第39話

文字数 1,803文字

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 それからまた時が過ぎ、ついに夢が叶った日。
 僕はあの一年先輩のキャッチャーと念願の十代バッテリーを組み、ドーム球場での一軍初登板のマウンドにいた。
 大観衆の歓声。

 去年の秋のキャンプで一軍監督に「おばけ」を披露し、それからとんとん拍子に事が進んだ。
 そして今、僕はここにいる。
 前の年の秋のキャンプを終えてからは、僕は寮と球団の練習施設をひたすら往復する日々だった。設備の整った室内練習場も使い放題だったから、わざわざ都心まで遊びに出掛ける他の若手を尻目に、僕は思う存分練習に励んだ。
 年末には故郷へ帰り、電気屋で働いている高校の先輩にも逢い、もちろん懐かしい高校のブルペンで球を受けてもらった。
 それで僕が、「ついに見付けたウイニングショットですよ♪」と言って「おばけ」を披露したけれど、先輩は、「こんなん昨日今日投げ始めた球じゃあんめ。お前が高校一年のときから、ときどき思い出したように投げそこなってたやつじゃないか」と、ばっさりと切り捨てられた。
 言われてみればまさにそのとおり!
(まあそれはいいけど)
 だけどそれから先輩は、「さすがプロで一年しごかれて、しかも俺は電気屋で一年しごかれて、だからお前の球捕るの、まじしんどいわ。俺は町内会のチームで4番でキャッチャーだけど、素人ピッチャーの球とお前の球じゃ、迫力が百倍くらい違うなぁ…」
 先輩にそう言われて少し嬉しい気分になって、それから正月があっという間に過ぎて、自主トレをやり、キャンプ、オープン戦、シーズン開幕。
 そしてシーズンが始まって少しして、先発ローテーションがグランドキャニオン並に豪快な谷間の、そして一年先輩の捕手にとって十代最後のその日。
 ついに僕の出番が来たんだ。

 そしてドーム球場。
 それから先輩捕手がマウンドへ歩み寄り、「いつもどおりな。シミュレーションどおりだぜ。ムキになるなよ。いいか、事務的だぞ!」と念を押してからホームへ。
 もちろん相手チームの研究は、新たに家から送ってもらったミカン箱の上のテレビで、DVDを見まくりメモまくった。僕も先輩も、溢れんばかりのデータを頭に叩き込み、もちろんスコアラーからの情報も満載だった。
 それで、試合開始前の投球練習で、僕はいつもどおりに3球ほどおまじないの「バックネット暴投」をやると、先輩はいつもどおりにわざとらしく肩をゆさゆさ。
 そして僕はいつもどおり「暴投しなきゃ!」と自分を追いつめ、すると例によって投球練習の球がだんだんと落ち着いてきて、それからは「適度に荒れた投手」を演じることが出来た。いやいや、「演じる」ではない。僕は絵に描いたような「適度に荒れた投手」だったっけ。

 試合開始。先頭左バッター。初球スローカーブ見送り。データどおり。
 二球目、とびきりゆったりしとたフォームから、135キロのまっすぐがスライドぎみに内角へ行き、一塁線ファウル。
 それからキャッチャーの指示通り、まっすぐをやや高めにつり球として投げたら、恒例の豪快なバックネット暴投になってしまい、それでもう一球似たような球を投げようとしたら、ただの高めのクソボールになり、それで今度はおばけのサインが出て、そして空振り三振が取れた。
 やった!

 で、そういう感じでいく分にはいい。たしかにおばけは、一軍でも空振りが取れることも分かった。で、そういうことも再々あったけれど、でも、そうでないことも再々あった。
 だって一軍だから…
 とにかく一軍の好打者には、ツーストライクを取る前に、甘く入ったまっすぐやスラダーやシュートを豪快に痛打されることも多々あったんだ。
 まっすぐは言うに及ばず、たとえスライダーやシュートで芯を外しても、甘く入れば怪力の打者には思い切り運ばれてしまう。バットを折りながらホームランもされたし。
 幸い、僕に変なテレパシーを送って僕をムキにならせるバッターはいなかったけれど、だけど結局5回4失点。
 豪快なローテーションの谷底の「お試し登板」だったし、先輩が十代最後の日で、その「十代バッテリー」に妙に拘っていた感のある首脳陣のお情けで実現したと言えなくもない、この僕らのデビュー戦。
 同じ5回でも3失点ならまだ格好がついたのかも知れないけれど、4失点じゃ首脳陣の評価は「もう少し頑張りましょうね(^^♪」ということになり、試合の後、先輩とともに、僕らは速攻で登録抹消された。
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