第5話

文字数 2,553文字


 そういうわけで、とにかく投手になるために、僕は走り、そして投げた。もちろん監督にはいつも「こんな感じでやってますよ~♪」って言っていたし、すると監督はいつも「おうおうそうか。う~ん、なるほどね。いい考えだね」とか言ってくれたし。
 とにかく監督は、僕を褒めることしかしない。ともかく、僕には好きなようにやらせてくれるつもりだったようだ。僕のやり方にああだのこうだの言わなかったし。やっぱり僕は豪快に放牧されていたんだ。
 だけど放牧されているとはいえ、もちろん僕はチームの一員で、だから浮いたような存在にはなりたくなかったし、絶対にそうならないよう、特に気を使った。だから練習開始前のランニングとか、ストレッチとかキャッチボールとかベースランニングとか素振りとか、つまり部員としての全体練習は極力一緒にやったし、もちろん練習後のグラウンド整備も率先してやったし。
 それからしばらくして、僕はブルペンで投げることにした。
 これも自発的なことで、それまでのダッシュとか遠投とかで、体にパワーがついた感じだし、バランスも良くなったかなぁとか思い、監督に「あのぉ…、ブルペン、入ってもいいですかぁ?」って訊いてみたんだ。
 そしたら監督はあっさりと「どうぞどうぞご自由に♪」ってな感じで、そして監督は僕の相手に何と、秋から新たにレギュラーとなった、一年先輩のキャチャーを指名したんだ。
 僕は嬉しくて嬉しくて申し訳なくて申し訳なくて、おしっこをちびりそうだった。しかもその先輩はとても嬉しそうに、僕と一緒に小走りでブルペンへと向かったんだ。
 そしてそれ以来、僕のブルペンでの投球練習はもちろん、キャッチボールでも遠投でも、可能な限りその先輩のキャッチャーが相手をしてくれた。何だか僕のお抱えの世話係みたいで、とても申し訳なかった。
 だけどどうして監督は、僕のためにそこまでしてくれたのか、ずっと後まで僕には分からなかった。

 それで、ピッチングの研究に目覚めていた僕は、実はそのころまでには、いろんな有名な投手のピッチングフォームを、動画なんかでもさんざん研究したし、それはスーパースローなんかでももじっくりと観ていた。それはもう徹底的に…
 それで気付いたのは、いい投手の下半身と上半身の動きの連動。つまり下半身のパワーが波のように上半身へと伝わって行く様子だ。スーパースローだと、そういうことも見えてくる。そしてきっとそこに答えがあるはずだと思った。
 そんなある日。下半身と上半身の連動について、僕にとってヒントになる、ある画期的な考えにたどり着いたんだ。もちろん僕にとって画期的なんだ。万人に当てはまるかは分からないけどね。
 それはある名投手の、「上半身は水」という考え。
 これはとある野球中継で、たしか解説者かアナウンサーが紹介していた。そしてそれはピッチングに関する、その後の僕の考えの中心となった。
 僕は右投手だから、左足を上げて、ステップしてそして接地して、それから腰が回転して、そしてそれより上の上半身は「水」!
 あくまで足腰が主導して、そして上半身はあたかも水が低い方へ自然に流れるかのように、つまり「受動的」に動くという考え。
「あそこへ投げる」という意識を持ったらモーションを起こし、テイクバックしてステップして腰が回転して、あとは上半身が勝手に…
「水」というその言葉から、僕の頭の中に、いろんなイメージが広がったんだ。

 それで、とにかくブルペンでは、そういうイメージを持って、先輩のキャッチャーを相手に毎日のように何十球かを投げた。
 それで肝心なことは、「上半身が勝手に…」なんだから、コントロールは勝手に動いた上半身の「責任」なんだ。つまり僕の責任じゃない!
 これはとても重要な考えで、そうすることで「ストライクを投げなきゃ」っていう変な十字架を背負わなくて済むんだ。これってあの甲子園で、先輩たちがやっていたことじゃないか。きっとがんじがらめに、「ストライク投げなきゃ」って考えて…
 だけどそうではなくて、とにかく「コントロール」とか「ノーコン」とかいう言葉を一旦頭から排除して、とりあえずそういうことに無責任に投げてみるんだ。
 そうやってブルペンで投げていて、足腰の動きにいい感じで上半身が連動して、それで気持ちよく自然に腕が振れて、だからいい球が行ったときは、先輩が「パ~ン!」と物凄い音で捕ってくれて、それがブルペンの屋根に響き渡り、それから「OK!ナイスボール!」という先輩の大声も響き渡って、とても気持ちが良かった。
 だけど上半身の動きがぎこちなくて、何となくしっくりこなくて、ガクッとか変な腕の振り方になって、それで案の定投げそこなうと、ボールがおじぎをしたりして、先輩のミットから「ボスッ」とかいう情けない音がした。
 そしてそういう球が続き、なかなかうまくいかないときは、先輩が「今日はこれ以上投げても意味あんめ。遠投やろか!」とか言い出して、それでさっさとピッチングを切り上げ、外野の芝生で遠投をやったり、それから一緒に走ったりもした。
 いずれにしてもこの頃の僕は、ひとまずは下半身と上半身の連動だけを考えて投げていたんだ。上半身を水にして、コントロールとかはとりあえず豪快にほったらかして!
 ちなみに、先輩のキャッチャーはとても体が大きくて、捕球の構えをすると特に巨大に見えて、だから僕にはとても投げやすかった。コントロールを考えずにアバウトに投げても、ボールはきっと巨大な先輩の「何処か」へは行くだろうなっていう、何とも言えない不思議な安心感があったんだ。そしてそう思うことによって不思議なことに、アバウトに投げても、ボールは「そこそこ」の場所へと行くようになっていったんだ。
 ところで先輩は自分の練習もあるはずなのに、毎日僕のためにわざわざ一定の時間を割いてくれていた。それがとても申し訳なくて、それで僕はある日、
「ええと…、先輩!自分の練習とかもあるのに、僕なんかに付き合ってていいんですか?」って訊いてみたんだ。そしたら先輩は、
「お前を大投手に育てるのが俺の役目だかんな。お前はそんなこと気にする必要あんめ」って言ってくれたんだ。
 僕を大投手に? え~~~? どゆこと?
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