第10話

文字数 1,477文字

10
 そんな秋も深まったある日のこと。
 あの「初めての甲子園」で、全くストライクが入らなかったという、僕らのエースが本当に久しぶりに、ひょっこりとブルペンへやって来たんだ。
 三年生で受験のこととか担任に相談しての帰り、たまたまブルペンの近くを通ったら、「パーン!」という景気のいいボールの音が聞こえたから、「どんなピッチャーが投げてんのかと思った」とか言って。
 実は彼は、甲子園での出来事がひどいトラウマになり、それから野球自体もやめてしまっていたんだ。だけどまだ野球に未練があったんだろうね。
 彼は腕組みして、僕のピッチングをしばらくじっと見ていた。
 そして僕のピッチングを見て、とても驚いていた。
「いつのまに、ここまでのピッチャーになっていたんだ?」って。
 それでピッチングを一休みして、僕らは少し話をした。
 甲子園の後、僕が「放牧」されて以来のいろんな悪戦苦闘についてとか。それはもう、少々尾ひれを付けて、根掘り葉掘り。
 先輩のキャッチャーにたくさん受けてもらったことや、ピッチングフォームのことや、バランス感覚のことや、持久力のことや、指の力のことや、そしてたくさんたくさん投げて走ったこと等など…
 そして僕はピッチングのイメージの話をした。
「…それで、まずモーションを起してから、僕は軸足でしっかりと立って、目標を決めて正しい位置に左足を踏み出して、それからあくまでも足腰が主導して、その流れからそのまま腰をひねって、あとは…、あとは上半身が勝手にどうぞって感じで動いて、そしてそのまま思い切りブンと腕を振るんです…」
 とにかく僕がいつもやっているピッチングについて説明をしたんだ。そしたらそれを聞いた元エースは、
「へぇ~、君はそんなイメージで投げていたんだ。それで上達したんだ。でもそのイメージ、俺にも何となくわかるかな。下半身主導って、ピッチングの基本だよね。だけど考えてみると俺、甲子園じゃ全然出来てなかったよな。全くお恥ずかしい話さ。一体俺、何やってたんだろうね。ばかみたい。でもあのとき俺、緊張で脚はガクガクだったし。ストライク投げなきゃ投げなきゃってばりばりあせっちゃって、もうフォームもへったくれもなくて、手だけで投げてた気がする。っていうか俺、緊張しちゃって、きっと投げ方忘れてたんだよな。どうやって投げていたのか全然覚えていないし。だけどそうか! そうだったんだ。君みたいな感じで投げればよかったんだ。これは惜しいことしたな。何たって甲子園だもんな。だけど、よし! 俺もとりあえず、試しにそんなイメージで投げてみようかな。あ! 何だか俺、また投げたくなっちゃったじゃん。そうだ! 俺、大学行っても野球続けるよ。受験する大学には軟式野球部とかあるみたいだし。うん! やっぱり俺、野球続けるよ!」
 そんな元エースの新たな決意を聞いて、僕らは顔を見合わせた。先輩はとてもうれしそうで、そしてほっとした表情をしていた。
 それで僕が、「野球、絶対続けて下さいね。大学でもエースを張って下さいね!」というと、
「まかせとけって! おまえこそ、野球、ずっと頑張れよ!」って言って、それから先輩のキャッチャーには、
「こいつのことよろしくな。甲子園で大活躍したんだからな。しっかり育ててくれよ!」って。
 それで僕らが大きくうなずくと、元エースは「練習の邪魔したな」ってカッコよく言ってから、とても晴れがましい顔でブルペンを後にした。

 それから僕と先輩は一緒に、元エースの背中に向かって声をかけた。
「先輩頑張って~! 絶対に野球続けて下さいね~♬」
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