第28話

文字数 1,919文字

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 それからはとにかくもう、「それっきゃない」と思って、さんざん必死こいてボールを拾っては耳へ持って行き、ステップして投げ、また拾っては耳…
 ところがある朝、これまた夢の中でこれをやっていたときに思いついたのだけど、このときなるべく腕を縦に振るようにするといいかもって。つまり捕ったら耳。そしてステップしてエイ!と腕を縦に振る。
 よく器用な野手の人が「ひょい(^^♪」って横から上手に投げる。だけど僕はそんな「器用な野手の人」とはかけ離れた存在だから、太陽が西から昇っても、いやいや、太陽が超新星爆発したとしても、そんな真似は僕には不可能!!
 だから僕は「捕ったら耳。そしてステップしてエイ!と腕を縦に」なんだ。
 それで、相手の野手の足元辺りを狙う感じで投げると、抜けたら野手の胸の辺り、悪くてもジャンプしてでも捕ってくれる。で、引っかかっても程よいバウンドになるだけで、方向はそれほどぶれない。ばっちり投げれたら野手の足元になるかもだけど、相手はプロの内野手だから、体を前に伸ばして捕球したり、あるいはショートバウンドで上手にさばいてくれるに違いない。そういうことって一塁手の人は上手いし。
 それで、それからもしばらくは、外野のフェンスでそれをやった。狙いは芝生とフェンスの境目辺り。そこにバケツを置いて目標にして。(バケツぼこぼこにして用具係の人に怒られた!)
 つまりこれって、僕が暴投したらどうしよう…っていう恐怖から少しでも逃れるためなんだ。
 こうすると、投げそこなっても野手の人が止められる範囲にボールが行くわけだから、暴投しても構わないよ♪っていう状況を作ることにもなるんだ。つまり安全弁。
 そしてある日、投内連携でいよいよ勇気を出して暴投を恐れずに、ついにこれをやってみたんだ。するとボールがばらついても、予想通りほとんど野手の人が何とか捕れる範囲に収まった。
 そしてそうなると「暴投したらどうしよう…」という変な十字架もいつしか消滅し、実はほとんど暴投しなくなったんだ。
 よし!狙い通り。やった♪

 そしてそれからも根性でこれを練習し、やがて意外と上手く送球出来るようになった。とにかく暴投を恐れずにえいや!って縦に投げるだけ。
 それと実は、野手の足元近くに投げると言うことは、二塁や三塁ならランナーにタッチしやすい位置でもあるんだ。これって我ながら名案だと思った。
 とくにバントをサルやって素早く拾い、えいや!って、タッチプレーの必要なサードに投げるときなんか。これは一塁牽制でも応用出来たし。
 ところで腕を縦に振るためには、腰の動きから何から変わるのだけど、でもしょせん「えいやっ!」って投げるのだから、あまり難しくは考えなかった。
 説明しろったって僕にもよく分からないから、ここではいちいち説明もしない。ピッチングと違い、ステップの位置だ肩の開きだなんてどうでもいいし、上半身は水かどうかも考えなかった。ともあれ、捕ったら耳。ステップしてエイ!と縦に…
 とにかく要点は、プロの野手の人は捕るのが上手に違いないって信じることだね。
 そうそうそれから一塁ベースカバーの話があった。実はこれ、僕は結構ナチュラルに上手く出来ていたんだ。サルみたいに素早く走れるから、ランナーより早く一塁に到達できる自信もあったし、野手の人は僕が捕りやすいように上手にトスしてくれたから。つまり僕には「走る」と「捕る」に関しては、イップスはなかったんだ。もちろんこれも投内連携でさんざんやったし。ちなみにピッチャーライナーもそう。体が勝手に反応して上手く捕れるんだ。

 そういう訳で僕はずっと二軍で、シーズンが始まってもずっと二軍で、そして僕はずっとこんな感じで、必死こいて全体練習と個人練習をやって過ごしていたんた。
 つまり投球練習と投内連携なんかと個人練習と走れメロス!
 それから実は、シーズンが始まってしばらくして、去年の夏の甲子園地区予選準決勝で対戦し、そして甲子園で準優勝投手となったあの彼が、一軍で初勝利を挙げた。
 彼とはずっと連絡を取っていたし、きっとやるだろうと思っていたし、だからその日はおめでとうとメールを送った。
 僕にはそれが、自分のことのように嬉しかったし。
 だけど、ずっと二軍でも僕は焦ってはいなかった。
 彼は天才だし、僕は努力の人だし。
 ピッチングコーチが言っていたように、僕は一つ一つ課題を解決していくだけだ。
 いつかは彼に追いつけたらいいなとは思うけれど…

 ともかくその間、僕はずっとこんな練習ばかりで、春が来て梅雨が来て夏が来て、だけどとうとうあの暑い夏の甲子園みたいな時期に、ついに僕の初登板が決まったんだ。
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