第34話

文字数 4,113文字

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 そしてとうとう試合当日。ここまで来たからには、じたばたしてもしょうがないし。
 結果が悪くても、豪快に炎上しても、クビになることはあっても、こちょこちょされたり八つ裂きにされたり、ましてや殺されるわけではないからね。で、クビになったらなったで、そのときはそのときで…
 とにかく僕に、失うものなんて、なにもないんだ!
 そしていよいよ僕は、その二軍の試合開始直前のマウンドで投球練習。例によって3球ほど、バックネットへおまじないの暴投をした。(ああすっきりした)
 そしたらバッテリーを組んだ二年目の先輩捕手が、にやにやしながらわざとらしく肩をゆさゆさ。とにかくこれは、僕のことを「ノーコン」だと相手に思わせる、いつものせこい作戦。こんなことがいつまで通用するのか分からないけれど…
 ともあれ、それから僕は初対戦の打者の一球目。研究したデータに基づき、例の80キロの怪我の巧妙カーブを投げた。すると打者は「やっぱり抜けた!」と思ったらしく、後ろに下がり少し身を縮めた。
 もちろんボールは、途中からきゅ~っと曲がって落ちて、真ん中低めにストライク。
 そして次は、例によってとびきりゆったりとした動作から、いきなりさっと腰をひねりびゅんと腕を振りぴっと指ではじき、まっすぐをど真ん中狙ってど~んと投げてみた。
 だけど少し抜けた、というか、浮いた、というか、そうだ! 伸びたんだ。
 それで打者は高めの球に振り遅れ気味に、ボールの少し下を振って空振りツーストライク。
 ええと、僕も入団以来数か月分育ったし、例の四股も踏んでいたので、球速は少々速くなってはいたみたい。スコアラーの人の話では134キロとか出ていたらしいし。だから80キロのカーブの後の134キロは、結構強烈なインパクトがあっただろうね。
 それから次は、またしても2球豪快に内角へ抜けてのけぞらせて(わざとじゃないよ)、で、平行カウント。それで、打たせて取る作戦に変更。キャッチャーが外角に構え、僕はボールの少し右をフォーシームに握り、外角のミットめがけ思い切り投げた。つまり、地味に曲がる外角へのスライダーだ。で、バットの先っぽで力のない打球が一塁方向へというシナリオ。
 だけどやっぱり僕は相変わらずコントロールが悪いらしく、それはベテラン三累手の人が予言していたように思い切り逆球になり、だから出だしは内角へ打者を襲うコースで、しかも僕をノーコンとだ本気で思わされていた打者は、「今度こそぶつけられる!」と腰が引け、だけどスライダーだからボールは少し引き返して、内角いっぱいの見逃しストライクになったんだ。
 これは今はやりの「フロントドア」だけどそんなことどうでもいい。僕は決して意図して投げたわけではないし、勝手にボールが散った上にストライクに戻ったんだし、思い切り結果オーライ。
 だけど、こんなの狙って投げられる日が、僕にもいつか来るのかな?

 ともかくそれからは、さんざんやったシミュレーションどおりに淡々と、可能な限り各打者の弱点を突き、そして決して変な十字架なんか背負うことなく、とにかく僕は事務的に投げ続けたんだ。
 だけど、実際は僕がそれほどのすさまじいノーコンではないとばれてからは、打者は腰が引けたりしなくなり、結構出塁された。
 そしたら先輩捕手の「四駆ジムニーリード」が冴え、速い球・遅い球×速いクイック・遅いクイックでゆさぶったり、はたまた先輩が再々キャノンで盗塁を刺してくれたり、そしてヤバいピンチが来ても決して僕は表情を変えないように心がけ、というかわざと顔を歪ませて偉そうなふてぶてしい顔を作ったり、タイムをかけて緩んでもいないスパイクのひもを緩めては再び結び直したりして打者をイライラさせたり、それから、(打たれても殺されるわけではない。クビになったらなったで…)なんて自分に言い聞かせたりもして、とにかく!豪快に開き直って投げ続けたんだ。
 それで5回終了時点で2失点。まずまず。

 ところで、一軍復帰間近の例のベテラン三塁手の人が、実戦に慣れる為とかいって、志願してその二軍戦に出場してくれていた。(わざわざ僕のために?)
 それで試合中、見事なグラブさばきを見せてくれたし、だからそれが見たくて、右打者にはインコースのシュートを投げて(投げられたときはだけど)サードゴロを狙ったりしたんだ。
 そして試合中はいろんなケースで再々マウンドに歩み寄り、僕に「球持ち球持ち」とか、「テイクバックで腕隠せ」とか、「ええい!恐がらんと思い切り腕振れや!」とか、そして本当にヤバいピンチになったときには、「お前一人やない。俺たちがバックにいるんやで!」とか、とにかくいろいろと言ってくれ、それは涙が出そうでうるうるしたりした。
 だけどそれだけじゃなかった。6回に見事なスリーランホームランをレフト上段に打ってくれたんだ。
 もう感動で涙涙…
 それで試合は3対2と逆転し、それからベテランはベンチに退いた。

 そして勝ち投手の権利を得ても、先輩キャッチャーのアドバイスもあり、僕は決して守りに入らず、順調に事務的にテンポよく、そしてシミュレーション通りに投げ続けたんだ。
 それに後半からはボールがよく指にかかりだして、球のキレも良くなり、なぜかいつになくコントロールも良くなり、だからリードを保ったまま、とんとん拍子に9回表ツーアウトランナー無しまでこぎつけることができた。しかも味方が追加点を挙げ、試合は5対2となっていたんだ。
 つまり僕の二軍戦初登板初勝利目前。
 だけど僕はここで、かつて経験したことのない変な十字架を背負ってしまった。
「プロ初勝利目前」という名の。
 二軍戦といったって、勝つのって大変なんだぞ!
 それでなぜか、僕の水の上半身が微妙にぶれ始め、フォアボールを出した。
 すぐに先輩のキャッチャーがマウンドへ来てくれて、「シミュレーションどおりいつもどおり事務的テンポよくだぜ」と言ってくれて、だから僕は(殺されるわけではない…)と気を取り直し、事務的にその次の左バッターを内角スライダーでつまらせて、一塁線のぼてぼて。
 だけど試合終了をあせった僕は、一塁手に任せればよかったのかも知れないけれど、ファウルになりそうだったので、サルになって急いでボールを拾ってから、予定通りえいや!って、腕を縦に振ってファーストへ投げたんだ。
 だけどランナーがいいあんばいの場所を、またしても大きなお尻を振って走っていて、なぜかそれに吸い込まれるように、ボールがいいあんばいにシュートに化けてしまい、またしてもランナーのお尻に見事命中させてしまったんだ。(またあとで謝りに行ったけど)
 ツーアウト1、2累。
 それでも僕は先輩キャッチャーに再び「事務的事務的」と言われて冷静に事務的に投げ、右バッターにシュートを思い切りつまらせてゴロを打たせたけど、今度は当たりが悪過ぎて微妙に内野安打となり、とうとうツーアウト満塁!

 ここでピッチングコーチが出て来た。
 いよいよ交代かなと思ったら、コーチは、
「あ~、どうしても越えなきゃならない山だ」とだけ言い残し、さくっとダッグアウトへ消えてしまった。薄情なコーチと思ったけれど、でも自分でまいた種だもん。
 それから先輩のキャッチャーは「正念場だけどいつもどおり事務的事務的」と言ってからホームへ…

 とにかく僕の真価が問われるとき!

 そしてここで、僕が高校二年の秋の大会で豪快にホームランを打たれた、例の右の強打者が代打で出て来たんだ。彼は二軍で無双中だったけど、この日はなぜか代打の切り札だったみたい。
 で、よりによってツーアウト満塁で出てきた。
 で、あの二年の秋の大会で僕は、変に意地になって、ダイナミックにまっすぐを続けて…、そして豪快にホームランを打たれていた。
 だからなんかすごく嫌な雰囲気。
 だけど僕はそんな過去を猛省し、こんどはゆるいカーブを連投した。
 でも見送ったりファウルにしたりしてねばられ、そして不敵な薄笑いを浮かべた打者の顔には、「はよまっすぐ力いっぱい投げんかい!」って書いてあった(気がした)というか、とつぶやいたように聞こえた、というか、僕のテレパシーでそう聴こえたんだ!(僕、頭がどうかしてたのかな?)
 それでまたしてもデジャブのように少しむかっとした僕は、愚かにも豪快に同じ轍を踏んで、何故か本能的にアドレナリンがばりばり出て、気合も入ってしまい、いつのまにか僕らしからぬ大きなステップで、ダイナミックにまっすぐを投げてしまったんだ。
 こういうのって条件反射なんだろうね。犬を散歩に連れて行ったらうんちする、みたいな…
 で、投げた瞬間(やっぱりやめときゃよかった!)と我に返ったけれど後の祭り? 
 彼は見るからにタイミングバッチリでバットを始動。
 もう絵に描いたような大失投!
(あああ~~~~~、も~~~~~、逆転満塁ホームランだぁ~~~~~!!)
 僕は最悪の事態を覚悟した…

 打たれても殺されるわけではない。
 クビになったらあの病院でエースだ!
 クビになったらお相撲もあった!
(多分)殺されないから閻魔大王や死神の顔は浮かばなかったけど~~~
 理学療法士の人の笑顔が浮かんだ
 親方と関脇の笑顔が浮かんだ
 僕に「投げ」られた序二段の子は今どうしてるのかな?
 メモ帳を持ったメモ魔の高校の監督の、あの日に焼けた笑顔も浮かんだ。
 やっぱり日焼けした、高校の先輩のキャッチャーの大きな体と、あの懐かしい笑顔も浮かんだ。
 とにかくいっぱいいっぱい浮かんだ。
 走馬灯のように…
 なにぶん僕の球は遅いし、しかも時が止まっていたから、だから打たれる瞬間まで、いっぱい考える時間があったんだ。
 とにかく僕は最悪を覚悟した…

 だけど実は、そのときは豪快なピンチだったせいもあり、実際はまっすぐではなく、ドスンと落ちる例の魔球が、本当に久ぶりにドロンと姿を現していたんだ。
 それで棚ボタ的に空振り三振が取れちゃった♪
 試合終了! 初勝利!
 魔球さんありがとさん。
 だけどこの勝負、本当は一体どっちの勝ちなんだろう?
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