第24話

文字数 4,006文字

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「君は…、3年くらい前だったかな。たしか、甲子園で好投してたよね」
「え? ええ、たしかに甲子園で投げました」
「で、あの試合、他の投手は全然ストライク入んなくてさぁ」
「そうなんです。でもよく覚えていましたね」
「覚えてるも何も、ええと俺さぁ、あのとき3年で、予選敗退してて、それでたまたまテレビで見てたんだ」
「そうだったんですか」
「たしかあのとき先発投手はじめ、出る投手出る投手みんな暴投してたよね。今日の俺みたいにさ」
「そう言われると困るけど…、たしかにそうだったんです」
「そしてあの試合、君も最初は暴投したよね。投球練習でもめちゃくちゃに暴投して」
「よく覚えていますね」
「忘れるもんか! あの試合は衝撃的だったんだ。だけどそれから君は、だんだん球が安定してきて、たしか1点も与えずに、投げぬいたじゃない」
「ええ…、一応」
「そして今日もブルペンで、君は最初、ずいぶん暴投してて、だけどそれからだんだんと安定して、そしてあとは結構いい球放ってたじゃない」
「結構いい球ですか? あんなに遅い球が?」
「速さは関係ないって。あれはキレのいい球だ。自信持っていいよ」
「それはありがとうございます」
「それで、ええと…、どこまでいってたっけ?そうだ。それで君は今日、最初は暴投してて、だけどそれからちゃんと修正出来て、で、それって一体どうやったらそう出来るんだい? 俺、今、それがとても知りたいんだ。今日の俺のぶざまな姿、見ただろう? 俺にとっちゃ今、それが大問題なんだ」
「う~ん。ええと、僕の考えが先輩にとって参考になるかは自信ありませんけど…」
「いいよいいよ。よかったらぜひ教えてくれないか? 藁にもすがるっていうだろう? 俺にとっちゃ今、それは切羽詰まった死活問題なんだから!」
「参考になるかは自信はありませんよ」
「いいよいいよ。とにかく聞かせてくれよ!」
「ええと、僕の場合…、ええと僕は、暴投を恐れないことにしているんです!」
「暴投を…、恐れない?」
「暴投を恐れれば恐れるほど、僕はかえって暴投してしまいます。だから今、僕は開き直るために、最初わざと暴投しちゃったりします。そして『暴投しなきゃ』って思いながら開き直って投げたりしたら、反対に、なかなか暴投になりません。そしてだんだんとボールが落ち着いてくるんです…」

 それから僕はその先輩に、僕が小学校の頃からの筋金入りのノーコンで、中学もずっとノーコンで、だけどめげずに高校でも野球を続けて、それからあの甲子園では、あんな成り行きだったので、監督に僕のノーコンを見込まれ、暴投するよう命令されて登板するはめになったという、もうむちゃくちゃな本当の話を、あらいざらい、もう全部してあげたんだ。
 最初のアウトが、暴投してバックネットに当たった球がはね返って、偶然取れたっていう話も…

「君はそんなむちゃくちゃな理由で、甲子園初登板を果たしたのか。みんなストライク入らないからそれでやむを得ず、つまりノーコンって思われていた君が暴投しまくるって筋書きで、それで押し出し押し出しで、そして…、挙句に放棄試合だって?」
「そうですよ」
「それで、暴投しろって命令されちゃって、で、暴投しなきゃって思って投げたら、反対に暴投しなくなっちゃったんだ」
「そうですよ♪ ストライク投げなきゃなんて、変な十字架背負って投げないほうがよっぽどいいんですよ」
「う~~ん。ストライク投げなきゃなんて、変な十字架かぁ…」
「それで僕は今、ストライク投げなきゃなんてあまり考えずに、あくまで下半身主導で、上半身は勝手にどうぞって感じて放っています。だから上半身はある程度成り行きに任せて、ボールも好きなところへ勝手にどうぞって心持かな」
「上半身は勝手にったって、そんなんじゃアバウトなコントロールしか付かないだろう」
「だけど少なくともアバウトな、最低でも試合になるくらいのコントロールはつくじゃないですか」
「たしかにそれは…、そうだよね。今日のブルペンの俺よりよっぽどましだよね」
「フォアボールフォアボールで押し出し押し出しよりかは、一億倍ましですよ」
「たしかに。とりあえず試合にはなるんだし」
「それに、コントロールが最初からいい人なんて、ええと、たまにいるかも知んないけど、でも少なくとも僕は、投手としてしっかり腕を振って投げてたら、精密なコントロールなんて出来るようになるのは、もう何年も掛かるんじゃないのかなぁって思っているんです。だから、だから今のうちはアバウトなコントロールで構わないから、下半身主導で、上半身はあまり気にしないで、だけどしっかり上半身にフォームを覚えさせて、それで勇気を持ってブンと腕を振るだけにしています」
「上半身はあまり気にしない? で、勇気を持って腕をブン?」
「そうですよ。それで僕はいま、何とかプロに入ることは出来たけど、精密なコントロールなんて、まだ何年も先でいいや、なんて呑気に思ってるんです。いや、もちろんいつかは精密機械みたいなコントロール付けたいですよ。でもあせっちゃだめだと思っています。でもこんな僕でも、年々コントロールは少しずつ良くなっています。僕の上半身が正しいフォームを覚えてきてくれているからだと思います。もちろんたくさん走ったりして下半身も鍛えているし。だから何年後かには、きっと精密なコントロールが出来るんじゃないかなって、夢には描いているかな。しっかりしたフォームが身について、上半身がしっかり動いてくれて、それで…」
「だから精密なコントロールは、何年も先?」
「そうですよ! あせっちゃダメですよ!」
「そうかぁ…、実は俺ね、一軍の初登板であまり抑えられなくて、そしたら去年までいたピッチングコーチに、精密なコントロールがつくようにとフォームをあれこれ指導されて、もっと精密なコントロールがないと一軍では通用しないぞって脅かされて、それで…、それで俺、フォームをいろいろ指導されて、いや、フォームをいろいろといじくられて、そしたらいつのまにかフォームが迷子になっちゃったんだよな。だから今、俺、投げ方さっぱり分かんないんだ。自分の部屋でタオル持って、いくらシャドーピッチングやったって、フォームを思い出せない。俺のフォームって、一体どこへ行っちゃったのかなぁ…」
「僕もあの甲子園で『暴投しなきゃ』って思って投げるまで、コントロールめちゃくちゃでしたよ。コントロール良く投げなきゃって思っているうちに、投げ方がさっぱり分からなくなっちゃった。いつまでたってもいいフォームは見付からなかった。もう、抜けたり引っかかったり、もうむちゃくちゃで、今日の先輩くらい…、あっ、すみません」
「あはは。いいんだいいんだ、大丈夫! 本当だからな! これが現実さ!」
「だけど僕はあの甲子園以来、要するにコントロールは無責任に、二の次で投げることに決めたんです。高校の監督に、よりによって、『暴投しろ』って厳命されて、でもそう思って投げていたら、意外と暴投しなくなっちゃったから。って言うか、むしろコントロールが少しずつ安定しちゃったから」
「なるほどねえ。う~ん。それって怪我の功名…、ええと、はたまた逆転の思想ってやつかな。だからコントロールは無責任に、なんだ」
「そんな感じですかね。それで、ええと、僕は下半身主導で、上半身は水にするんです」
「上半身は、水?」
「ある投手が言ってたそうです。それと似たような考えで、『上半身の動きはあまり気にしない』っていう投手も」
「それじゃあの前のコーチは、俺に精密なコントロールを身に着けさせるために、『思い切り上半身を気にするフォーム』を教えたってか」
「もしかして…、でしょうね。でも人によってはそれがいいんだろうって思います。巧みに上半身や手を操って、精密に投げている器用な人結構いますよね。だけど投手って、人それぞれじゃないですか」
「そうだよね。俺、不器用だもんな。巧みに上半身や手を操って、精密に投げて…、なんて出来ないよ。で、それじゃ君は、いつもどんな感じで投げてるの?」
「僕も…、僕も不器用だから、それでええと、いつもセットポジションでモーション起こして、軸足一本でしっかり立つように心がけて、目標を決めてイメージ作って、それからステップして、正しい位置に左足踏み出して、その流れから腰をひねって、あとは…、あとは上半身は勝手にどうぞって感じで動いて、そしてブンと腕を振るんです。いやむしろ、勝手に腕が振れちゃう感じかな。それだけです」
「上半身は勝手にどうぞ?」
「そうですよ」
「へぇ~、そうなんだ。つまり君の場合、ピッチングフォームって、上半身が勝手にやっちゃうってこと?」
「そういうことかもしれませんね」
「う~ん。上半身が勝手にかぁ。でもその一連のイメージ、俺にも何となくわかるかな。へぇ~、そんなイメージかぁ」
「そうです。そんなイメージですよ♪」
「それってすごいイメージだな。君っていろいろ考えてるんだね。すごいんだな」
「逆に何も考えてないんじゃないですか? 上半身は勝手にだなんて…」
「だからそういう風にしっかり考えてるじゃないか。よし! 俺もとりあえず、試しにそんな感じで投げてみようかな。どのみち俺は今、むちゃくちゃなノーコンだし、もう失うものないし。それに試合になるくらいのアバウトなコントロールが確保出来りゃ御の字だもん。精密なコントロールはその後考えよう。よし! ダメ元だ! ええと、それじゃあのコーチの言ったこと、俺の脳内からばっさり削除しようかな。あの人もう退団しちゃったしな。うん! いいこと聞いた。参考にさせてもらう。ごちゃごちゃフォーム探すのやめた! とりあえずフォームは上半身の勝手だね。OK! そうする。どうもありがとう! よし! 腹減った。飯食うぞ。俺は食うときには食うんだ!」
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