介は真理の横顔を見ながらそう言った。
「麻取と、麻取に指示した上司が消えた。
次は、麻薬取締部に指示した地方厚生局の担当者と、地方厚生局に指示した厚生労働省の上層部が消されるベさ」
「関係した全員が口封じされるのか?」
「あの神崎誠と下田広治と、その直属の上司らしき者たちが消されたんだ。
アイツらの上の、アホな政策を考えた連中は必ず消されるベ」
「下の者が消されても、上は残るだろう?」
「下の連中が責任を負わされて泣き寝入りしねえように、特務官が存在するんだべさ。
全員を処分するさ」
「神崎誠も下田広治も組織内では下の地位に居た人間だ。処分されなくていいはずだ」
「今回の件ではそうはいかねえベ。政策の進言者は神崎誠と下田広治だ」
真理の言葉を聞いて、佐介は何も言えなくなった。
「その事より、信州信濃通信新聞社が国家権力による報道禁止の政治圧力に屈したんだぞ。このままでいいわけねえべ」
真理は天井を見たまま、じっと考えこんでいる。
真理は国家権力に対抗して、事実を報道する気か?いやそうじゃない!政治圧力に迎合した信州信濃通信新聞社に嫌気が出始めてる・・・。佐介はそう感じた。
「あたしは、田辺編集長たちはもうちいっと骨のある連中だと思ってたんだ。ところがどっこい、ヘナチョコの腰抜けだ。一時はそう思った。
だが、ここまで、事件関係者が消される現状を知った今、編集長たちの判断は正しかったと思わないわけにはゆかなくなった・・・。
誰も被害者を出さずに、事実をおおっぴらにする方法はねえベかな」
「特務官は、有ってはならない事実を消してる。その事は公表しない。真理の曾祖父も、佐伯さんも、同じ事を思ってるはすだよ。理由は何だと思う?」
「有ってはならない事態を、正しい方向に戻した。
事実を公表すれば現体制が危うくなる。それを防ぐために事件を公表しない。
誰かが公表すれば、たとえ身内であろうと、その者は消される・・・」
「そう言う事だね。事件を公にしないための特務官なんだ・・・」
「そのうち時期をみて、事実を公表してみてえなあ・・・・」
「週刊誌か、その類いの何かで?」
「それしかねえべさ・・・・」
真理は、新聞ではない、他のマスメディアを考えている。
記録してあるのは、長野大通りの玉突き事故現場の映像と、安曇野東山麓の村の、蕎麦屋の爺さんが語った、麻取たちに指導された麻の栽培に関する録音だけだ。その録音に、神崎誠と下田広治の名前は録音されていない。
残っているのは、オフレコで岡松製薬から取材した、
「厚生労働省がテトラヒドロカンナビノールの合成薬物研究を製薬会社に特別認可した」
と言う事と、神崎誠と下田広治が説明した、
「厚生労働省、地方厚生局、麻薬取締部の指導と監督の一環として、極秘に、大麻栽培を指導して、新薬の原材料を手配していた」
と言う事だけだ。
週刊誌などで公表するには、核心を突く物証となる情報量があまりに少ない。そして取材内容の裏付けを取るのはあまりにも危険だ。田辺編集長たちはその事を考慮して事件の報道を避けた・・・。
「推測とかなんかの対談形式で話すしかねえな。そんなら裏付けはいらねえベ・・・」
「週刊誌か・・・」と佐介。
情報あるいは取材内容を週刊誌へ流すなら、信州信濃通信新聞社を退く事になる。
真理はそれを考えている。
「まあ、そう言う事になるべさ」
言いだしたら突っ走る真理だ。
「まあ、安心しな。今すぐの話じゃねえよ・・・」
真理の腕が佐介の首に巻きついた。佐介に身を近づけた。
「なあ、腰を揉んでくれ・・・」
真理が佐介に背を向けた。佐介は真理の腰に手を当てて凝った部分を探った。
「真理ちゃん・・、腰だけじゃなくって、背中と首筋が凝ったままじゃないか」
「ああ、良子伯母さんの疲れを取ってやったんさ。憑かれた物は、サスケに祓ってもらおうと思ってた」
「俯せになって」
佐介は真理を俯せにして、マッサージしながら、生霊を祓う祈祷をした。
「ああ・・・、抜けてったな・・・・。
これから、いろいろあると思う・・・。
亮ちゃんとあたしを、頼むぞ・・・。
たまには三人でJewelry Pandoraへ行こう・・・」
真理はすでに、Jewelry Pandoraの経営を考えていた。
「その時は亮ちゃん、喜ぶベ・・・」
真理の声が途切れて、規則正しい息遣いが聞えてきた。
ああ、そう言う事か。特務官は、現世の、あってはならぬ事態を、除霊するように浄化してるんだ。除霊者が何を除霊したかなど語らぬように、特務官も、浄化した事態を語りはしないし、他の者に語らせる事もしない・・・。
佐介は真理に布団をかけて横になり、布団を引きよせて目を閉じた。
(了)