第16話

文字数 1,912文字

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 それから監督は無理のない、いいあんばいの日程で、名門校なんかとの練習試合を組んでくれた。だからそういう試合でも、僕はいろんな打者と対戦し、いろいろと経験を積むことが出来たんだ。
 そんな中で結局、歩幅をやや狭くすると、左足がやや早めに接地するから、そうすると何というか、左足が「ストッパー」みたいに、あるいは「壁」みたいになって、それで体が、そして左肩が開きにくくなる。もちろん僕自身も、左足が接地した段階では、まだ肩が開かないように心がけてもいたし。
 それで、左足が接地したらまず腰をひねるのだけど、実は「水」の上半身は受動的に動くので、遅れてついてくる感じになる。つまりわずかなタイムラグ。
 この瞬間、腰は回転していても、肩はまだ開いていない。
 だからこのとき上半身はねじれている。


 そのタイムラグこそが肩の開きの遅れなんだ。そして肩の開きが遅れると、打者に胸を向けるタイミングも遅れる。
 打者は投手の胸が見えて、ボールを持った手が見えてこないと、打撃の動作に入りにくい。だから肩がなかなか開かなければ、なかなか打撃の動作に入りづらい。つまり打ちにくくなるんだ。
 もちろんこれは僕なりの考えだよ。いろんな大投手が書いた本なんかも読んで、一応僕も打者の立場で考えて、そして僕が投げた球に対する打者の反応も見て、僕が勝手に考えたんだ。
 だから言っておくけど、万人向けかどうかは豪快に自信ないからね。
 だけど同級生のキャッチャーは僕に、「このごろ球持ちが良くなったじゃん」って言ってくれたから、あながち嘘でもないんじゃないかな。
 ともかく練習試合でもいろいろ経験するうちに、僕はそんなことを含め、いろいろと学んだんだ。とにかく自分の投げた球に対して、打者がどういう風に反応するかをよく観察して、それをフィードバックすることがとても大切なんだ。

 そしてずっと前から、僕の球種が「化ける」話をした。勝手にスライドしたりシュートしたり…
 前にも言ったように、これはボールをリリースするときに、手のひらが正しくキャッチャーの方を向いていないのが原因だろうと、僕はずっと思っていた。
 だけど、例の「紙飛行機投げ」の練習で、「水」の上半身が覚えてくれたみたいに、試合でたくさんの経験を積むうちに、「正しく手のひらを向ける」ということも、「水」の上半身がだんだんと覚えてくれていたようだった。
 だから幸か不幸か、ボールが勝手に「化ける」ことはだんだんと少なくなったし、コントロールもその分少し安定してきた。
 これは不幸なのかなとも思ったけれど、実はボールの持ち方で「化け具合」を制御できると分かり、僕はとても安心した。
 つまり僕の場合、フォーシームでボールのやや右側を握るとスライダーになるし、ツーシームでボールのやや左側を握るとシュートになる。こんなことも練習試合やブルペンでの投球練習で見付けたこと。
 だから僕の球種は、
 フォーシームの伸びるまっすぐ
 フォーシームのスライダー
 ツーシームのシュート
 スローカーブ
 落ちる魔球
 の五つに集約された。

 そしてこのスライダーやシュートは、打者の近くで地味に曲がるみたいで、フォームもまっすぐと全く同じだし、だからまっすぐとほとんど見分けがつかず、そうすると打者が気付かないうちにボールはバットの芯を外れ、いい当たりになりにくい。
 つまり「打たせて取る」ピッチングが出来るというわけ。
 それとコントロールが少し良くなって、ボールもそんなに化けなくなったので、僕はバッティング投手として、再びチームから採用してもらえた。(とても嬉しかった)
 みんなにカーブ打ちの練習もさせてあげられたし。
 ただし例の「落ちる魔球」だけは、意図して投げられるものではない。その頃も試合のピンチなんかで時々ドロンと姿を現し、つまりノーアウト満塁スリーボールツーストライクなんていう、豪快にプレッシャーの掛かる場面で姿を現すことも多かった。(練習では決して姿を現さないのだ!)
 もちろんそれで空振り三振となるので、試合ではとても重宝した。
 ただしその投げ方は、その後もずっと分からなかった。
 とにかくこんな僕のいろいろな経験は、逐一監督に報告していたのだけど、実は監督は豪快なメモ魔で、だからそれが膨大な資料となり、監督はそれらをまとめ、やがてそれはうちの野球部秘伝の分厚い「投手育成プログラム」となり、代々後輩へと受け継がれていった。
 だから後輩にも、僕みたいなキャラの投手が育ち始めたんだ。

 そうやっていつのまにか時が過ぎ、僕は三年生になり、やがて夏が来て、そしていよいよ三年の夏の全国大会地区予選が始まった。
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