第32話

文字数 2,154文字

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 対戦が決まった二軍の相手チームの試合は、例のDVDで、それからもう嫌というほど見まくった。
 打席に立つ1番打者から9番打者まで、どういう仕草をしたらどういう球を待っているかとか、とにかく事細かに観察し、全ての打者の弱点なんかも含め、再度メモ魔になってメモりまくり、それらをことごとく頭に叩き込んだんだ。
 そして実はこのチームには、僕が高校二年の秋の大会で豪快にホームランを打たれた、例の強打者も僕と同期でドラフトに指名され、その対戦チームに入団していた。僕同様まだ二軍だったけれど、二軍では無双に近かったみたいだ。
 高校二年の秋の大会で僕は、「変に意地になって、ダイナミックにまっすぐを続けて…」、そして彼からホームランを打たれた。だからそれを反省し、また打たれないように、どうやって攻略するかもいろいろと考えた。間違っても意地にならないよう、心に誓った。
 それから実は、僕とよく話をする例の先輩のキャッチャーと、何とその試合でもバッテリーを組むことになった。それはある日、たまたま二軍の球場のトイレで、並んでおしっこをしていた二軍監督が僕に言ったんだ。
「お前ら、よく寮で対戦相手の研究なんかやっとるみたいじゃないか。感心感心。それで今度の二軍戦ではあいつと組んでもらう。それにあいつは早生まれだから、お前ら二人で『十代バッテリー』で、来年の開幕カードで売り出すか。あいつもぎりぎり十代だ。それにあいつはいい肩しとるから、お前の牽制とかクイックのいまいちなところも補ってくれるだろう。お前は頭脳的ピッチングが出来そうだし、お前らいいペア、というか、補い合えるバッテリーだと思うんだ。まあ、油断せんとしっかり研究しとけ!」なんて、二軍監督はすごく夢のあることを、年寄りらしく僕より長々とおしっこをしながら話してくれたんだ。
(あの先輩と一緒に、あのドーム球場でバッテリーかぁ…)
 僕の夢は膨らみ、そして首脳陣はちゃんと僕らを見てくれていたんだと思うと、俄然やる気も出てきた。(牽制やクイックはもっとがんばらなきゃ。で、僕、頭脳的なの?)
 もちろん彼も寮にいるから、それからもみかんを食べながら、一緒にたくさんの動画を観て、晩くまで二人で張り切って、いろいろとディスカッションをしたんだ。
 それから先発数日前のブルペン調整では、その先輩に対戦チームの二軍の1番打者から順に、各打者を想定した実戦的なリードをしてもらい、例によって「仮想対決」をやった。
 もちろんこれは気合を入れて徹底的にやったんだ。もうああでもないこうでもないと。
 それと実は、例の外野フェンスへの「えいやっ!」っていう送球練習を手伝ってもらって以来、例のベテラン三塁手の人ともとても気が合い、というか妙に可愛がってもらって、そしてよく話もしていたんだけど、僕とその先輩キャッチャーとで、いろいろと「仮想対決」の作戦会議をやっている最中に、突然そのベテラン三塁手の人がバットを持ってひょろりとやってきて、いきなり打席に立って、「投げてみいや!」とか言い出したんだ。
 それで僕らが「仮想対決」をやっている話をしたら、
「よっしゃ分かった。ええと、ほたら、一番、誰それや!」とか言って、その選手そっくりの構えをしてくれたんだ。
 その人はもう「球界の知恵袋」みたいな存在だったから、それから右左各打者全員を、もう物まね大会みたいにとても上手にまねしてくれて、そして各打者のくせや弱点なんかも事細かに教えてくれたんだ。もちろん僕は再々お尻のポケットからメモ帳を出し、メモ魔…
 それから僕のフォームを見て、
「お前さんのフォーム、テイクバックをもうちょっとこうしたらぁ、球の出所が見えへんで、俺らもっと打ちにくうなるんやけどな」とか言って、僕のテイクバックの位置を微妙に変えるようにと提案してくれた。実はテイクバックをどうするかは、例によって上半身が「水」になる直前のことだから、僕にとって多少の変更の余地はあったんだ。
 そしてそれはあくまでも打者目線で、とても的確なアドバイスだったから、それは本当に参考になった。
 その人はそれからしばらくブルペンにいて、そして首脳陣なんかと談笑してから、また僕らのところへ来て、「じゃ、俺、ひとっ走りしてくるわ。試合頑張りや」と、爽やかに笑って、それから颯爽と走りに出かけた。
 そしてそれからも仮想対決は続き、ランナーが出たら速いのやら遅いのやらのクイックで投げてみたり、とにかく本当に試合をやっているかのように、徹底的にシミュレーションをやったんだ。
 それから、途中からやって来たピッチングコーチも、いろいろとアドバイスしてくれたし、
「いいぞいいぞ。恐がらずにしっかり腕を振れ」とか、
「とりあえず今はコントロール度外視でいいから、とにかくキレのある球を投げろ」とか、
「しっかりしたフォームが出来たらコントロールは後から付いてくる」とか、誰かさんに言ったのと似たようなことを言ってくれた。
 だけど僕の球って、「キレ」はあっても、先輩みたいな「力」はないのかな? まあいいけど。
 それはともかく、僕の二軍戦の試合を、みんなが気に掛けてくれているのかな、とか思って、僕はなんだかとても勇気付けられ、そしてとても嬉しかった。
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