第21話

文字数 2,654文字

21
 数日後、監督のもとにスカウトの人が指名のあいさつにきて、もちろん僕も監督の隣に同席して、そして僕にもきちんとしたあいさつをしてくれた。何だかとても垢抜けていて、都会の人って感じだった。
 それで一通りのあいさつの後、監督とスカウトの人はとても親しげに、いろいろと話を始めた。何たって同じ高校だったらしいし。
 だけどしばらく雑談をしてから監督は、「え~、実は…」ってな感じで、よせばいいのに、妙な話を切り出したてしまったんだ。
 それは何と、あの甲子園で僕が登板した「本当の理由」だった。例の「暴投しなきゃ!」っていう、あのむちゃくちゃな話。
 いまさらこんなことを言ったって、スカウトの人が「え?それじゃ指名はやめます!」なんて言うはずもないと、監督はたかをくくっていたみたいだし。だけど何となく、後ろめたかったんだろうね。
 何たって監督は僕のことを、スカウトの人にはずいぶんと尾ひれを付けて、いろいろと「宣伝」してくれていたみたいだし。だけどそんな変な「秘密」を抱えているのが、何だか重荷だったんだろうね。監督って本当に隠しごとの出来ない、とてもいい人なんだから。
 そういう訳で監督は、その「暴投しなきゃ!」っていう話を、ばっちり語り始めてしまったんだ。そしてそのめちゃくちゃな話をあらかた聞くや、スカウトの人は目を白黒させて、しばらく唖然として固まって凍り付いて、だけどそれから少しして、二人は大笑いを始めてしまった。
「こりゃまた驚いた。これは球団には内緒ですぞ! わっはっは」
「そりゃそうですな。わっはっは…」
 だけどスカウトの人は、それから少し真顔に戻って、そして横にいた僕の話なんかも詳しく聞いてから、僕に向かってこう言ったんだ。
「いやはやこれは前代未聞の話だな、わっはっは。だけど…、だけど君がノーコンだというのは、僕は全然違うと思うな。そもそも君は、全然ノーコンなんかじゃないと思うんだ。多分、まぁ…、普通だろうね。つまり君自身が自分はノーコンだと、勝手に思い込んでいただけじゃないのかな…」
 それからスカウトの人はいろいろ話をして、それで要するに僕はイップスみたいなのにかかっていて、きっとそれは小学校の頃にテニスコートで投げていたときからで、例の四角い小さなストライクゾーンの中に投げなきゃ投げなきゃって、そういう風に自分を追い込んでしまって、それで変な十字架を背負っていたんじゃないのかって。
 そしてそんな僕が今度はあの甲子園で、監督にあんなむちゃくちゃなことを頼まれて、というか僕の「ノーコン」を見込まれて、それで今度は「暴投しなきゃ!」っていう、新たな十字架を背負わされて、それが新たな、そして妙なプレッシャーになって、それが新たな「逆イップス」の原因にもなって、結局「イップスの上に逆イップス」状態になってしまって、そうすると要するに「プラマイゼロ」になって、それで僕本来のコントロールに戻っただけなんじゃないかって。
 何だかもうとてもややこしくて、豪快に頭が爆発しそうだったけれど、要するに僕はあの甲子園で好投したくらいの、打者から見たら的を絞りにくい、「適度に荒れた投手」だったんじゃないかって。そしてそれが僕のオリジナルの姿じゃないのかってさ。
 とにかくスカウトの人の長々とした話をまとめると、そういう感じだった。めちゃくちゃややこしかったけれど。そして、イップスに悩む野球選手はとても多いから、僕のそういう経験は、きっとみんなの参考になるだろうとも。
 いずれにしてもこのスカウトの人は、地獄の果てまでも、僕のことを買いかぶるつもりみたいだったし、まあ買いかぶってくれるぶんには僕はちっとも困らないし、だからそれを思い切り真に受けて、「きっと僕、やれるんだ♪」って、前向きに考えることにしたんだ。
 それからスカウトの人は僕に、「入団に際して、何か要望は?」とか訊いたので、僕はスカウトの人に、プロに入っても当分は自分の考え、つまり自主性を持ってやっていきたいと、監督もあきれるほどずけずけと、偉そうなことを言ったんだ。
 つまり僕の練習のポリシーだとか、筋トレのことだとか、ピッチングフォームのことだとか、いろいろ。
 そしたら僕の話を横で聞いていた、監督の心配そうな顔をよそに、スカウトの人は、
「まさか君をうちで放牧する訳にはいかないが、しかしうちのチームは君が考えるように、まずは選手の自主性を尊重するんだ。それは監督以下、はっきりとそういう方針なんだ。だからこちらから練習法を強要することはまずない。そもそも練習の意味を理解せずして、いくら練習してもあまり意味はないと僕は思う。つまりどういう理由があるから、こういう練習をやるんだという目的意識は必須なんだ。それで、君はまだ高校生で体も出来ていない訳だから、そんな状態でガンガン筋トレなんかやったって、あまりいいこととは僕も思わない。投手としてのバランスを崩してしまう恐れもある。だからコーチやトレーナーとも相談しながら、君に最適なトレーニングを考えるから心配いらない。もちろんそれを君に押し付ける訳ではない。最適な練習を提案する、というスタンスかな。君はそれを理解して、納得すればそうするといい。だけど、まずはしっかりと走って、そして柔軟性をつけるトレーニングなんかから始めるのが、いいかもしれないね。ともあれ、君はとてもしっかりとした自分の考えを持っているから、僕は全然心配してないよ」とか、最後にもう一度、豪快に僕をかいかぶってくれた。
 僕がとてもしっかりとした自分の考えを持っているだって? 僕が? え~、本当かなぁとか思ったけど、スカウトの人はとても誠実で、とても嘘をつくような人にも思えなかったので、僕は無邪気にあっさりと、その言葉を全面的に信じることにした。そして僕はずいぶんと安心した。
 それから、そのときに気付いたのだけど、前の年の秋の大会で、僕を投げさせずに敗退したとき、監督がわざわざ僕に「堪忍してくれな。無理させてお前の将来を…」なんて言っていた本当の理由が分かり、僕ははっとした。つまり僕がプロで故障しないためだったんだ!
 だからこそ、今年の夏の予選だって、僕をはじめ、投手全員の球数の管理も、メモ魔になって厳しくやっていたんだ。つまり監督は目先の勝利とか自分の名誉よりも、生徒の体のことを第一に考える人だったんだ!
 それからまた時が過ぎ、年が明け、自主トレをやり、そしてキャンプ初日がやってきた。
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