第17話

文字数 3,012文字

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 その頃には監督がメモ魔を発揮して作成した、例の「投手育成プログラム」のおかげもあり、何人かの後輩投手がすくすくと育ち(必ずしも放牧されていたわけではないらしい)、だんだん一人前になり、だから先発でもリリーフでも、彼らにもずいぶん試合を任せられるようになった。
 試合日程がタイトになると対戦相手に応じて彼らも先発してくれ、楽なフォームで投げていた僕はますます楽になった。
 それと監督は僕を始め、みんなにも連投なんか絶対にさせなかった。球数もきちんと管理され、僕が「もっと投げたい!」と駄々をこねても「だめだだめだ!」とか珍しく鬼の形相で交代させられたんだ。
 つまり球数もきちんとメモ魔されていたわけだ。それで僕は、例の「怪我の功名カーブ」でカウントを稼ぎ、スライダーやシュートでバットの芯を外し、打たせて取るピッチングでなるべく球数を節約した。交代させられるまでに、なるべく多くのイニングを投げたかったから。

 とにかくそんな感じで、僕らはローテーションを組んで順調に投げていた。それに僕はバッティングピッチャーに「復帰」させてもらえたので、打線の調整にも一役買う事が出来たし、だから打線も絶好調だった。とりわけ例のカーブをたくさん経験させたので、彼らもカーブ打ちがずいぶん上達したし。
 そういうわけで投打ともに順調で、チームは順当に勝ち進んでいったんだ。だから今年は甲子園、行けるかも♪なんて楽勝ムードも、チーム内にはちらほらと出始めていた。
 だけどそれは地区予選準決勝だった。
 残念ながらその、「今年は甲子園、行けるかも♪」ムードが豪快に叩き壊される事件が起こったんだ。
 相手はまたしても強打を誇る名門チーム。打線には豪快なつわものがそろっていた。
 だけど僕は、つわものだから初球カーブでカウントを稼いだり、スライダー、シュートで各打者を詰まらせたり、ピンチでもそんな球でゲッツーが取れたり、はたまた本当にやばい大ピンチでは、例の「落ちる魔球」がドロンと現れて助けられたりで、とにかく最少失点で試合を作ることは出来たんだ。
 それに、変な強打者の挑発にも決して乗らないようにしていたし。いや、僕が乗せられそうになったら、同級生の相棒のキャッチャーがのっしのっしとマウンドへやって来て、僕の胸倉をつかみ、「事務的に投げんかい!」って吠えてくれたし。

 だけどその「甲子園、行けるかも♪」ムードが叩き壊された根本原因は、実はその日、相手チームの投手が、「一生に一度」というレベルの奇跡的神ピッチをやらかしていたからなんだ。
 そして5回くらいに、僕らのチームはまだヒットはおろか、フォアボールさえも出ていないと気付いた。つまりパーフェクトペース!
 もちろん相手チームのベンチも、そのことにはとっくに気づいていたらしく、だからその神ピッチを繰り広げる投手を、まるで腫物にでも触るかのように扱っていた。
 だいたいパーフェクトだノーヒットノーランだっていうのは、投手にとっては物凄くプレッシャーの掛かる嫌なもので、そんなものを意識すると、たちまちヒットを打たれてしまう。
 僕の中学の同級生で投手をしてる子が… ええと、その子は僕が中学に入って、キャプテンが「投手やりたいのいるか?」って言ったときに僕の次に上手に投げて、キャプテンに褒められて晴れがましい顔をした子なんだけど、まあそれはいいけれど、で、そいつは「そんなときは真ん中通してわざとヒットを打たせといて、それからまじめに投げて結局試合に勝てばいいんだ」とか言っていたんだ。
 その気持ち(だけは)僕にもよく分かる。残念ながら僕には「真ん中通す」なんて芸当は無理!
 それはいいけれど、0対2で僕らが負けていた7回の攻撃でのこと。
 僕らのベンチから打者に向かって、その神ピッチ中の相手投手にわざと聞こえるような大声で、「初ヒット打てぇ~!」とか、「パーフェクト絶対無しよぉ~!」とかヤジを飛ばして、それでわざと相手投手にパーフェクトゲームのプレッシャーを与えようと企てたんだ。
 ところがそのヤジを聞いた相手投手は突然にやりと笑ってから、そしてこれまた突然、置きに行ったような緩い球をど真ん中に投げ始めてしまった。
 つまりその投手も、僕の中学の同級生の子と同じように、わざとヒットを打たせようとしていたんだね。そしてたとえヒット一本打たれたところで、味方が2点取っていたし、そのまま完封する絶対の自信があったんだと思う。
 もちろんその気持ち、僕にもよく分かるし、(僕には出来ないけど)それくらい調子もよかったんだ。
 ところがこのとき、突然僕らのチームの打者たちは、どういう訳か「初ヒットを打たなきゃ」という名の金縛りに遭ってしまったみたいで、どんな甘い球が来ても全く打てなくなってしまったんだ。
 みんなもう、それはそれは見てらんないくらいに、力んで力んで大振りしちゃってまぁ…
 つまりあの甲子園での試合で、次々と出てきた投手たちが全くストライクが入らなかったときみたいに、今度はうちの打者たちが、新たな「パーフェクト無しよ」という名の巨大な十字架を背負ってしまい、さっぱり打てなくなってしまったというわけだ。
 どうやら僕らのチームには、そういう訳の分からない妙な「伝統」があるみたい。
 それであのときの甲子園を思い出し、僕の最後の打順が来たときに、僕は冷静になり、そして自分にこう言い聞かせたんだ。
 つまり…、「三振しなきゃ!」って。これって「暴投しなきゃ!」って思って投げていたのの裏返しだね。
 もちろんそれはいよいよ9回裏、ツーアウトランナー無しの場面だった。だから9番打者の僕は、その試合の27人目の打者だったってこと。
 それで僕は殊勝にも、(この打席で豪快に三振して、あの投手の見事なパーフェクトゲームに花を添えよう)って思って、そういうわけで初球から渾身の力でバットを振ったんだ。豪快に空振りをする為に…
 ええと、前にも言ったように、実は僕、打撃は本能的に妙に上手かったんだ。来た球をバットで叩くだけだって言っていただろう?
 それで、その初球を空振りする為に豪快に振ったら、空気が読めない上にやっぱり野球センスもない僕の手違いで、見事に芯に当たってしまい、それで打球は弾丸ライナーとなり…(ちっともうれしくなかった)
 つまり僕がパーフェクトゲームを阻止してしまったってこと!
 だけど僕の弾丸ライナーで吹っ切れたのか、はたまた目が覚めたのか分からないけれど、僕の次の一番打者が打席に入ると、その投手は鬼のような形相で鬼のような球を3球続けて投げ、三球三振にばっさりと切り捨てて、それでゲームセット。
 僕もその試合、2失点に抑えはしたけれど、結局得点は僕のソロホームランだけで、だからその準決勝が僕の高校野球最後の試合となり、僕の高校生活最後のヒットは例のバックスクリーン直撃の弾丸ライナーで、そういうわけで、二度目の甲子園への夢は空しくも消え、そのとき「僕らの夏」は終わった。

 試合の後、その日、「神ピッチ」を繰り広げたあの投手が、何故か僕らのベンチへやって来て、僕の所へ歩み寄り、にこにこしながら突然僕にこんな話を始めたんだ。
「ナイスホームランだったね。見事にやられたよ。それとね。今日僕がこんなピッチングが出来たのは、実は…、君のおかげなんだ」
「ぼぼぼ…、僕のおかげ?」
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