第36話

文字数 2,843文字

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 来シーズンへ向けた秋季キャンプで、僕は一軍監督にリクエストされた115キロくらいの落ちる系の球についていろいろと考えた。最速134キロのまっすぐと80キロのカーブ。たしかに115キロがあれば三段変速でいいのかも。投球の幅がさらに広がるよね。
 で、宿舎でもあれやこれや考え、いくつか候補を上げ、それらをキャッチボールで試しに投げたんだ。
 まずは順当にチェンジアップ!
 これはピンチ力を鍛えていない薬指、小指と、鍛えた中指の三本で投げる感じ。すると薬指、小指の力が弱いのでバックスピンが少なく、球速もやや遅く、しかも鍛えた中指も関与するので、結局シュート回転になる。
 だけど僕が投げてみると、何と言うか、120キロくらいの平凡なシュート回転。草野球の投手並みの球で、特段「落ちる」わけでもない。
 甘く入ったら豪快に飛ばされるだろうね。
 とりあえずボツ!
 いや、もしも将来、僕が140キロ近い球を投げられるようになったら、使い道はあるかもしれない。思い切り腕を振って、だけど球が来ない、みたいな。
 一応練習は続けようかな。左バッターの外角へ投げるのはありかも。
 それじゃフォーク!
 何球か投げて思ったけれど、何だか肘を痛めそうだし、コントロールはでたらめだし、当面「水」の上半身に任せられるような代物でもなさそう。それに僕は指が短いから、あまり出来そうなイメージが湧かなかった。やるとしてもすごく時間がかかりそう。来シーズンに間に合うわけない。
 とりあえずこれもボツ!
 そのうちあの先輩の投手に教えてもらおうかな。
 でもマスターするのは5年後かな。

 とにかくいろいろ考えて、結局チェンジアップかフォークしか思い浮かばなかったわけ。だけど一軍監督は来シーズンまでに(キリッ)って、細い目でせっかちなこと言っているんだ。
 それでどうしたもんかと、またいろいろ考えていたら、これまたキャンプの宿舎のホテルで、朝、夢の中で魔人が出てきて、「おぬしのあのドロンと落ちる魔球はどうなのじゃ?わっはっは」と言ってからドロンと消えた。
 そうだ!あのドロンと落ちる例の「魔球」を意図して投げられないものだろうか?
 だけどあの魔球がドロンと姿を現すのは、僕が絶体絶命のピンチのときだけ。最近では、二軍戦初登板の最終回の大ピンチで僕を救って以来姿を現していない。つまり自分で制御できる代物ではないんだ。どうしたもんだろう…
 そうだ! それじゃ、わざと大ピンチを作って詳しく調べたら?
 それで僕はフェニックスリーグの試合で先発したとき、例の内野守備の送球のための「第三のフォーム」開発時に目標にしたバケツをぼこぼこにして怒られて以来、よく話をするようになった、球団の用具係の人に、「わざとピンチを作る」というばかげた計画を詳しく説明し、気心が知れていたおかげでその人も、僕のそんなむちゃくちゃな話に「いいじゃんいいじゃん(^^♪」と言って、その悪だくみに協力してくれることになったんだ。
 それでどんな用具を使ったもんか、二人で悪だくみして考えて、そしたらスコアラーが偵察用に使うとかいう、超ハイスピード撮影が出来る、超望遠レンズがついたカメラを持って来てくれて、それを三塁側スタンドに設置し、魔球をリリースする瞬間の、僕の手元の様子を撮影してもらうことになったんだ。

 それからその試合で先発して、僕は12球連続わざとボール球を投げ(ばれないように首をかしげたり肩をゆさゆさしたりしながら)、得意のバックネット暴投もやり、それでノーアウト満塁とし、しかも次の打者にボール球をわざと3つ投げ、それからスローカーブ2つでストライクを2つ取り、つまり「ノーアウト満塁、スリーボールツーストライク」という絶妙の絶体絶命の大ピンチをねつ造したんだ。
 それから自分の気持ちを豪快に追い込み、「いい球放らなきゃ!」って自分にばりばりプレッシャーをかけ、特大の十字架も背負ってみた。
 つまり例の落ちる魔球がドロンと姿を現す、絶好のシチュエーションをねつ造したわけ。
 それから三塁側スタンドでカメラを構える用具係の人に目配せして、カメラをスタートしてもらった…
 だけど…、だけど残念ながら、そう簡単にはその魔球が姿を現すことはなかった。それはたぶん、本当の本物の大ピンチではなく、所詮はねつ造して作った「偽ピンチ」だったからだろう。
 で、姿を現さない以上、それからは無難に投げ、その回はシュートでゲッツーとかで1失点で切り抜けた。
 だけどその日、そんなバカなことをやった三回目だった。
 いくらなんでも三回目ともなると、僕が「偽ピンチ」を作っているということを知らないピッチングコーチもだんだん険しい顔になっていて、いらいらしはじめ、ベンチをうろうろしはじめ、僕を変えそうな雰囲気をばりばり醸し出していたんだ。
 で、もし交代させられようものなら、このイカサマ猿芝居も水泡に帰してしまうじゃん。
 これはヤバい!
 で、これは本物の大ピンチだ!
 つまりそういうわけで、わざと作った偽ピンチが、三度目の正直で本物の大ピンチになってしまったんだ。
 そうすると、僕の背負った特大の偽物の十字架が、いきなり特大の本物の十字架になっていたわけ。
 そして僕がその本物の、正真正銘の特大の十字架を背負ったそのとき、ついにその魔球が…

 その夜、宿舎のホテルで、そのクローズアップされたスーパースローの映像で、魔球を投げる瞬間の、僕の手と指の動きをつぶさに観察した。
 で、モニターでよく見てみると、僕の手はカーブみたいに小指側から進んでいて、だけどボールの握りはストレートになっていたんだ。
 つまり自分ではまっすぐのつもりが、実際には紙飛行機投げをやっていたということ。ほんとうにひどい投げ方。まっすぐの握りのままカーブだなんて…
 それで、何度も再生して見てみると、これはカーブに近いのだけど、カーブのように抜けるのではなく、何と言うか、ボールを「切る」、いや、「しばく」ようにリリースされていることが分かった。
 だから球速はそこそこ出ていて、しかも鍛え上げたピンチ力で握ったボールを切って、いや、しばいているので、しばいた瞬間に豪快なトップスピンがかかっていたんだ。
 まあややこしい話はさておいて、投げ方は要するにまっすぐの握りで「紙飛行投げ」をやればいいわけ。
 これなら簡単じゃん!
 そしてスコアラーの人にそのときの球速を訊いてみると、117キロと記録されていたらしい。これなら途中までまっすぐに見えるし、突然落ちたら打者は空振りするわけだ。
 要するにこれは「鋭く曲がる速いカーブ」とも言えるけれど、滅多に出なかったこの球を、僕は「おばけ」と呼ぶことにした。
 ちなみにスーパースローの映像から、おばけはツーシームで握った方が落ちがよさそうだと思った。
 とにかくこれで、一軍監督からの宿題はばっちり満額回答出来たじゃん♪
 よし! 早速明日から練習するぞ!
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