第31話

文字数 2,858文字

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 球団には莫大な数の試合の中継がDVDに録画されている。もちろん一軍、二軍両方だ。
 それで僕は速攻で、そのころ電気屋に勤めていた、高校の先輩にスマホで連絡し、DVDの見れる一番安いテレビ売って下さいと頼んだら、「お前テレビなんか見とる暇あんめ」とか言われたから、「僕は対戦相手の研究のために試合の録画を観るんです!」と言ったら、「よっしゃわかった。そういうことか!」といって速攻で送ってくれることになり、それから「ドラフト8位は給料安いやろ。金は要らんぞ!俺からの気持ちだ!」とも言ってくれ、だけど僕が「いや払います!」と言ったら「水臭いこと言うな!これは俺の気持ちだ!」と言い、それでも僕が「いやいや先輩にはお世話になりっぱなしでとても申し訳ないので絶対払います」と言っても「いやいやいやいや、これは俺の気持ちだ! お前俺の顔つぶす気か」とまで言われ、それからしばらく押し問答になったけれど、結局先輩は「それじゃお前の200勝の記念のボールを一カ月だけ俺の家の仏壇に安置させてくれ。ただし200勝出来んかったらテレビは返してもらうからな」ということで無事話が付き、だから結局、先輩にはまたまたお世話になっちゃった♪ 
 僕が200勝投手かぁ。はぁ~

 翌日には早速手頃な大きさのテレビが寮に届いて、偶然に実家から、何故か箱入りのみかんも同時に送ってきて、ちょうど良かったのでみかん箱の上にテレビを載せ、みかんは箱の横にカッターナイフで四角い小穴をあけ、そこから一個ずつ取り出して食べることにした。
 四角い小穴…、そのとき僕は小さいころ投げていたテニスコートの壁のストライクゾーンを思い出したけれど、そういうことはまあどうでもいい。
 それはいいけれど、それから僕は、いろんな試合のDVDを球団事務所で借りてきて、もう観て観て観まくった。
 一人で観たり、例の先輩のキャッチャーとか、いろんな人と一緒に観たり。
 それで各打者の得意なコース、苦手なコース、構えからどんな球を待っているか、どうやって凡打を打たせるか、どんな球で三振に取れるか、とにかくそんなことを自分で考えたり、一緒に観るときはみかんやお菓子なんかも食べながら、いろいろとディスカッションしたり。
 それで自分で何かを見付けたり、先輩のキャッチャーとかが何か意見を言ったり、もちろん録画だから解説者がいろいろ言ってくれたりもするし、そして録画ですぐに結果もわかる。それにプレイは何度も巻き戻して観られるし。
 そうやって打者の傾向やら弱点やら、とにかく何か分かったらすぐにDVDを止め、高校の監督みたいにメモ魔になってメモまくった。
 そしてそんなことを来る日も来る日も、時間の許す限り延々とやり、そうして僕は両リーグのほとんどの打者についての、膨大なデータを作ったんだ。
 ところで、僕がそういうことをやろうと決めた元々の理由は一体何だろうか?
 それは入団して初めてプロのブルペンに入って、プロの、生き馬の目を抜くようなすさまじい球を見たからだ。
 そしてそのとき僕は、(あんな球を投げるためには、僕なら必死こいて百万年はかかるだろう。だから僕は、ここでは「遅い球」で生きていくしかない…)
 そう思ったからこそ、僕がここで遅い球で生きていくために、必死こいてこんなことをやっているんだぞ!だから遊びに行くひまなんて、僕にはないんだぞ!
 で、それはいい!
 とにかくそういうプロセスを経て、それから僕はブルペンに入ったときに、肩が出来たら気心の知れた恐い鬼瓦のブルペン捕手の人にも協力してもらい、「今日はどこどこのチーム先発、行きます!」とか言って、仮想上の「勝負」も始めたんだ。ただ単に「ナイスボール!」とかじゃなくてね。
 するとブルペン捕手の人も鬼瓦を笑顔に変えて快くそれに協力してくれ、仮想対戦打者別に、そして状況に応じて球種やコースを指示してくれて、いいシュートを投げたら「今のはショートゴロゲッツーやな」とか、スライダーが甘く入って「やられた!バックスクリーン持っていかれたぞ!」とか、いろいろと「判定」してくれたんだ。
 とにかくそれからは、ブルペンに入ったら、いつもいつもそういうシミュレーションをやることにした。
 もちろん僕は、例のメモ魔で作った膨大なデータを根拠に投げていたし、それを経験豊かなブルペン捕手の人に判定を仰いだという訳だ。
 ちなみにこの人は、一軍試合出場こそ多くはなかったけれど、10年以上控えの捕手として、チームを支えた苦労人だった。だから本当に信頼できるアドバイスをしてもらえた。
 そうやって僕は、莫大な数の「実戦」を、そういうバーチャルで積むことにしたんだ。もう夢にまで出て来るくらい。(実際夢の中でも対戦してたし…)
 とにかくこうでもしないと、自分はプロではやっていけないと分かっていたから。

 それからしばらくしたある日、ピッチングフォームが迷子になり、僕の初ブルペンの日に、めちゃくちゃに投げていた例の先輩の投手がブルペンで投げていた。
 あれからずいぶん試行錯誤しながら練習していたみたいだし、僕の高校の監督がメモ魔で作った例の「投手育成プログラム」も、いいあんばいに取捨選択しながら取り入れているみたいだった。
 そしてその日、全くコントロールが出来なかったことが嘘のように、結構投げられていた。結構アバウトに球は散らばってはいたけれど、だけど上半身を「水」にしているのは、僕にもすぐに分かった。
 それで僕が後ろで見ていると、先輩は「勝手に上半身どばっと」とか、ダサいことつぶやいていたし、とにかくゆったりとしたリラックスしたフォームから、回転のいい、そしてすごい勢いのストレートを放っていたんだ。
 僕なんかよりずっとスケールの大きな投手なんだなと、そのとき僕はあらためて思った。僕よりも20キロはストレートが速そうだった。うらやましかった。(でも僕は僕だけど…)
 そしてその先輩投手の傍らには、今年から入ったあのピッチングコーチがいた。
「いいぞいいぞ。恐がらずにしっかり腕を振れ」とか、
「とりあえず今はコントロール度外視でいいから、とにかく強い球を投げろ」とか、
「しっかりしたフォームが出来たらコントロールは後から付いてくる」とか、彼に自信を持たせるような、そして僕もそう言いたくなるような言葉をかけていたんだ。
 そしてそれからも先輩は、ミットに突き刺さるような鋭い球を投げ続けた。すごい音がしていた。
 まだ完全ではないのかもしれないけれど、彼もかなり復活したのだろうと思い、それが僕にとっては、自分のことのように嬉しかった。

 そのあと僕もブルペンでいっぱい投げたけれど、先輩の球に比べたら、僕の球はずいぶん牧歌的…(はぁ~)
 だけどこればっかりは仕方がないもんね。やっぱりここでは遅い球で生きていくぞと、僕はあらためて心に誓ったんだ。
 そして僕の二度目の先発の日が近づいた。
 今度は二軍戦。だから前の独立リーグとは訳が違う。
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