第14話

文字数 2,439文字

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 二年の夏の地区予選が始まった。
 だけど監督は、何故か僕を試合では投げさせてくれなかった! 
 手首の故障が再発したら大変だからとか、ごちゃごちゃとかたいこと言って。そして監督は、「もう、投げたかったのに!」と顔に大きく書いてある僕の所へわざわざやって来て、
「いいか、ブルペンや練習で投げるのと、試合で投げるのとでは負担が全く違うんだ。だから下手をするとお前の投手生命に関わるんだ。いいか、とにかく秋まで我慢するんだ。わかったな!」なんて、放牧されているはずの僕に珍しくも厳しいことを言い、とにかく!秋までは、試合で投げることを禁止されてしまったんだ。
 だから夏の地区予選はベンチ!(バット引き兼伝令役)
 ともかく放牧中とはいえ、こればかりは監督には逆らえない。試合中勝手に「ピッチャー俺!」とか言って、勝手にマウンドに上がるわけにもいかないし…
 それで地区予選は三回戦で豪快な強豪校にぼこぼこにされあっさりと負け、二年生の「僕らの夏」も終わった。
 それから三年生は引退したんだけど、いつもの相棒の、先輩のキャッチャーは家業の電気屋で働くらしく、電気修理の資格のための勉強なんか以外は、進学も就職のこともあまり考えなくていいからとか言って、ちょくちょく部活に顔を出し、僕の相手なんかもしてくれたんだ。
 とにかくそういうわけで、試合で投げられない僕はそのいろんな球を、まずはバッティング投手とかシートバッティングなんかで試してみた。
 まずはその「怪我の功名のカーブ」で、簡単にストライクが取れた。これは感動するほどありがたかった。

「簡単にストライクが取れる♬」

 この感動は簡単にストライクが取れる人…「軽く投げて真ん中通せばいいじゃん♪」とか軽々しく言うような輩には、決して理解出来ないだろうね。ちなみに僕は「ボールを置きに行く」という概念も全く理解出来ないんだ。そんな事が出来たら、小学校のころからあのテニスコートでとっくにやってるよ! 多分簡単にストライクが取れる人と僕なんかでは、DNAのかなりの部分が異なっているんだろうと、僕はふんでいるんだ。
 まあそれはいい!
 とにかくそうすると…、つまりそのスローカーブでポンッと、実際の試合でストライクが取れたら本当に重宝するだろうなと思った。
 スリーボールになっても、打者はフォアボール欲しさに、そのカーブを見逃してくれるかも知れないし、強打者に初球カーブを投げても、あっさり見送ってくれて、ワンストライクをかせげることも多いはずだ。
 強打者って、速い球を力いっぱい打ちたいっていう、僕には理解不能な摩訶不思議な性を持つ生物らしいから。
 ともかく試合で投げられない僕は、そんないろんなピッチングの妄想を脳内で楽しんだ。
 それから僕のまっすぐについて。
 チームメートたちにいろいろと感想を聞くと、僕のゆったりとした投げ方だと、まっすぐは110キロとか、せいぜい120キロくらいの球がくるのかな?なんてイメージが湧くらしい。だけど実際には、130キロ近くの球がぴゅっと来るらしい。(そういう球を目指して練習してきたんだから!)
 それを不審に思った彼らは、僕に無断で、勝手に僕のまっすぐをスピードガンで測っていたようだった。
 しかもその「予想外に速い」球が、バッターに近づくにつれ、さらに加速しているようにさえ感じられ、現実にはもうめちゃくちゃ速い球に見えるらしいんだ。
 もちろん「加速」するのはバックスピンが効いているからで、これは指の強化のたまものだし、寝るときもボールを握っているたまものだ。
 しかもその前に、80キロくらいの球速で、二階から降ってくるようなふぬけたカーブを投げられると、僕のまっすぐは、それはもうとんでもない炎のような剛速球に見えるらしい。
 ちょくちょく部活に顔を出していた先輩のキャッチャーも、
「お前のその天から降ってくるようなカーブは絶品だ!」ってほめてくれたし、
「そのカーブと手元で伸びるまっすぐを組み合わせれば、もう天下無敵だぜ! いよ! 大投手!」とか言っていたし。
 しかもその「まっすぐ」は、例によって程良く回転がばらついていて、僕には全く悪気はないのだけど、本当にまっすぐに伸びたり、そうかと思えばスライドしたりシュートしたり落ちたりする。それは何度も話したよね。
 しかもコントロールまでが程よくばらついていて、それはそれはもう、バッティング練習では打ちにくいったらありゃしないらしい。
 とにかくそんなこんなで、僕がバッティング投手をやっていると、もう打ちにくくて打ちにくくて打ち損じばかりで、とうとう「もうやってらんない!」と怒り狂ったチームメートたちが集団で監督の元へ「直訴」に行ったらしい。
「もうあいつの球は打ちたくない!」とか、「あいつはバッティング投手では全然使い物にならない!」とか、もうめちゃくちゃ言うために。
 それで驚いた監督が、「そりゃまた一体どうして?」というと、
「あいつの球はあまりにも打ちにくくて、バッティング練習にならない。あんな球見せられたら気持ち悪くなって、打ったら球が重くてめちゃくちゃ手が痛くなって、とにかくバッティングが狂ってしまう。このままじゃ俺たちの打線は、豪快に崩壊してしまいます!」とか言ったそうだ。
 とにかくそんな話は、後からチームメートたちからこっそり聞いたのだけど、それから彼らは監督に、
「とにかく!あいつはバッティング投手では全く使い物になんないから、いっそのことエースか何かで使ってやってください♪」と言ったそうだ。
 そういうわけでチームメートたちの推薦、というか直訴、というか激しい苦情により、二年生の初秋、突然監督に呼び出され、そして僕は秋の大会へ向けた新チームで、エースナンバー「1」を付けるようにと言われたんだ。
 すでに引退した先輩のキャッチャーはそのことを知り、自分のことのように喜んでくれた。(それからたい焼きをおごってくれた♬)
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